9.軽口
私は貴宮さんを安全に生活させたい。その意思は別に澪には伝えていない。それでも彼女はこの後私がしようとしている行動、そしてその意図まで全て理解したような顔をする。
どこまで察されているのやら。
一行に向かって動き出した私の一足後を長年の友人は着いてくる。あくまでサポートに回ってくれるらしい。
この行動が吉と出るか凶と出るか。下手をすれば、この先の私の立ち位置が面倒になる。
「ねえ、澪。獅子座の運勢は今日1位だったわ」
「ふふ。なら問題ないわね」
この2人を運良く見ていた誰かは、戦地に赴く人達の様だったと恐怖したとか。
「こんにちは。皆さん」
私が挨拶するの御一行の驚いた視線のみならず遠巻きに眺めていた人達の視線も集めるのを感じる。
これが、視線が痛いということなのね。根暗女だった前世には経験がない事だった。
「こんにちは。先輩も掲示、見に来ていたんですね」
いち早く反応してくれたのは、貴宮さんだった。驚かしに来たわけじゃなかったので、皆に硬直されたのには流石に困った。自分のギャグが滑ったかのような地獄を味わうところだったのだ。彼女がより天使に見えてくる。
ええ。と、頷いて言う。
「貴宮さんももうご自身の確認しましたか?素晴らしい結果だったわ」
「ありがとうございます」
「貴宮ちゃんも凄かったけど、鈴城ちゃんも去年よりだいぶ上がってない?」
割り込んできたのは橘だ。外ズラ仕様の呼び方に肌が鳥になるところだった。彼自身に、人によって態度を変えたりする性質はないが、名前だけは誤解を招くのを避けて変えるのだ。
「そうですね。ついに次席にまで来るとは、僕も危ういかも知れない」
「心にもないだろう。そろそろこの男を引きずり下ろしてやれ」
「まあまあ。うちの蒼唯ならそれぐらい造作もないですわ。ねえ、貴宮梨沙さん」
「はい。きっとできますよ」
様子を伺っていた成瀬、柿原先輩が言う。そこに乗っかる澪は相変わらず楽しそうだ。イケメンと話すことに騒ぐタイプでもないので、私にとっては面倒なこの状況を楽しんでいるのだろう。
「私を抜きで話を進めないで貰ってよろしいですか?」
話の方向が怪しく、収集がつかなくなる前に引き止める。
あれだけ忙しい中で成績落とさずトップの成瀬に私が勝てるはずがない。変に持ち上げられるのも虚しいものだ。
それに、今の私たちの距離感では、そんな軽口すら出てこないので、当人の前でやられるのは気まずい。
「心配するしないでも、鈴城ちゃんなら成瀬ぐらい倒せるよ」
「そうよ。そうよ」
いーや、違う。それはそうではない。倒したいわけでも、心配してる訳でもない。
やや、何かを諦めながらも切り替えて口を開く。
「そんなことよりもですね。お友達である貴宮さんとお話したくて来てしまいました。皆さんが随分楽しそうに話してるが羨ましくて…」
優しく微笑むように意識しながら言う。そして、できるだけ周りにも聞こえるように。
「…お友達」
貴宮さんが呆けた顔をしてこっちを見ている。お友達だなんて戯言でも今だけは許して欲しい。まだ関係値が築けていないことなど重々承知の上だ。
「知らなかったな。てっきり鈴城の片思いかと思ったが?」
「なんのことでしょう」
柿原先輩に、図星を突かれて痛いところだ。別にストーカーしていた訳では無いし、失礼ね。
「鈴城さんのお友達ですか。それは一層興味深いですね」
「会長ー。女のコに興味深いってなんか違くない?まあ、俺は元から興味津々だけどね」
「俺もなくは無いな。無能な人間ではないだろうし、それならばいい」
三者三様のよく分からない反応を見せる。3人が仲良く話してるのでさえ、見慣れた光景ではない。
「あ、ありがとうございます…?」
かく言う貴宮さんは、素直にお礼を言えばいいのか図りかねていたようだ。とりあえず感謝し、苦笑いする。
これで、今回の目標『ヒロインのお友達アピール』が完了した。私が引き合わせずとも、彼らは出会う。アピールしたい相手は、もちろん当事者の彼らではなかった。
もう既にこの場から離れたくなってしまった私は、視線をさ迷わせる。目標は達成したし、目立つのはもう十分だろう。あとは遠くから眺めでもしたい。
それに気づいた澪が言う。
「蒼唯、そろそろアレが」
アレとはアレである。つまり、体良く抜け出すための『アレ』だ。
「そうでしたね。それでは、お先に戻らせてもらいます」
それだけ言うと、足早にその場から離れる。気持ちはさながら、お見合いをする若い者のキューピットになろうとする家族の対応だ。
「あとは、わかいもんに…な」
と、わたしの中の架空お父さんが言った。
最近の悩みは、サブタイトルの言葉選びが難しいこと、1つのシーンに登場人物が2人以上いると上手く進められないことです。頑張ります。