第844話 シュウゲン 25 家族との再会 1
誤字脱字を修正していますが、内容に変更はありません。
それからというもの気力が湧かず、あれだけ再会を切望していた小夜の事も探すのを諦め、店に飾っておった薙刀も倉庫にしまった。
カルドサリ王国に居を構え300年以上も経つのだ。
きっと小夜は、異世界に転生などしていないのだろう。
心根の優しかった彼女は、天国で幸せに暮らしている筈じゃ。
そんな風に自分を慰め無為な時を過ごす。
移動手段であった黒曜を亡くしてダンジョンにも行かなくなり、このままではボケ老人になりそうだと思っていた矢先。
バールに、儂がヒルダちゃんから依頼され鍛えた剣を持った客が訪れたと聞かされた。
はて、あれは第二王妃であった彼女の夫用に作製したものだから、今頃は王宮の宝物庫に眠っているのが当然じゃ。
カルドサリ国王は鬼籍に入って久しいが、まさか妻から贈られた剣を臣下に下賜したりはしておらんだろう。
亡き夫の形見として、ヒルダちゃんが持っているならいざ知らず……。
儂はその男が少し気になり、注文した商品を受け取りに来たら呼んでほしいとバールに伝えた。
客がいつ来てもいいよう、店の奥で待機すること数週間。
遂に、例の男が現れたとバールが呼びに来る。
しかも、連れの老婦人が薙刀を探していると聞き胸が騒いだ。
師匠のような日本人の転生者である可能性が高い。
話を聞き急いで店内へ入ると、そこに見知った顔を見付けて大声を上げた。
「ヒルダちゃん!」
数百年経とうとも、美人を忘れはせん。
律義に約束を果しに来てくれたと思い、嬉しさで笑みが浮かぶ。
「特別なお礼をずっと楽しみに待っておったのに、遅いではないか! 幾ら長命なドワーフでも、100年以上も待たせるとは命が尽きてしまうわ! それより約束のお礼は、今からしてもらえるんじゃろうか?」
期待で胸が一杯になり、つい両手を広げ動かしてしまった。
しかしヒルダちゃんは、儂を見ても不思議そうな顔をするばかりじゃ。
「あのぉ、初めまして私はサラと申します」
そして、知らない名を名乗った。
「うん? ヒルダちゃんではないのかの? そう言えば、少し背が低いような……? それに胸が大きくなっておる?」
よくよく見れば、儂の記憶にあるヒルダちゃんより幼い。
しかし、胸だけは彼女の方が大きいような……。
もしかしてヒルダちゃんの娘かの?
「親父。悪いが呼んだのは薙刀の件だ。そこの老婦人が薙刀を探しているそうだぞ」
母親の所在を聞こうか悩んでいるとバールに肩を叩かれ、用件を告げられる。
「いや、それよりお礼の方が気になるんじゃが……。薙刀とは、また珍しい物を知っておるな。儂が鍛えた物が1本だけあるが、それは売り物ではない。同じ物でよければ、見本に持ってこよう」
そうであった。
ヒルダちゃんにそっくりな彼女を見て、薙刀の件を忘れておったわ。
ここで日本人の転生者に会えるかもしれん。
儂は、倉庫から薙刀を出し店内に戻った。
「少し調整する必要があるじゃろう。店内では狭いだろうから、裏庭で振ってみてくれんかの」
武器は手にする者の体格に合せ、長さや重さを調整する必要がある。
特に、この薙刀は生前の小夜に合せ鍛えたものだからな。
そう思いながら裏庭へ案内して、薙刀を老婦人に手渡した。
「懐かしいわね」
薙刀を手にした彼女が、思わず零した一言に日本人で間違いないと確信する。
それから薙刀を構え型稽古を始めた姿を見て既視感を覚え、ドクリと心臓が大きく鼓動した。
まさか――、小夜なのか?
