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星の継承者  作者:


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第十八章 再会

ちょっとながいかな?

もっと長くなることもあるかも?




 翌朝、手回しのいい樹が用意した外車に乗って、遠夜は学園へと向かっていた。


 後部座席には衛の姿がある。


 その隣には不敬罪だと知っていて、身を縮こませている大地もいた。


 大地は海里が学園で降りた後の運転手だ。


 だから、仕方なく衛の隣に座っていた。


 自分の隣に皇帝がいると思うと、不敬罪で息が詰まりそうな気がしたが。


 当然のことながら助手席には遠夜が座っている。


 まだ記憶は戻っていなかったが、自覚には程遠くても遠夜の気配は確実に変化してきている。


 紫苑と名乗っていた頃の気配へと。


 頬杖をついて外を眺めるその様子は、なにかを思い悩んでいるようでもあり、運転席の海里は何度となく気遣うように遠夜の横顔を覗き込んだ。


 記憶は戻っていないと言っていたが、同時に色んなイメージの夢を見ているとも言っていた。


 自覚していないだけで、もしかしたら紫苑の記憶は戻りつつあるのかもしれない。


 もし夢の内容を客観的に理解できるようになれば、遠夜は自覚するかもしれない。


 自分こそ紫苑の名を受け継ぐ化身だと。


 しかし遠夜に気付かせる切っ掛けなんて考えても想像もつかなかった。


 皇帝、衛もそのことには気付いているのか、夜になると海里は衛に呼ばれ、その日に起きたことすべて報告している。


 衛に訊かれるのだ。


 その日遠夜と一緒に過ごした海里に彼の起こした言動について。


 衛もなにか方法を考えているのか、それともただ単に世継ぎの動向が気にかかるのかは知らないが、彼は遠夜のことなら、どんな些細なことでも知りたがった。


 だから、1日が終わる頃に衛に呼ばれ、その日起こったことについて報告するとき、海里はいつになく緊張してしまう。


 その場には翠も同席しているから尚更だったかもしれないが。


 翠の前で迂闊なことは言えないし、下手をしたら不敬罪だと責められる恐れがあったので。


 水樹の問題では衛と翠は意見が対立しているようだったし。


 だから、隼人の話題になると責められるんじゃないかと、いつも青くなっていた。


 報告を受けている衛には、それが水樹だとわかっているのか、隼人の話題になると問いかける内容が倍くらいに跳ね上がる。


 そのせいか昨夜、登校時に同行すると言われたときに、海里は皇帝の目的に気付いていた。


 それを裏付けるように樹と翠は留守番にさせた衛に、海里はすこし緊張していた。


 あのふたりを蚊帳の外に置くことは、とても難しいことなのだ。


 それを成し遂げただけで、衛がどれほど水樹のことを気に病んでいたかがわかる。


 交わされる言葉はなかったが、海里も大地も衛の目的を知っていた。


「学園についたね、じゃあ降りようか、遠夜君」


「うん。義父上も市街見物もいいけど、好奇心はほどほどにしておかないと身を滅ぼすよ」


「紫苑がわたしを気づかってくれるとはな。嬉しいかぎりだ」


「……義父上って時々、気障だよな。それともそれって皇族としての社交辞令ってやつ?」


 まだ自覚していないからか、遠夜は素直に「義父上」と言ってくれる。


 その度に照れる衛だが、記憶が戻ったらまた名前で呼ばれるのかな? と思うと、このまま戻ってほしくないような、複雑な気分になるのだった。


 もちろん衛が初めて贈った誕生日のプレゼントを死ぬまで大切にしてくれて、すべてを忘れ、転生した後もそれを無意識に見つけて手に入れて大事にしていたのだ。


 以前の背かれているという感想は、今の衛は持っていなかったが。


 何故気づかなったのかと思う。


 紫苑は天邪鬼だから、慕っていてもそれを表に出したりしないタイプだと。


 そのことにも気づかずに落ち込んでいた自分が、バカみたいに思える。


 小さな頃は今と同じように舌足らずな口調で「ちちうえ」と呼んでくれていた。


 あの頃から紫苑の気持ちは動いていなかったのに気付いてやれなかった。


 だから、今度こそはと心に誓っている。


 今度こそ紫苑を幸せにしてやりたいと。


 だから、どうやって連れ帰るかが1番の難関なのだが。


「紫苑ももうすこし素直にならなければいけないぞ? それは曲がった解釈というものだ」


「本当かっ!?」と言いたげな視線が、三方から注がれたが、衛は一向に堪えていなかった。


 そういう意味で衛はすこし変わっているのである。


 確信犯を地でゆく衛は、それだけ度胸も据わっているのだ。


 残念ながらそのことに気付ける者は、この場にはいなかったが。


 樹や翠がいたら呆れていること間違いなしである。


「放課後になった頃には戻ってきてほしい。わかったね、大地?」


「ああ。承知している。これでも近衛士官なのだぞ? ヘマをするわけがない」


「へえ。大地さんって近衛士官だったのか。ということは海里先生も?」


「一応そうなるかな。それより遠夜君急がないと遅刻するよ」


「そうだな。じゃあ行ってきます!!」


 元気な声で挨拶して遠夜と海里の姿は校門の向こうに消えた。


「これが学校というものか。学習が必要な年齢の者ばかりが集まって、知識を覚える場が。故郷にも必要かもしれないな」


「それはどうでしょう」


「どういう意味だ?」


「学校というものは閉鎖された小社会です。子供だけで成り立った。そこは一種の無法地帯だと言っていい。

 学校の教育が上手く進んでいるのなら問題はないのです。ですが一歩まちがえば、生徒たちが自分で自分を傷つけ合い、大人には手の出せない世界が出来上がってしまう。

 事実、ここ最近ではイジメと呼ばれるものが流行り、強者が弱者を責めたて、ついには自殺に追い込んでしまう例もあります。

 逆に学校に押さえつけられると感じた生徒たちが、暴力に訴え、教師を殺した例もあります。

 なにがよくてなにが悪いのか、それは一概には言えません」


「なるほど。難しいものなのだな。だが、試してみる価値はある。故郷では民のあいだでの知識の差が大きいからな。

 一生、字が書けず読むこともできないまま死んでしまう者もいる。そんな者を減らすためにも、十分、計画を練り失敗がないと判断できた当たりで、試してみる価値はあるだろう」


