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星の継承者  作者:


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第十八章 再会(2)

そういえばこのシリーズ。

星の継承者の血族というのは、基本的に存在しません。

衛と惺夜も実の兄弟だけど血は繋がってないし、紫苑と水樹も実の兄弟ですが、やはり血は繋がっていません。

ややこしいですかね?

継承者は一代一代血が違う突然変異なんです。

「遠夜。今日どっかに寄って帰らないか? 最近付き合い悪いぜ、おまえ」


 放課後になってすぐ遠夜の近くに移動してきた蓮がそう言った。


 蓮とは相変わらずな付き合いが続いているが、確かに最近は色々あって付き合いは悪かった。


 だが、今日は衛がくる。


 断るのは心苦しかったが、遠夜は苦い表情で謝った。


「ごめん。今日ちょっと用事があって、放課後すぐに迎えがくることになってるんだ」


「なんだよ? またかよ。ここんとこ毎日七瀬のヤローと帰ってて、ただでさえ付き合い悪いってのに」


「ごめん。この埋め合わせはきっとするから、今日だけは勘弁してくれよ」


 今日だけ、という辺りには自信はなかったのだが、蓮は渋々といった風情で頷いてくれた。


「仕方ねえなあ。今度はきちんと付き合えよ?」


「うん。じゃあ行こうか、隼人?」


 隼人が頷きかけると納得がいかないと蓮が声を上げた。


「ちょっと待てよ。俺の誘いは断るくせに結城ならいいのかよ?」


「いや。そういう意味じゃなくて今日の用事は隼人に関係してることだから」


「……財閥関係辺りか?」


 お互いに表の結城、裏の和宮と呼ばれる二大財閥の御曹司である。


 遠夜は養子だが一応和宮家の御曹司だし、隼人にしても結城財閥会長の実弟である。


 そういう方面の付き合いがあるとしても、不思議なことではなかった。


 蓮の言葉でこれはちょうどいいかもしれないと思って、遠夜は明るく頷いた。


「そうなんだ。樹に頼まれて大事な人を隼人に紹介することになってるんだ。だから、悪いけどここで」


「ホントに今度は付き合えよ、遠夜!!」


「わかってるよっ!!」


 背中から怒鳴り付けてくる蓮に遠夜も怒鳴り返した。


 相変わらずの仲の良さに隼人が苦笑している。


 廊下を移動しながら、こんなことを言ってきた。


「蓮も変わったね」


「え?」


「蓮はあんなにおおらかじゃなかったからね」


 記憶も自覚もないきみには、ふしぎに思えるかもしれないけど、前はあんな奴じゃなかったんだよ。


 と隼人は言う。


 人に心を許したりしなかったし。


 きみが紫苑であることも関係しているだろうけど、それでも変わったなってしみじみ感じるよ。


 あの頃の蓮は、あんなに人間らしくなかったから。


 これでもぼくは魔族たちの陣営にいたんだ。


 その人柄なら遠夜より詳しいと思うよ。


 だから変わったっていうのは本心なんだ。


 隼人はしみじみとそう言った。


「ふうん。記憶と自覚を持つって、そういうことなのかなあ? おれにしてみればあの蓮が、人間じゃなくて精神生命体だなんて言われる方が不思議なのに」


 その蓮と昔は敵対していたなんて、遠夜には冗談のようにしか思えない。


 確かにそのことは蓮も認めていたが。


 でも、日常生活に戻るとそういう境遇が嘘に思える。


 蓮も以前と全く変わりなく接してくれるし。


 彼が人間じゃないという事実のほうが、遠夜には嘘っぽく思えてしまう。


 多少、淡白な面があることは認めるが蓮は十分、人間らしいと思えて。


 校舎から出ようとすると、ちょうど海里が出てくるところに鉢合わせた。


 隼人は彼が連れてくるという、水樹だった頃の知り合いのことを思い出し身を強張らせた。


「やあ、遠夜君に結城君。ちょうどいいところで逢ったね。校門のところに車がきているんだ。一緒に行こうか?」


