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『ニュースをお伝えします。小沼市の住宅にて、独り暮らしの老人と思われる男性の遺体が発見されました。』
「聴けた!」
ということに、とりあえず感動する間もなく。俺達はすぐにラジオからの音声に耳を疑う。
「なんだって?」
お昼のニュースだ。真夏が眉を寄せた。クーラーの音がうるさい。
ノイズを発していたラジオから、ようやく人の話し声が流れて来た。
『現場は大きなサボテンが住宅の庭に埋められており、周囲からは家の中の様子を窺うことは出来ません。』
ラジオの音声はまだ続いているが、俺達はいつの間にか正座の姿勢で拳を握っていた。
「小沼って、俺たちの街だ。」
「そうだな。」
真夏の冷静な声のせいか、急に現実の音が遠く聴こえる。時計の針も。冷房の稼働音も。
夢でも見ているような。
麦茶の中で、氷がカランと呑気な音をたてる。
「何のニュース? 人が死んだって?」
聴く限りでは近所のようだ。小沼市の住宅。大きなサボテンのある家。
まさに今日、学校から帰ってくる途中にその前を通り過ぎた。空き家だと思っていたが。
騒ぎになっていたら気がつきそうなものだ。
「メモとらないのか。」
と真夏に聴かれて、一瞬なんの話やらわからない。
「え?」
「せっかくラジオが聴けたのに。」
「あぁ…。」
頭の中はまだ、学校帰りに通りかかった、あのサボテンの家が浮かんでいた。特に何も変わりない風だったと記憶している。
「そういえば、ラジオの使い方が知りたかったんだった…。」
言われて思い出す。
ラジオの周波数をその時になってスマホで調べようとしても仕方ないと先生が言っていた。
当たり前だが、スマホのメモ機能に周波数をメモるのもNGだ。ダイヤルなら動かしていれば、どっかで音が出るのだろうが。
CDプレイヤー付属のラジオの場合、押しボタンだと音が出るまで永遠にカチカチやっていないといけないのでやっかいだ。
番組表も然り。結局、普段から使っていないものを緊急時だけ引っ張りだしても何の役にも立たない。
都心と違って地方は選局も限られるからだ。チャンネルを回しても、放送中の番組に当たる確率が低すぎる。
「周波数528、と。」
立ち上がり、学習机の上に出していたペンギンのメモに書き付ける。
ニュースは続いて近隣のダムの貯水率に話題が移った。節水は基本だ。
窓の外が明るい。ラジオは音がブツブツ切れるのに、不思議と嫌じゃない。そこが味があっていいというか。
飛んでる電波を拾ってるって感じ。語彙力が無くて申し訳ない。
「他には何が聴けるの? 」
「田舎だからニュースと演歌しか聴けない。」
「なーんだ。」
この辺りのカラオケ店には若者よりも、のど自慢の高齢者が多い。
平然と会話が進んで、遅れて思考が戻ってくる。
「それより、さっきのニュース気にならないか?」
「あぁ。気になるな。」
と答えたものの、真夏は何か別の事を考えているような上の空だ。グラスについた水滴に触れていた腕が濡れている。
「お前、何か違うこと考えてるだろ。」
「それも現場に行けばわかる。」
と言って突然、立ち上がる。こんなに行動的な真夏も珍しい。
「見に行く気か?」
オカルト偏重の彼にも、現実問題、近所の治安が気にかかったりするのか。
息が詰まるのを感じて、ゴクリと唾を飲んだ。冷たい汗が頬を伝う。
何か嫌な予感がした。
★★★
外観を見ても、これといって変哲のない様子だ。
学校帰りの通り道にある、サボテンのある家の前まで戻って来た。
瓦屋根に、玄関の引き戸。塗り壁を補修するように貼られた青いトタン。錆びている。
入り口まで平たい飛び石が導いている。プランターに植えられたネギ。赤いポスト。何も入っていない。
「ここで住んでいた人が亡くなったのか…?」
人の背中にしがみつくような柄じゃないが、気持ちは正直退けていた。
実物を見なくても、この場所で人が亡くなっているという事実だけで気分が悪い。
「誰もいないな。」
真夏が周囲の様子を確認する。パトカーも救急車も見当たらない。
巨大なサボテンは物言わず庭に立ち尽くしている。主の命を吸って満足したのか、まるまると太った大きな株だ。
家の前には舗装された道路。一車線。
「何かあった風には見えないけど…。独り暮らしの老人だっけ? 孤独死とか?」