 衛の言葉に大地はゆっくり頷いた。


 それが皇帝の決断なら、一近衛士官にすぎない大地が意見するべきことではないからだ。


「では車を出してくれないか? 水樹に逢うまで時間を潰さなければならない」


「そうですね。しっかり掴まっていてください」


「わかっているよ」


 優しく微笑んで助手席に移った衛が、慣れない手つきでシートベルトをしている。


 それができたのを確かめてから、大地は車を発進させた。





「おはよ、隼人」


 自分でもなるべくいつも通りに振る舞えるように、遠夜は明るく声を投げた。


「やあ。遠夜、おはよう」


 礼儀正しい返事が返ってくる。


 微笑み付きで。


「後で話があるんだ。一時限目抜け出さないか?」


「珍しいね。遠夜がサボりの誘いをかけてくるなんて。なにか重要な話?」


「うん。おれにとっても隼人にとっても重要な話だと思う。人がいるとできない話なんだ。でも、放課後まで待てない。放課後まで待ったら隼人はひとりになれないから」


「どういう意味?」


「海里先生が言っただろ? 夢の中の隼人が知っている人物に逢えるって。今日の放課後その人物を連れてくるんだよ、海里先生が」


 ギクリと青ざめた後で隼人は、いつのまにか遠夜が事情に通じていることに驚いた。


 つまり彼の方でもなんらかの変化があったということだ。


 では付き合うべきだろう。


 瞬時に隼人はそう決断を下していた。


「いいよ。じゃあ蓮がくる前に行こう。この件に第三者を招き入れたくないからね」


「そうだな。別に蓮は第三者じゃないんだけど。まあおれとしても隼人とふたりきりで話したいし」


 遠夜の言葉を聞けば聞くほど、彼は夢の中のことを知っているとしか思えなかった。


 夢の中の成り立ち、人々の結びつき、そんなものまで熟知しているように見えたのだ。


 だが、その理由がわからなかった。


 だから、隼人はついていくしかなかった。


 まだ蓮のきていない教室を、ふたりでそっと抜け出して。





 遠夜が連れてきたのは屋上だった。


 ここなら邪魔が入らなくていいと彼は言った。


 それに邪魔が入ってもすぐにわかるから、とも。


 そうして正面に立ち向かい合うと、彼が変わったのだとはっきりわかった。


 このあいだまでの遠夜の瞳じゃない。


 どのくらいの年月を生きてきたのか、わからなくなるような、そんな不可思議な瞳をしていた。


「率直に訊ねるよ。夢の中での隼人の呼び名はなんて名前なんだ?」


「え……そんなことがきみに関係あるのかい、遠夜?」


「ある。詳しいことは今は言えない。隼人が打ち明けてくれるまでは。でも、おれにも関わりのあることなんだってことだけは覚えておいてほしい」


 視線で答えてくれないかと促す遠夜は、まるで身分も名もある出身の少年に見えた。


 少年には似つかわしくないほどの威厳。


 隼人は気押されつつも名乗った。


 夢の中での彼の名前を。


「水樹だよ」


「やっぱり。そうじゃないかと思ったんだ。転生している可能性があるのは、後はもう水樹しかいない。

 隼人がその頃の夢を見るというのなら、隼人が水樹だと思う以外にない。そうわかっていたんだ」


 頭を抱え込んでしまう遠夜に隼人は混乱してしまう。


 どうして彼が水樹の名前を知っているのだろう?