「その車の中にぼくに引き合わせたい人物がいるんですか?」


「まあね。あの方の意向としては、本当ならふたりきりでお逢いしたいんだろうけど、今回は特別だから。ふたりきりの時間なら、あの方がこちらにいる間に取れるだろうし」


「あの方」


 海里がやけに丁寧な言葉遣いをしていることから、逢わせたい人物というのが、かなり身分の高い相手だと気付いた。


 そのとき、チラリと脳裏を過ったのは、かつての親友、皇帝、衛だったが、皇帝が故郷を離れるわけがないと自分で否定した。


 遠夜を間に挟んで3人で歩く。


 海里は昔の事件には一切関わっていない人物だが、どういうわけか事情に通じている。


 だから、こんなふうに接することが不思議でもあった。


 過去は確かに現実で現代に繋がっているのだと思うと。


 校門のところまで行くと派手とまでは言わないが、高級感溢れる外車が止まっていた。


 中を見ることはできない。


 財閥関係の車はたいていがそうだ。


 それに暗殺や誘拐などに備えての処置も取ってあるし。


 これが樹の用意した外車だとしたら不自然はない。


 パッと見て外車だとわかるほど目立つ物でもないし、それでいて品を損なわないものがあって、樹のセンスの良さが窺えた。


 遠夜の通学用としては最適と言えた。


 やはり一度誘拐されかけたことで、車での送り迎えを決意したのだろうか?


 そんなことを思いながら、運転席から降りてきた青年を見て驚いた。


 そっくりとは言わないまでも、海里によく似ていたからだ。


 そういえば海里には双生児の弟がいると言っていた。


 もしかしたら彼がそうかもしれない。


「ごくろうさま、大地。運転は代わるから後部座席に移動するといいよ。座席はすべて対面式にしてあるだろうね?」


「ああ。言われたとおりにしている。あの方もお待ちかねだ」


「そうだね。じゃあ急ごうか。遠夜君も今度は後部座席に乗ってほしい」


「わかったよ。ほら、隼人。乗ろうぜ」


 半ば強引な遠夜に引きずられるようにして、隼人は車の中に入っていった。


 そこで優雅に座っている青年を見て顔を引きつらせた。


「……衛」


 複雑な声が名を呼ぶ。


 当時とはずいぶん変わってしまっている。


 だが、隼人が水樹だと疑わない懐かしそうな視線を彼は向けてきていた。


「久しぶりだな、水樹」


「どうしてあなたが地球に? 皇帝陛下ともあろうお方が」


「水樹のその後を知った後で転生していることを知ってな。

 わたしが絡むことで、紫苑にも惺夜にも、そして水樹にも刺激を与えることができるはずだと思った。

 わたしは水樹に戻ってきてほしいんだ。あの後、水樹が姿を消したと知って、どれほど心配したと思う?」


「申し訳ございません。あの頃のぼくは自分のことしか考えていなかった。あなたのことも紫苑のことも、自分を中心に考えていた。あなたが平気であんなことをしたわけじゃないって、ぼくが1番よく知っていたのに」


 後悔の色に染まる瞳を見詰めて、衛は気にしなくていいとかぶりを振った。


 衛にしても水樹の辛さや、そうせずにはいられなかった動機なども、十分に理解できるものだったからだ。


 懐かしそうに瞳を細めて、衛が思いがけない問いかけをした。


「わたしに見覚えはないか?」


「見覚えもなにも」


「違う。前世の話ではなく現世になってからの話だ。最近のことだ。見覚えがないか?」


 何度か言われてハッとなった。


「あのときの」


 まだ自覚にも程遠かった頃、街中で兄の冬馬と言い争っていたときに、遠くから見詰めている二人組の青年がいた。


 あのときはわからなかった。


 でも、あれは衛だ。


 衛がじっと隼人を見ていたのだ。


「思い出したようだな。わたしは紫苑から写真を見せてもらっていたから、すぐに気付いたが……不思議な縁だな、水樹? お互いになにも知らない頃に反応して相手を見ていたなんて」