「だろうな。熱中症で倒れて、遺体で見つかる。孤独死で見つかるケースは夏に多いとテレビで観た。」
なんて事をテレビで学んでるんだお前は。幸福でいてくれ。
現場を一通り見回して、視線を再び真夏に戻す。若葉色のタンクトップに、半ズボンが涼しげに見せる。
「ラジオで聴くと現場に来たくなるもんなの?」
冗談半分に笑いかける。
その時の真夏の表情は、俺が一度も見たことのない顔だった。
口の形は笑っているが、目が真剣そのものだ。
「なるほど。これではっきりした。あれは、『お化けラジオ』だったんだ。」
「お化けラジオ?」
「老人が亡くなるのは明日だ。ラジオから聴こえたニュースは、お化けラジオが聴かせた、未来の出来事なんだ。」
「は?」
真夏 入道はオカルトに傾倒している。
それは俺がよく知っている事実だ。実際に言葉にされると思った以上に奇妙な感覚だが。
「お化けラジオって何?」
念の為に確認を入れる。
真夏はもどかしそうにズボンを掴み、下唇を噛んだ。たった今この場に愛読書である妖怪図鑑がないので、お見せできなくて残念です、といった感じ。
こんな彼の様子は滅多に見られない光景だ。
「図鑑ないの?」
今から家にいって取って来いよ、と言いかけたところで、邪魔が入った。
「そこでなにしてるの?」
そう声をかけて来たのは、隣のクラスの塩田さんだった。去年は同じクラスだったんだけど。
振り返ると、いつの間にかすぐ後ろに立って、腕を組んで仁王立ちしている。
つり目にショートヘアの地味系女子だ。真夏も俺もクラス内の最下層にいる地味男子なので、人の事を言えないが。
「なんでもないよ。」
と無難に答えて、さっさと通り過ぎてもらおうと思ったのだが、彼女はジッとこちらを見て動かない。
特に真夏を注視しているように窺える。
「なにもないのに、人の家をジロジロ見てたわけ? 何か面白いことがあるなら、教えてくれてもいいじゃない。」
まさか、明日ここで人が死ぬかもしれないと、白状するわけにもいかない。
案の定、真夏は俺以外の人間とは口をきく気もないらしく、完全に沈黙している。
愛想が無いのは彼の勝手だが、助け船くらい出して欲しい。
「ここって、誰が住んでるのか知ってる?」
「橋田さんっていう、おじいさんの家らしいわ。」
「知ってる人?」
「お母さんは知り合いだったみたいだけど。私は知らない。」
塩田さんはハキハキ喋ってくれる好印象の女の子だ。尋ねたことには必ず答えてくれるが、聞かれたことしか答えない。
ガード硬めの赤いランドセル女子。
ピンクとか紫じゃなく、赤ってところがいいよな。
「今も住んでるの?」
「最近は見かけてないけどね。ねぇ、二人は仲良いの?」
不意に変な事を聞かれる。
「真夏と俺? なんで?」
「何が合うのかわからないけど、いつも一緒にいるから。」
仰る通り、俺と真夏の間にそれらしい共通点は無い。ただし、こういった場合にはどう答えるのが正しいのか、不思議と言葉に迷わなかった。
「お互い、相手がどういうことに興味があるのか理解しているから。」
オカルト男子の真夏が口にした『お化けラジオ』という代物。
そのラジオが聴かせた、真夏曰く明日の出来事。本当にそんなものが存在するのか、この先に何が起こるのか興味はある。
「ふーん…。じゃあ、熱中症には気をつけてね。」
塩田さんは詮索を諦めたのか、ようやく真夏から視線を剥がして去っていく。
その背中を見送って、真夏は再びサボテンを見上げた。
巨体が作る影が額に落ちる。
「これからどうする?」
確認した俺に、真夏は眼鏡を押し上げながら答えた。立っているだけで膝の後ろを汗が流れていく、真夏の炎天下。雲が高い。
「ここは明日にならないと動きはない。他に調べたいことがある。」
「本当にあのラジオで言っていたことが、明日起こると思うのか?」
「ラジオの女性が口にした日付は八月七日。今日はまだ六日。だから、おかしいと思って。」
塩田さんがいなくなり、話題がオカルトに戻った途端に口数が増える。
八月六日。真夏の出校日。
そういうことなら、もっと早く言ってくれ。
貴重な夏休みの残り半分。
手をつけていない自由研究と、半分ほど残っているワーク。
それらを俺は心塞いだオカルトマニアと共に過ごすことになる。
忘れられない一生分の夏休み。その始まりを告げるように、翌朝になると蝉の大合唱が窓を突き破った。