 しかもそれが転生しなければ思い出せない名だと知っているのだろう。


「おれがだれだかわからないか、水樹?」


「遠夜?」


 呼び慣れた名を呼ぶ隼人に違うとかぶりを振ってみせる。


「おれがだれなのかわからないのか、兄上?」


 はっきりとそう呼んだ。


 自分も正体を隠すつもりはないのだと。


 一方隼人の方は覚醒するまでわからないと思っていた紫苑の転生者が、こんなに近くにいたことに非常に驚いた。


 そう言われてみると紫苑にこれだけ似ている遠夜が、別人のはずがなかったのだ。


 しかも惺夜である樹に引き取られているのだから、彼が紫苑だと考える方が自然なのである。


 そのことに今まで気付かなかったことに舌打ちした。


「こんなにすぐに逢えるなんて思ってもいなかった。七瀬先生から聞いたかい?」


「なにを?」


「ぼくはもうきみの敵にはならない。例え鬼族が出てきても……綾乃が出てきても」


「水樹」


「ぼくが自分の弱さに負けてきみに討たれた後で、きみが辿った末路を知った。後悔したよ、とても。

 時がやり直せるなら、きみとふたり逃げる道を選んだのにね。魔物も人間も関係ない世界へ。

 それもまた逃避かもしれないけど、殺し合うよりはましな選択肢だったと思う。今ならそう思えるのにね。あの頃のぼくには勇気が足りなかった。

 後悔してもしきれないし、きみには謝っても償えないほどの罪があると思う。すまない、葉月」


 水樹しか知らない紫苑の本名。


 それをサラリと口にする隼人に、やはり彼が水樹なのだと遠夜は確信していた。


 疑っていたわけじゃない。


 ただ確信しただけなのだ。


 間違いなく彼が水樹だと。


 記憶は戻っていない。


 それは嘘じゃない。


 でも、全く戻っていないわけでもなかった。


 うっすらと蘇る記憶の中に、いつも微笑む「だれか」がいた。


 それが水樹だと衛や樹からされる説明で気付き、彼に関する知識だけが戻った。


 そう。


 記憶ではなく知識なのだ。


 彼が紫苑にとってなんなのか。


 彼との間になにがあってどうなったのか。


 そういったことが、教科書を使って覚える知識のように蘇った。


 ある意味で映画を観て理解したとか、テレビで知った知識とか、そういうものに似ていたかもしれない。


 まだ感情まで動いていなかったが、そのことに気付いたとき、隼人の見る夢の意味に気付いた。


 気付くと問わずにはいられなかったのである。


 もしかしたら近く記憶は戻るかもしれない。


 少なくとも封印は解かれはじめている。


 遠夜はそのことを噛み締めていた。


「水樹はどこまで思い出しているんだ?」


「ほぼ大半の記憶は戻っていると言っていいかな? まだ結城隼人としての意識の方が強いけど、これ以上水樹の記憶が戻るようなら、そのうちぼくという存在はいなくなって、水樹の頃の自分に戻ってしまうだろうね」


「やっぱりそうなのか? 異界からきたおれたちでは完全な転生は望めないのか? 転生しても覚醒したら、あの頃の姿に戻るんだろう?」


 衛や樹からされる説明で、その点については気付いていた。