「そうですね」


「あのときの少年が水樹だったと知って、ずいぶん後悔した。

 近付いて話しかければよかったと。一言だけでもいいから言葉を交わしたかったと。

 こうしてまた逢うことができるなんて、わたしには夢のようだ」


 切なげなその瞳に意識が水樹の頃に戻っていくのを隼人は自然なものとして受け入れていた。


「不思議ですね。わたしは一度死にこうして生まれ変わっている。それなのにあの頃のままのあなたと相対している」


 いつの間にか隼人の一人称が変化している。


 水樹だった頃のものに。


 姿がぐにゃりと歪む。


 そこに懐かしい水樹の姿を見て、遠夜は驚いた顔になった。


 衛と水樹の会話の邪魔にならないように、遠夜は座席をすこしズラし窓際に座っている。


 なにをするでもなく外を眺めて。


 外から中は見えないが、中から外を見ることはできるのだ。


 正面に座っている大地も、久し振りに対面した親友であるふたりの邪魔をしないように黙っていた。


 運転席の海里はふたりの会話が一段落するまではと、マンションにも戻らずにとりあえずドライブ感覚で車を走らせている。


 水樹としての彼がもう敵対しないと言い切っていても、今の時点でマンションを知られることが得策だとは思えなかったからだ。


 一門のことだって片付いていないし。


 結城財閥というバックを背負う立場にいる隼人に、樹の居場所を知られることは避けた方が無難だと思えた。


 彼が覚醒してしまい、完全に水樹に戻れば話は別だが。


「さほど不思議なことでもないだろう? わたしは皇帝だ。時間の流れなんてあまり意味はない。

 それに紫苑や水樹は知らないかもしれないが、故郷とこの地球とでは時間の流れが違うんだ」


「え? そうなのか?」


 驚いた遠夜がつい口を挟んでしまい、衛は彼を振り向いて苦笑した。 


「故郷よりこの地球の方が何千倍もの時間で流れる。だから、3人が死に転生するまでの長い時間も、故郷ではほんの数年の出来事だ。

 水樹が飛び出してから100年ほどが過ぎただけだし、紫苑が出ていったときから逆算しても、50年ほどが過ぎただけだ」


 100年や50年を数年と言い切ってしまう衛に、遠夜は目眩にも似た感覚を覚えた。


 確かに故郷ではなくてはならない支柱である皇帝は代々不老長寿らしいから、100年や50年くらい地球で言う数年の感覚でしかないのだろうが。


 一度こちらに渡ってきて、すべてを知った後に衛に年齢を訊ねたが、当の本人が忘れてしまっていた。


 年齢の数え方そのものが皇族と一般の民たちとでは違うらしく、衛は年齢を意識したことがないのだと苦笑していた。


 意識したところで周囲と時の流れが重ならない自分には、あまり意味がないからと。


 覚醒したら自分もそうなるのだろうかと、遠夜はちょっと不安だったが。


「水樹の探索を諦めずに続けながらも、何度ももう逢えないかもしれないと諦めかけた。

 水樹は戻ってこないかもしれないと。でも、その度に紫苑のためにも捜し出したいと思い、自分の過ちを謝罪したいと思っていたんだ」


「すみません」


「謝らないでくれ。謝らなければならないのは、わたしの方だ。

 仕方のない処置だとはいえ、水樹を追い詰めたことをここに詫びておくよ。済まなかった」


「頭を上げてください、衛。わたしはあなたにそんな真似をしてもらいたいわけじゃない。半分は自分の責任なんですし」


「自分の責任?」


 不思議そうな衛に隼人は黙って頷いた。


 過去を振り返りながら彼に告げる。


 嘘偽りのない自分の本心を。


「わたしにもっと強さがあったなら、あなたを傷付けずに済んだんです。迎えに行くからと言う約束を守れば、紫苑だって傷付けずに済んだんです。

 その数年を待てなかった。自分は孤独だということに囚われ、真実が見えなくなっていた。それはわたしの弱さでした。

 あまつさえこちらにきて、紫苑と敵対し彼に討たれたいと思った。それもわたしの弱さです」


「水樹」


「嫉妬していたんですよ、惺夜皇子に」


「惺夜に?」


 驚いたような衛に隼人は、いや、水樹は苦笑しながら頷いた。


「守護者として当然のように紫苑の傍にいる彼に、わたしは嫉妬していたんですよ。そこにはわたしがいるはずだった。幼い頃はわたしがいた居場所に今は彼がいる。

