椎名 賢也 81 迷宮都市 地下10階 シルバーウルフのマント 2&他領から来た冒険者達 1
誤字脱字を修正していますが、内容に変更はありません。
「それでは、シルバーウルフの皮を見せて頂けますか?」
「鞣していない状態の物なので、床に置きますね」
老紳士の言葉に沙良は軽く頷き、マジックバッグから取り出したように見せ、床へ大きな布を1枚敷いてからシルバーウルフの皮を3枚置いた。
老紳士が屈んで皮の状態を確認している。
その途中で急に立ち上がったかと思えば、
「これはっ!? とても良い状態の皮ですね……。傷ひとつない最高級の物です。私も長い間、店を経営しておりますが初めて見ました。失礼ですが、貴方がたは冒険者をしていらっしゃるのですか?」
興奮したように早口で話し出す。
あ~、これは少し拙いか?
今まで何度かシルバーウルフの皮を換金しているが、市場に出回っていないみたいだ。
「はい、ここの地下10階で狩った魔物です。マントにしてくれますか?」
沙良は気付いていないのか、俺達が冒険者であると答えてしまう。
「当店で仕立てて下さるのは、大変光栄でございます。必ずお客様にご満足して頂けるよう、職人にあたらせますのでご安心下さい。それで誠に申し上げにくいのですが、お時間が少々かかる事はご承知願いますでしょうか?」
「はい、まだ季節じゃないから大丈夫です」
「ありがとうございます。お仕立て料ですが……、今回お持ち下さった品と同等の物が他にもあれば勉強致しますので、当店に卸して頂く事は可能でしょうか?」
「はい、問題ありません。お幾つ必要ですか?」
「10枚程あれば、ありがたいのですが……」
「では、来週持ってきます」
「お待ちしております」
仕立て料が無料なのに釣られて、沙良が追加でシルバーウルフの皮を持参すると約束してしまった。
老紳士は滅多にない上物の皮が手に入る算段を付け、満面の笑みを浮かべている。
貴族相手に商売をする人間だ、顧客の情報管理はしっかりしていると願おう。
マントが注文出来て満足そうにニコニコ笑っている妹を見て、野暮な事は言わないほうがいいかと俺は口を噤んだ。
月曜日。
ダンジョンへ向かい地下10階の安全地帯に到着すると、アマンダさんから声を掛けられる。
「おはよう、今いいかい?」
「おはようございます。はい、何でしょうか?」
沙良が返事をすると、
「先週の件なんだが、実は知らない冒険者を見たってやつがいるんだ。ここの連中は迷宮都市に長くいるから、新顔を見かけたらすぐ分かるんだよ。サラちゃん達は、まだ迷宮都市に来て数ヶ月と日も浅いだろ? 地下10階で見覚えのない冒険者に会ったら注意した方がいい。もしかしたら、犯人かも知れないからさ」
俺が予想していた通り、見知らぬ冒険者の情報を教えてくれた。
沙良に内緒で処理しようとしていたが、聞いてしまったからには話しておいたほうがいい。
隣で聞いていた旭に目配せし、さりげなく話すよう意志を伝える。
「ありがとうございます。じゃあ、気を付けますね」
「まっ、あんた達は問題ないと思うけどね」
3人パーティーだが、治癒術師が2人いれば怪我を負ったとしても即座に治療可能だ。
魔法士だけで地下10階を攻略している時点で、ある程度の強さがあると分かる。
そういった意味で、アマンダさんは問題ないと言ったのだろう。
沙良が昨日炊き出し時に聞いた子供達の話を彼女に教えると、アマンダさんは嬉しそうに話を聞き自分達のテントへ戻っていった。
俺達も一度ホームに帰り、休憩してから攻略を開始した。
「お兄ちゃん。アマンダさんの話が気になるから、ちょっと調べてみるね!」
そう言って沙良が魔物の居ない場所で立ち止まる。
俺と旭は沙良がマッピングで調べている間、周囲を警戒していた。
能力を使用している時は無防備になるから注意が必要だ。
焦点の合っていない目で遠くを見つめていた沙良が、無言で片手を上げる。
これは、発見したという報告だろう。
いや、別に声を出してもいいんだぞ?
妹はまた、何かの役に嵌っているようだ。
スパイ映画の見過ぎだな……。
そのまま暫く様子を窺い、徐に詰めていた息を吐く。
「6人組の冒険者がシルバーウルフと交戦しているのを見たけど、なんか上手く狩れないみたい。パーティーの構成が悪いのかな? 剣士2人、槍士2人、魔法士1人で、あとは治癒術師だと思う。完全に攻撃特化型だね。大型魔物を倒すには盾士が必要じゃない?」
パーティーの構成じゃなく、不審な動きをしているか確認してほしいんだが……。
「沙良、彼らは普通に戦っていたのか?」
「うん。シルバーウルフは討伐されたけど、皮がボロボロで換金額が低そうだよ」
気になるのはそこなのか……。
まぁ、不審に思う行動をしていたら沙良も俺に言うだろう。
何も言わないのであれば、特に問題はなさそうだ。
ただ、犯人の疑惑が晴れない限り注意はしておこう。
それから普段通り魔物を狩って安全地帯に戻る。
怪我人が1人出ていたようで、旭が対応し治療費を受け取ってきた。
5日後。
犯人がいるダンジョンでの攻略を心配していたが、何事も起こらず冒険者ギルドで換金を済ませた。
ホームに戻り、旭と居酒屋へ向かう。
電子メニューで注文した生ビールに口も付けず、旭が質問してきた。
「賢也。沙良ちゃんが見た冒険者達は犯人だと思う?」
「アマンダさんが言った、知らない冒険者なら他領の人間に間違いない。だが俺達は迷宮都市にいる冒険者全てを知ってる訳じゃないから、どちらとも言えないな」
マッピングで容姿を確認したのは沙良だけだ。
俺達は直接顔を見ていない。
相手が接触しようとしてきたら分かるんだが、今のところクランに入る様子もなかった。
旭は何かあってもいいように、早朝から本気で空手の型稽古を始めている。
Lvが上がったからか、日本にいた頃よりキレがいい。
それでも妹の茜には負けそうだけどな。
大きな大会で何度も優勝経験がある茜に勝つのは無理だろう。
「そっか~、攻撃されたら反撃出来るのに~。あれから何もしないなんて、返って不気味だよね!」
のほほんとしているようで、沙良に危険が及ぶ可能性があると知った途端に好戦的な顔になる旭を見て、やはり恋人候補はこいつしかいないと思いを改める。
「相手の意図が掴めないから、こちらも動きようがない」
彼らが魔物寄せを使用したのは1度だけだ。
その後は大人しく冒険者活動を続けている。
「このまま俺達の出番がないといいね」
「そうだといいがな」
俺としても妹の前で人を攻撃する姿を見せたくはない。
本当に何も起こらないといいがと思いながら、温くなった生ビールを口に流し込んだ。
日曜日。
炊き出しが終ったあと、先週行った高級服店の華蘭に向かう。
沙良が約束していたシルバーウルフの皮を10枚卸し、冒険者ギルドと同じ値段で買い取ってもらえたと嬉しそうだ。
魔石の値段が引かれていない分、儲かったらしい。
些細な事で幸せを感じる妹が羨ましいよ。
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