4.始まり
物語が始まった。
そう身構えたのは結局最初の日ぐらいだった。あれから数週間が経過したが、ヒロインと攻略対象が話してるのを見ないどころか、ヒロインすらまともに出会っていない。
おかげで拍子抜けした私は、一応の警戒心というか注意を残しながらも今まで通り生活している。生徒会の業務も始まったため、攻略対象の生徒会組とはほぼ毎日顔を合わせているが、それも去年までの日常と変わらない。
「おはようございます」
しっかり挨拶をして、教室に入れば、先に教室に居た数名からチラホラと挨拶が返ってくる。
「蒼唯。おはよう」
教室の隅からでもよく通る挨拶は、友人の佐香澪の声だ。
彼女は、生徒会役員ということもありなまじ目立ってしまうせいで親しい友達が少ない私の、数少ない友人の1人。元々のコミュ力が低いこともあるので、社交性のある澪にはいつも助けられている。
「今日の集会って何するの?」
「集会?確か、オリエンテーション行事の説明だったと思うよ」
「なるほど。今年も盛り上がるといいね」
新学期最初の行事として、我が校にはオリエンテーション行事なるものがある。毎年やることは変わるが、目的は新入生と上級生の交流の場を作ることだ。
前年度はちょっとしたファストフード立食パーティーが行われた。普通の高校だとつまらなくて笑われるような内容だけど、これがこの学校のセレブ様方にはウケるのだ。普通の高校生らしいことにも憧れるらしく、多くが楽しんでいたことを覚えている。
「今年は会長が会長だし、多分大丈夫だと思うわ」
「そうよね。蒼唯が大いに信頼する成瀬くんだものね」
バチコーンという効果音がしそうな綺麗なウィンクを決められる。少しキツめに見られがちな気の強い美人のご尊顔でやられると、ギャップがすごい。
「信頼っていうほど…」
他の人にはバレないぐらいで、微妙な顔をすれば、澪に笑われる。普段猫を被りすぎて、こういう時は嫌な顔が出来ないのだ。
頼むからそういう含みを持った言い方しないで欲しい。
「また喋るようにはなったの?」
にやにやした澪がこっそり聞いてくる。
「別に」
成瀬会長との距離も今年になったからといって変わらない。いつも通り気まずいままだった。
――――――――
一定の距離を取ってくる会長は、今、全校生徒にオリエンテーション行事の説明をしている。
今年のオリエンテーション行事はちょっとしたゲームだ。全校生徒を学年混ぜこぜの何グループかに分け、「ワード」を配る。そのワードを元にグループの中でペアを探すのだ。
配られたワード自体は使わず、その特徴などを質問して同じワードを持つ人を探す。
そのグループ内で全員がペアとなれば終了だ。
必然的に他学年の人とも話さないといけなくなり、交流という目的は達成出来る。
さらに、終了したグループから、簡易なパーティ会場へ案内され、交流を深めることもできる。
これらを説明する会長に向けられる視線は、憧れ、尊敬、好意、などポジティブなものが多く、人望のほどが伺える。
昨年度ほどの新鮮味がなくとも彼なら成功させるだろう。なんせ、メインキャラクターなのだから。
私のこの確信は信頼なんかではない。
――――――
「企画から準備お疲れ様。新体制となって初の行事です。このまま、気を抜かず成功させましょう」
「「「はい」」」
オリエンテーション行事当日。私たち生徒会役員は、説明や見回り、誘導などを担当するため、ゲームには参加しない。その後のパーティは手の空いた人から参加できる。
「Cグループの皆さま。こちらがワードになります。一人ずつお取りください」
自分の担当をこなしながら、周りを見渡す。ヒロインはどこにいるのか。他の攻略対象は…。
「ありがとうございます!」
驚いて意識を目の前に戻した。流れ作業で渡していた女子生徒に何かを感じる。その子を知っている気がしたんだ。
「ごめんなさい。お名前聞いてもよろしいですか?」
気づいた時には名前を尋ねていた。その子は可愛らしい容貌で、大きな目を瞬き驚いた顔で見つめてくる。
「た、貴宮梨沙です」
ヒロインだ。目の前の彼女こそがヒロインだった。
驚くと同時に納得する。それは、ヒロインを日常で見なければ、見つけもできないわけだ。
私はどうやらヒロインの顔も知らなかったらしい。
「ありがとうございます。素敵なお名前ですね」
何も言わなくなった私を不審な目で見られて決まったので、どうにか言葉を取り繕う。
何の理由もなく名前を聞いてしまったので、この後グループ全員分名前を聞く羽目になった。というか、全員から自己紹介された。一体なんなんだ。
というか、ヒロインはここで他の攻略対象とも出会ったりするのでは無いのか?私のグループにいていいのか?
疑問は残ったが、ヒロイン、もとい貴宮さんは3年生の女の先輩とペアになって、楽しくゲームを完遂していた。
彼女の笑顔が見られたのでいいとしよう…かな。
――――――
「先輩!!」
無事全グループのゲームが終了し、生徒会役員もパーティーに参加し始めた。私も会場に入り、若干隅で楽しむ生徒を見ていた時、彼女は訪れた。
「あら。貴宮さん。どうなさいましたか?」
初めてその存在を認識した時の気強さは何処へやら、緊張して萎縮しきった彼女がそこにいた。
「さっき、先輩のお名前を聞き忘れてしまって…。良かったら教えていただけませんか?」
私に話しかける為に、名前を聞く為にこんなに緊張しているとでもいうのだろうか。なにそれ。可愛すぎるでしょ。
ヒロインに近づくというのは、それこそ立場上攻略対象との関わりも深まらざるを得ない。そこは多少リスキーである。
でも、でも!
こんな可愛い子を無下にできるわけが無い。
実際の貴宮梨沙を認識してから、彼女の好感度はこの数時間で急上昇している。私はもしかしたら、ちょろい攻略対象か何かだったかもしれない。
「鈴城蒼唯と申します。声をかけてくださってありがとう。何かのご縁ですもの、仲良くして下さらると嬉しいわ」
後半を若干砕けながら返すと、貴宮さんは同性の私でも惚れ惚れするような可愛らしい笑顔になる。
なんでこの笑顔を攻略対象の彼らが見ていないのか。いや、見ていないからこそ私が独占できているんだ。
――――
この日私の指針が決まった。
ヒロイン至上主義。
誰を攻略しようとも、例え逆ハーでも歓迎しよう。嫉妬する生徒たちは何とかできるか分からないけど、何とかしよう。
ヒロインに似合うのは、ハッピーエンドだけ。あの笑顔を守りぬこうじゃないか。
正直、夢も目標もなかった私の人生第2章はこうして光が宿った。