 そのことが耐えられなかった。紫苑が赦さないと受け入れられないと言う度に、それならいっそ彼の手にかかって果てればいいと思いました。

 それが紫苑を傷付けるとも知らずに。わたしは身勝手で傲慢だったんですよ。だれの気持ちも考えない。自分のことしか考えない愚か者だったんです」


 水樹がここまで言うとは思ってもみなかった遠夜は、純粋に驚いた目をして彼を見た。


 知識としてしか受け取っていない遠夜に比べ、すべての記憶が戻っていると言っても間違っていない隼人である。


 解釈が違っていても不思議はないのだ。


 衛も意外な告白に驚いた目をした後で、ゆっくりと語り出した。


「それだけ深く紫苑を愛していたということだろう?」


 優しい声の問いかけに水樹は小さく頷いた。


 口には出せない想いもあったが、隼人はそれには触れなかった。


 おそらく樹と同じ理由から。


 樹も兄や遠夜に言っていないことはあったし、それは隼人にしても同じだった。


 ふたりともそのことについて動き出すときは、遠夜の記憶が戻ったときだと決めていたので。


「惺夜に嫉妬したくなる水樹の気持ちもわかるよ。確かに惺夜のいる位置は本来なら水樹がいた場所だ。水樹と紫苑は紛れもない兄弟なのだから。

 紫苑が継承者でなければ、惺夜がいた場所には水樹がいたはずだ。そう思って惺夜に嫉妬する気持ちはよくわかるよ」


「……衛」


 不思議な人だとそう思った。


 衛に与えた心労もかなりのものだろうに、未だに親友だと思ってくれているらしい。


 身勝手な行動から追い詰めてきた水樹を、彼はすこしも責めていないのだ。


 それどころか水樹のことを気遣ってくれている。


「あなたはどうしてわたしを責めないのですか?」


「どうしてわたしが水樹を責めないといけないんだ? 悪いのはわたしなのに。すべての結果を招いたのは、わたしの選択だったのに」


「でも、わたしが故郷を捨てれば、あなたに心配をかけることはわかっていたんです。

 あなたがわたしの身を気遣ってくれることを。なのにわたしは自分のことしか考えず紫苑のことも放り出し、自分だけ逃げたんです。

 どうしてそのことを責めないのですか? 100年もの長きに渡り、あなたを苦しめてきたわたしを」


「だが、そうさせたのもわたしだ。紫苑を引き取った後で後悔したことは何度もある」


「後悔?」


 何故後悔なのかと水樹の声には出ていた。


 水樹が姿を消したせいなのか、それとも別の理由からなのか。


「紫苑を引き取った当時、紫苑は水樹を捜して泣いてばかりだった」


「義父上!! そんな昔の話を出すなよ!!」


 思わず叫んだ遠夜を振り返り、衛が苦笑している。


 それでも説明をやめようとはしなかった。


 驚いたような顔をする水樹に話の続きを語って聞かせる。


「熱を出して朦朧としているときでさえ、紫苑は水樹を捜していた。その幼い手が何度も水樹を求めてさまようんだ。

 わたしがどんなにあやしても、どんなに努力しても、水樹ではないからダメなんだとそう言って泣いた」


「紫苑」


 人前では葉月とは呼ばない。


 そんな遙か昔の決意を今も引き摺っている水樹が、別の名で弟の名を呼んだ。


 遠夜は決まり悪くて窓の外を見ている。


 水樹の視線を感じながら。


「時には侍従や侍女の手から逃れて、隠れて泣いていたこともあるようだ。惺夜と出逢ったのはちょうどそんなときだったからな」


「惺夜皇子……ですか」


「中庭で水樹のことを捜し、待ち続けた紫苑が泣いているところへ惺夜が現れたらしい。

 詳しい説明は省くが、紫苑はそうして水樹を捜し、待ち続けて泣いてばかりだった。

 わたしは引き取った当時も、その後も何度も後悔した。

 これほど必要としている兄弟を引き裂いたのかと。自分のしたことに嫌気がさしたほどだ」


 どう言えばいいのかわからなかった。


 衛がそんなふうに思ってくれているとは、正直思っていなかった。


 それに葉月がそこまで水樹のことを慕い、毎日泣き暮らしたことも知らなかった。


 すべてを知ってしまうと、過去の水樹がどれほど身勝手だったのかがわかる。


 葉月はそこまで水樹のことを慕い、待っていてくれたのに彼を捨て、故郷を捨てる道を選んだ。


 さっき言った言葉ではないが、なんて傲慢だったのだろう?