薙刀を振るう姿勢は儂の知る妻にそっくりじゃ。
あぁ、すっかり小夜と再会するのは諦めておったというのに……。
今でも流れるような動きを見て、知らず何度も頷いていた。
「調整の必要はないようです」
型稽古を済ませた彼女が、手に馴染む薙刀に満足そうに笑う。
「……これは薙刀をする妻の威勢の良さに惚れた儂が、どうしても作りたかったものだ」
相手が小夜だとわかり、儂に気付いてくれるだろうかと鎌をかけた。
「あら? 私は、おしとやかだったと思うわ。……雅美さん」
女のようで、あまり好きではなかった生前の名を呼ばれて胸が熱くなる。
姿は違えど、一目見てお互いに気付くのは夫婦であった繋がりが強い所為か……。
「下の名前は呼ばないでほしい……小夜」
異世界に転生しても、夫の儂を忘れずにいてくれた事が嬉しく目が潤む。
そうして小夜と暫し見つめ合い、口に出せない想いを分かちあった。
「親父。知り合いだったのか?」
儂らの様子を見ていたバールが尋ねてきたが前世の妻だとは言えず、この場で伝えても問題ない事を話す。
「あぁ、懐かしい人に会えた。どうか、この薙刀は貰って下され」
「……はい、ありがたく頂きますね」
魔物が生息する危険な異世界で、役に立つだろうと小夜に鍛えた薙刀だ。
代金を払ってもらうわけにはいかない。
儂の気持ちを汲み、小夜も無償で受け取ってくれた。
せっかくこうして小夜に会えたというに、今度どうやって連絡を取ればいいものか。
出来れば現在の状況を知り、お互い独身であれば一緒に住みたいが……。
「あ~、シュウゲンさん。今度、将棋の対局をお願いします。334回目の勝ちは譲りませんよ」
すると小夜の隣にいた男性が、将棋の対局を持ち掛けてきた。
その回数を聞いて、長男の奏を思い出す。
小夜以外にも息子が転生していたのか!? 流石に、こちらは気付けんかったな。
「お主が勝つのは当分先だろう」
内心で驚きつつ、息子に合せ返事を返す。
「出来れば、私と100回目の対局もお願いします。確か最後は私の勝ちでしたね。あぁ、それと妻が妊娠したんです。生まれたら、顔を見に来て下さい」
更に別の男から言われた内容で、末っ子の旦那に思い当たり目を丸くした。
娘夫婦も異世界に転生していたのか!?
よく見てみれば、年を重ねた娘婿の面影がある。
「なんと、そうであったか! それは是非、会いに行かねばならんの」
しかも、美佐子は妊娠しているらしい。
異世界で孫を抱けるとは思ってもみなかった。
嬉しい知らせに、ヒルダちゃんだと思った少女がサラと名乗った事は偶然ではないかも知れぬと考える。
「お父さん、お兄ちゃんの槍もお願いしよう?」
それが証拠に響君を、お父さんと呼ぶなら孫の沙良であろう。
「あぁ、シュウゲンさん。俺の槍も注文したい。出来れば、アダマンタイトで」
お兄ちゃんと呼ばれた子供だった賢也は、父親によく似た青年に育っていた。
小夜も息子の奏も異世界に転生して別人になっておるのに、この2人だけは日本人姿のままのようだった。
沙良だけがヒルダちゃんにそっくりなのは、何か事情がありそうだな。
とはいえ、小夜が娘夫婦と孫や息子といるなら寂しい思いをせず済んだであろう。
「そうかそうか、儂が作ってやろう。2人は、どんな得物を持っているのじゃ」
ついでに響君と奏にも武器を作ってやろうと声を掛けると、
「既に、シュウゲンさんが鍛えた物を持っております」
響君が見覚えのある剣を見せる。
「これは、ヒルダちゃんの親友へ誂えた『飛翔』ではないか! 何故、お主が持っておるのだ?」
「知り合いから譲り受けました」
儂が鍛えた剣を持っていたのは、響君であったのか……。
「私の槍はこれです」
長男が自慢げに見せたのは、ドワーフにとって垂涎ものの鉱物で作られた槍だった。
「ぐぬっ、これは……。幻の鉱物と言われるヒヒイロカネではないか!」
「摩天楼のダンジョンで見付けた物です。これでも一応SS級冒険者なんですよ」
「そりゃ大出世じゃな。武術を極めただけある」
息子がSS級冒険者と知り感心する。
儂が幼い頃からあらゆる武術を教え込んだのだ。
異世界に転生しても、鍛錬に励んでいたのは褒めてやらねばな。
いずれ儂と同じ特級冒険者になれるだろう。
「ヒルダちゃんでは、なかったのか……」
思いがけず家族に再会出来た事は喜ばしいが……。
しかし数百年も、お礼を待っていたヒルダちゃんでなかったのだけは非常に残念だの。
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