7.図書室
中等部の頃から、生徒会の用事がない日は図書室で勉強するのが習慣だった。参考書類まで豊富に取り揃えてあり、非常に活用しやすい。
そもそも自習室用として作られているからか、机の数も多く、私はいつもなるべく人のいない角を選ぶ。これは、前世からの影響だ。立場上仕方ない時以外は、目立ちたくない。
しかし、最近は人目につかないことに追加でヒロインが視界に入る席。という条件が増えた。
あ、いる。
真剣に参考書と向き合う貴宮さんを見つけ、邪魔をしないように遠回りで今日の席を探す。
探さずとも大体メンバーは一緒だし、席も変わらないのでいつもの本棚の先にある壁際を陣取った。
「先輩も勉強してたんですか?」
急に話しかけられたと思って顔をあげる。下校時間が迫り片付けを始めたころだ。
しかし、見渡しても自分の周辺には、入ってきた時と変わらず誰もいない。おそらく声の主であろうヒロインの方に目をやり、やっと理解する。
「いや。帰る前に参考書を借りにきただけだ」
数冊の参考書を抱えた柿原先輩が貴宮さんと話している。
「なるほど。やっぱりここには使いやすい参考書がたくさんあるんですね。よかったら、おすすめとか教えてもらえませんか?」
「おすすめか…。俺には君の得意不得意がわからん。自分で探してくれ」
そっけない柿原先輩に返す貴宮さんの言葉は健気に聞こえるが、それに対する先輩の言い方はやはり冷たい。
「司書の方が分野別に分類してくれてある紙がそこにある。参考にすればいいだろう」
しかし、ちゃんと聞けば合理的で的確なアドバイスだ。
「あれですよね?すごい!教えてくださってありがとうございます」
彼女は、役立つ情報を聞けて喜んでいる。先輩の言い方を気にする様子はない。
その後、いくつか手に取った貴宮さんは「お先に失礼します。」と言って帰っていく。
かわいかったな。なんてそのまま2人のいた場所を見ていれば、
「視線が鬱陶しいぞ。鈴城」
柿原先輩に見つかっていた。いつから、バレていたのだろうか。視野が広くて厄介なことである。
そのままこちらへ歩いてこようとする先輩に、こちらも片付けていた手を止める。
「すみません。貴宮さんが可愛らしかったもので」
言外にあなたを見ていたわけではありませんよ。と言う。咄嗟に出た言葉がこれだ。対比して見える自分の可愛げの無さに、表情が歪みかけた。
「ああ、あれは貴宮と言うんだったか」
そういえば聞いたな。などと呟いている。
この人は、相変わらず人の名前に興味がない。ツンデレなんて評したのは誰だ。ジャンルが掴めない。
その顔を見つめながら、柿原直人について考えを巡らす。たしか、政治家一家の三男とかだった。優秀な兄二人を持って、捻くれたとかなんとか。
「…十分優秀だとおもうけどな」
彼が出来損ないと言われる家庭。想像もつかなかった。
「何か言ったか?」
柿原先輩が端正な顔で眉を顰めるのを見て、慌てて取り繕う。気を抜いたら、失敗することばかりだ。もっと思慮深い行動をしなければ。
「いえ。何も」
「…そうか。なら別にいい。お前も、精々頑張れ。期待を裏切るような行為は誰も望まない。その地位を維持したいのならな」
彼はそれだけ言い切って、図書室を後にする。
今のは、期待してる。頑張れ。といったところだろうか。不器用な彼の優しさにヒロインが気づいてくれることを祈る。
――――
「鈴城。おちゃー」
「自分でやれ」
「けち」
気が置けないやり取りをする相手は、いつもの佐香澪ではない。生徒会室に珍しく残っていた橘千彩だ。
校内で、私が気軽に話すのはこの二人ぐらいである。
橘は、二人しかいない時に私がお茶を入れてくれるとは思ってもいないのだろう。すぐに諦めて話題を変える。
「ねえ。貴宮梨沙ちゃんどう思う?」
「どうって?」
「生徒会。推薦してもいいんじゃないかな?」
「なるほど。そういうことね」
実は、生徒会では『特待生の生徒会参加』という議題が数年前から上がっている。学力もしくはスポーツ、芸術などの面において、我が校に多大な貢献をしてくれている特待生の意見を生徒会活動に反映させることも必要だろうという意見からだ。
これが、原作において特待生のヒロインが生徒会に入れた背景だろう。
要するに、特待生に対する待遇の向上が求められるんだ。我が秀光学園では、初等部、中等部からの持ち上がり組と、高校からの外部組、さらに特待生組はそれぞれでまだ壁がある。
外部組は三分の一ほどを占めるので、それこそ橘のように内部組と馴染める人が多いが、特待生は数が少ないこともあり、なかなか難しい。
「貴宮ちゃんほど優秀な子は今までいなかったから。今回こそ検討されるべきだと思うけどなー」
「まあ、人格、能力共に申し分ないだろうけど、やっぱり実績もいるし、今度の中間次第ってことかな」
原作を考えれば、中間考査後には生徒会室にし始めることになる筈だ。
「俺の慧眼に間違いはない。けど、鈴城のお墨付きもあんなら、安心だ」
「…予想以上に入れ込んでるのね」
流されるままの液体のような男が自分から動こうとすることが意外だった。原作はどうだったかな。この男からの推薦だったのだろうか。
「うん。まーね。ちょっと興味ある」
ヒロインを思い浮かべているだろうその目に、まだ恋をしているような熱はない。ただの好奇心で片付けられる程度だ。
「全てを精算してくれてからじゃないと認めないよ。橘、会計だし」
「何そのジョークつまんない」
ってか何目線だよ。と突っ込まれる。けれど、先ほどより真剣な表情だ。
橘ルート。この様子なら推奨できそうだ。
ヒロインは誰を選ぶんだろう。この厄介な友人を救ってあげてほしいとも思ってしまう。
土日は1日1話、平日は早くて2日に1話の更新になります。よろしくお願いします。