「わたしは愚かでした」


「水樹」


「話を聞けば聞くほどそう思えてなりません。紫苑のこともあなたのことも、なにも考えず自分の辛さばかり主張していた。

 愚かでした。身勝手でした。わたしのことを許してくれますか、衛?」


 泣き出しそうな瞳を向けての問いに衛は晴々とした笑顔を向けた。


「許すもなにもわたしたちは親友だろう? それともわたしの独りよがりな思いなのか、水樹?」


「そんなこと。あなたはわたしにとって最高の友人です」


「ありがとう。その一言で救われた気がするよ」


 本当にそう思っているのだろう。


 衛は嬉しそうな笑顔で水樹を見ていた。


 なにもかも過去のわだかまりが消えていくような気がしたとき、隼人ははっきりとした変化を自分の身に感じていた。


「なんだろう? 身体が熱い」


 短く呟いて隼人が自分の肩を抱く。


 心配そうに衛が身を乗り出してきた。


「水樹? 平気か? かなり顔色が悪いぞ」


「なんだか身体が熱くて」


 ここまで言って隼人は息を噛んだ。


 激痛が身体を襲ったからだ。


 隼人の姿がぶれて歪んで滲んでいく。


 その変化に遠夜も大地もギョッとしたように彼を見て、車を走らせていた海里は慌てたように近くの路上に停めた。


 突然の出来事に後部座席を振り返る。


 そこでは隼人が苦しんでいて、隼人の姿と水樹の姿が交互に現れては歪んで消えていった。


「水樹っ!!」


 友人が苦しんでいるのを見かねて衛が腕を延ばす。


 抱きしめた身体は、驚くほど熱かった。


「身体が作り替えられていく感じがする。熱いっ!!」


「水樹っ!! しっかりしろ、水樹っ!!」


 隼人が苦しんでいたのはそう長い時間ではなかった。


 震えていた腕を茫然と見下ろし、やがてゆっくりとその瞳で車の中を見渡した。


 そのとき、そこにいたのはすでに隼人ではなかった。


 遠夜にとっては懐かしい青年の姿。


 衛にとっては初めて見る成長した友の姿だった。


 見慣れた姿よりもすこし成長した水樹がそこにいた。


「わたしは」


「覚醒したようだな」


 水樹の姿を懐かしそうに眺めて衛がそう言った。


 覚醒したと言われて隼人は、いや、水樹は車の窓を見てみた。


 そこに映っていたのはかつての自分だった。


 水樹と呼ばれていた頃の自分だった。


 覚醒したのだ。


 記憶もすべて戻っている。


 姿は違っても愛しい弟が傍にいることで、水樹の受けた衝撃は少なかった。


「でも、困りましたね」


「何故困る?」


「帰還するならまだしも、紫苑もまだ覚醒していないし、惺夜皇子が覚醒したという話も聞いていません。まだ結城隼人でいなければならないのに、この姿に戻ってしまうと困りますよ」


「大丈夫ですよ、公爵」


 海里が割り込んできて、水樹が彼を見た。


 運転席からこちらを覗き込んでいる海里を。


「公爵ほど皇家の血の濃いお方でしたら、お姿を変化させることなど、そう難しいことではありません。

