1.プロローグ
初めての長編小説です。楽しんでいただければ何よりです。どうぞよろしくお願いします。
今年は早咲きだと言われた桜が、満開を保ち続けている。空は雲一つ無くて、世界が明るい。晴れ渡る空と桜の華やかさ、眩しさに耐えられず、私は下を向く。
散らない桜を一体何週間見続けているのか。
やっぱり、この世界はいつまで経っても慣れない。
「…私は、鈴城蒼唯。ただのサブキャラ。」
下を向いたままそう呟き、今度はしっかりと前を見据える。不安と期待が募っている新入生がいる高校の正門前。この喧騒の中なら誰にも聞かれることはなかった。
入学式。桜。晴天。
ほとんどの条件が揃ってしまった今日この日。
きっと、このゲームは始まりを告げるんだ。
――
『――――〜―――〜』
このゲームとはこの世界の元となったと思われる乙女ゲームだ。全てをやり尽くす程私の好みのゲームのだったはず。
なのに、タイトルは覚えていない。
それくらい曖昧な記憶で私はこの世界に転生してきた。私が覚えてるのは、ヒロインや攻略対象の大まかな性格と、共通したストーリーの大体な流れ。各キャラのサブストーリー(いわゆる身の上話)やイベントなどの詳細は流石に範疇外だった。
このゲームの舞台は現代日本的な社会で、裕福な家庭が多く通う名門秀光学園の高等部。大学はまた少し異なるけれど、一貫型である小中高等部は、基本的にガチで名高いところのご子息達ばかりが通う。
もちろん私、鈴城蒼唯の出自も例にもれず名家で、蒼唯や一部攻略対象は初等部から入学している。
蒼唯と対象的に、ヒロインは一般庶民の特待生としてこの学校に入学する。持ち前の気強さ、優秀さで、生徒会役員となり、様々なイケメン攻略対象との青春を楽しむというストーリーだ。
攻略対象についてで覚えているのは、完璧生徒会長、チャラい会計、ツンデレ風紀委員長、圧倒的俺様帝王の4人。そして彼らには、ハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドの3種類がそれぞれにある。
要素で人を挙げるのは大変失礼かもだけど、思ったより愉快な字面で笑うしかない。
“ただしイケメンに限る”を地で行くような人達なので、これくらい適当に扱った方が私が楽だったりする。
そして、このゲームは蒼唯が高校2年生で、ヒロインが高校1年になる春。入学式で幕を開ける。
元となったゲームを私は心の中で原作と呼ぶ。
原作の蒼唯のポジションは、いわゆる“サブキャラ”である。ライバルキャラでもなく、脇役と言われようともしょうがない位置でもある。
ヒロインの1学年上の先輩として生徒会役員に所属し、業務面のサポートをしてくれる頼れる先輩として描かれる。
役員には、蒼唯しかヒロイン以外の女子生徒が居ないため、細かい助けを出してくれるが、何も無い時は影が薄い。如何せん男子生徒(攻略対象)がメインなため出番が少なかったのだ。
そして、生まれつき記憶のあった私は、中等部に上がる頃にこのゲームを思い出し、蒼唯に転生していると自覚した。
…が、特別何も出来なかった。
蒼唯の過去など知らなくて、自分の好きなように生きるぐらいしか出来なかったとも言う。
昨日ひとつだけ心に決めたことといえば、『平和に楽しく』だ。
中世っぽい異世界の悪役令嬢やヤンデレゲームのヒロインでもない私は、別に差し迫った死の危険とかがない。
すなわち折るフラグも別にないのだ。
まあ、強いていえば、変に攻略対象と関わって複雑な家庭事情とか、権力関係の話に巻き込まれるのは勘弁。
脇役は脇役らしく、ちょっと添えるだけの存在で十分なんだ。
あわよくばヒロインの恋愛をまじかで見たり、恋バナというのも楽しそうかもしれない……。
そんな欲はちょっとも出していませんとも。
“攻略対象”って言うだけあるのだから、彼らはイケメンだし、ヒロインって言うだけあるのだから、彼女はきっと美少女なのだろう。
私はこの立場にこの上なく、幸せと感謝を感じている。
乙女ゲームの脇役に転生した根暗女。
たかがその程度でしかない私には、不相応な立場かもしれないし、面倒事だけは勘弁だけど、これからの学校生活に私の胸は踊る。