椎名 賢也 79 迷宮都市 地下10階 不穏な影 1
誤字脱字を修正していますが、内容に変更はありません。
ダンジョンの攻略を中止してから1ヶ月。
肉うどん店の母親達から、もう大丈夫だと言われ、久し振りにダンジョン攻略を開始する。
地下10階の安全地帯に行くと、冒険者達が大歓迎してくれた。
特に旭は男女問わず大人気で、握手やハグまでされている。
お礼を受け取らない治癒術師が戻って来たと知り、冒険者達は安心しているだろう。
沙良がパーティーリーダーに子供達の話を伝え、不在にしていた間の出来事を聞く。
旭を勧誘しようとしたクランリーダーは、メンバーから総スカンを食らい『光輪の刃』という名のクランは崩壊したらしい。
沙良が打った一手は、予想外の結果となったようだ。
まさかクランがなくなるとは思わず驚いていると、リーダーのダンクさんが神妙な顔でやってきた。
「悪かったな、元うちのクランリーダーが。昔はあんなやつじゃなかったんだが、いつの間にか天狗になってたようでさ。リリーはリーダーから命令されて断れずに、あんな事をやったんだ。反省してるようだし、すごく良い子だから嫌わないでくれないか?」
そう言って、メンバー全員が深々と頭を下げる。
沙良はその姿を見ると、僅かに眉を顰めたあとで口を開いた。
「分かりました。……今回は許します」
「ああ、ありがとな」
「リリーさん。あの時もし私達が時間通り戻らずにいたら、命はなかったかも知れません。たとえ命令されたとしても、拒否出来る人間になって下さい」
「はい、本当にすみませんでした」
もっと言いたい事があっただろうが、反省している様子の彼女を見て、言葉を呑んだようだな。
まぁ、肩を震わせて泣いているリリーさんを前にして、これ以上の言葉を掛けるのは大人げない。
それに、彼女は冒険者達から随分と責められた筈だ。
記憶にある姿とは違い、大分痩せてしまったように見える。
沙良が許した事で話を終了させ、俺達はマジックテントを設置して魔物を狩りに行った。
3時間後。安全地帯に戻ると、そこは大量の怪我人で溢れていた。
一体、何があったんだ!?
これほど一度に、多くの怪我人が出るような事態が起こったのか??
人数が多くて旭だけでは手が足りないため、俺も治療に参加する必要があるな。
異世界人よりMPが多いのは隠しておきたかったが、今は人命救助が優先だ。
周囲を素早く見て取りトリアージを始め、声を上げて次々と指示を出す。
「旭。この患者は首を噛かまれてる、最初に治療に当たってくれ。俺は腹部を切り裂かれてる方を優先する。沙良! ぼーっとしてるんじゃない! お前は傷口を洗い流せ! 早くしろ! 手の空いてる冒険者は怪我人の鎧を脱がしてくれ!」
「はっ、はいっ!」
沙良は突然の非常事態に固まっていたが、俺の言葉を聞き急いで怪我人の下へ駆け付けた。
「賢也、心肺停止の患者がいる。くそっ、いつからだ!」
旭が心肺停止した冒険者を発見して舌打ちする。
「沙良、心臓マッサージ出来るな? 教えた通り、1分間に100以上の速さで心臓を押すんだ」
「旭、そっちは黒(死亡)の可能性が高い。沙良に任せて、太ももを大量出血してる方の患者を優先しろ!」
「了解!」
既に心臓が止まっているなら、生きている人間を優先させたい。
心肺停止した男性は沙良に任せ、俺は確認した相手がダンクさんである事を知る。
寄りによって死亡の可能性が高い冒険者が彼だとは……。
先程まで話していた相手が亡くなれば、沙良はショックを受けるだろうな。
大勢の怪我人を治療して、ダンクさんが最後の1人になった。
沙良は未だに心臓マッサージを続けている。時間を確認するまでもない。
俺は必死になって蘇生しようとしている沙良の肩へ、そっと手を置いた。
気付いて動きを止めた妹が顔を上げ、俺を見つめる。
首を横に振る事で、彼はもう亡くなっていると知らせた。
こういう事態が起こらないよう、ダンジョン内で治療し続けていたのに……。
沙良の両目から見る見るうちに涙が零れ出したが、その瞳にはまだ諦めの色がない。
沙良が消えそうな声で、「サンダーアロー」を唱える。
電気ショックの代わりか!?
「うっ……」
するとダンクさんが息を吹き返した!!
生き返ったのなら、あとは俺の仕事だ。
茫然としている沙良と交代し、千切れかけている彼の右手を治療する。
良かった。怪我をした冒険者は、これで全員助かったな。
治療済みのリーダーから話を聞くと、急にシルバーウルフが5匹現れたそうだ。
おかしいな? 普通、大型の魔物が複数で出現する事はない。
それなのに、一度に5匹も現れたのか?
シルバーウルフは、素早く狂暴性の高い魔物だ。
1匹なら6人組の冒険者で対応出来るが、5匹同時となると厳しいだろう。
それで怪我を負い、安全地帯に逃げ帰ってきたのか……。
話を聞いていた冒険者の1人が、
「もしかして、トレインされたんじゃないか?」
と言い出した。
トレインとは、魔物を引き連れ他の冒険者に擦り付ける行為を指す。
そんなリスクを冒して、トレインする理由が分からない。
俺は、それは無いだろうと思う。
それより可能性があるのは、自分達で沢山狩る心算で禁制品の魔物寄せに手を出したんじゃないかという事だ。
「それより、サラちゃんありがとな。助けてくれたんだって? なんか心臓止まってたらしいけど……。お兄ちゃんの方も、右手が無事に済んだみたいで助かる。治癒術師だって知らなかったよ」
考えていると、ダンクさんからお礼を言われる。
迷宮都市のダンジョンでは旭に治療させていたので、誰も俺が治癒術師だとは知らないだろう。
「ううん、助かって良かった」
沙良が、まだ目の赤い状態でダンクさんの手を握る。
「普段は旭1人で事足りるからな。今回は人数が多いから俺も対応しただけだ。別に隠してた訳じゃない」
「そうか、じゃテントに行くぜ!」
「行かね~よ!!」
男性に、お礼されるなんて冗談じゃない。
俺達のパーティーは、お礼が不要だと分かっていて言うんだから質が悪い。
心配していた沙良を笑わそうとしたのかも知れないが、どんな嫌がらせだ!
治癒代を2倍払ってくれた方がマシだ。
俺達は治療した冒険者から、それぞれお金を受け取りホームに戻った。
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