 必要なときだけ今のお姿に戻し、普段は結城隼人の姿を取っていればいいんです。

 ただ気配までは変えられませんので、蓮や紫に気付かれることを避けることはできないでしょうが」


「つまりいずれは綾乃にも見付かってしまうということか」


 重い気分で呟くとすでに彼女が動き出していて、その対策に頭を悩ませていた衛が、ふと水樹に訊ねた。


「一度、水樹に訊きたかったんだが、どうして鬼女王を妃に迎えたんだ? 水樹の好みのタイプには見えなかったし、大体その決断を悔やんでいなかったら、紫苑と再会した後の行動も違ってきたのではないのか?」


 苦々しい衛の問いかけに水樹も同じ笑みを向ける。


「相変わらず鋭いですね、衛は」


「どういう意味だ?」


「出逢ったときの綾乃は、とても危なっかしくて、わたしには幼い頃にわたしを慕って泣いた紫苑に重なって見えたんです。

 すこしでも紫苑の想影を感じさせる人物と一緒にいたかった。そうすれば紫苑と一緒にいるような気がして。

 だから、綾乃の強引な求婚を受けたんです。身代わりとも言えるかもしれません。

 綾乃には申し訳ないことをしたと思っていますよ。自分が紫苑の身代わりでしかないと、彼女は知りませんでしたから」


「水樹を責めるつもりはないが、あまり感心しないな。そうせずにいられなかった水樹の寂しさはわかるが」


「ええ。自分でもひどいことをしたと思っています。だから、紫苑が来訪してから態度の変わったわたしに、綾乃はひどく傷ついていました。

 紫苑が傍にいるのなら、もう彼女に想影を重ねる必要もない。わたしの態度はそんな意味から変わっていました。

 ひどい話ですよね。彼女が怒るのも無理はない。そのことで綾乃に生命を狙われていた紫苑にも、ひどいことをしたと思います」


 水樹の告白は遠夜にとっても意外なものだった。


 記憶は戻っていない。自覚もない。


 でも、なんとなく当時、紫苑がなにを思ったのかについては理解していた。


 水樹は本当の意味で紫苑を裏切った。


 それが1番紫苑を苦しめた感想だったはずだ。


 だが、水樹の話が本当なら紫苑の感想は間違っていたことになる。


 水樹は裏切ってなどいなかったのだ。


 だが、鬼の女王と似ているという言葉には同意できなかった。


「あのさ、さっきから話に出てる綾乃って鬼の一族の女王なんだろ?

 鬼って言葉から連想されるイメージって、すごく冷酷で残酷っていうか、そういうものなんだけど。

 おれって、つまり紫苑って生前はそういうイメージだったわけ?」


「それは違うぞ、紫苑。わたしから見ればすこしも似ていない。むしろ水樹の方が似ている。よく似た兄弟だったんだと感心するくらいな」


 兄弟ならある程度似ているのは常識である。


 そういう衛と惺夜も似た兄弟なのだから。





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