 だが、肯定されると堪えた。


「それだけぼくらが異分子だということだよ。この地球にとって。異分子の存在を除去する方向に考える程度には。

 転生させて覚醒させ元に戻してしまえば、いやでも帰還するしかなくなる。地球がそれを望んでるってことじゃないかな?」


「地球がそれを望んでる……か」


「葉月がこんなに近くにいてくれて嬉しいよ。自分でも気付かなくても、傍にいられて友人として過ごせたことを幸運だと思う」


 淀みのない隼人の口調に遠夜は自嘲の笑みを浮かべた。


「授業が始まっているのにきみたちはこんなところでなにをしているのかな?」


 怒った声に振り向けば海里が立っていた。


 遠夜の姿が教室にないと知って、慌てて捜していたのだろう。


 たぶん近衛士官としての力を使って。


 どんな能力を持つ近衛士官なのかは知らないが。


 居場所を突き止め、ふたりが一緒にいたことでホッとし、同時に問題を感じてもいるのだろう。


 ふたりともまだ覚醒していない段階なのだから。


「隼人に訊きたいことがあったから、ここに呼び出したんだ。悪いのはおれだから。隼人を叱らないでやってくれよ、海里先生」


「でも、受け入れたのはぼくだから。一時限目ゆサボろうって言われたときに」


 どちらもが庇い合いをしている。


 見ているだけで微笑ましくなる光景に、海里は生前のふたりが、どんなに互いを必要としていたか垣間見た。


 こんなふうに一緒に過ごしているところを見たら、きっと衛が喜ぶだろう。


 自分の過ちを償えると思って。


 それに紫苑が思っていたより、ずっと自分のことを気にかけてくれていたという真実が、衛の気持ちを軽くしたようだった。


 だから、後は引き裂いたふたりの力になりたいと思っているはずである。


 父親だと思われていると確信の持てた衛は。


 すでに敵対していない対等な位置に立つふたりを知れば衛はきっと喜ぶ。


 だが、今の海里は教師でサボりを認めることはできなかった。


 そういう点で海里は融通がきかないのである。


「仕方がないね。今回だけは見逃してあげるから、保健室に行くんだ」


「保健室〜?」


 遠夜が呆れた声をあげると、海里はそれ以外にごまかす方法があるのかと言いたそうな顔をした。


「遠夜君が倒れて結城君はそれに付き添ったってことにしておくから、早く保健室に行くんだ」


「有り難いけど教師がサボりの手伝いなんてしていいのか?」


「相手がきみじゃなかったらしていないよっ!! とにかく早く移動するんだ。他の教師に見付かる前に。他の教師に見付かったらごまかしようじゃないじゃないか」


「そうしよう、遠夜。七瀬先生の厚意を無駄にしてはいけないよ」


「そうだな。じゃあ後はよろしく、海里先生」


 短く告げて遠夜は隼人に手を引っ張られるようにして退場した。


 ここでふたりがなにを話し合っていたのか、海里も気になったが、兄弟には兄弟にしかわからない、立ち入ってはならない事情があるのだろうと判断した。


 海里はもう疑っていない。


 遠夜が隼人が水樹だと気付いたことに。


 それ以外にふたりが、こんなところで話し込む理由がないからだ。


 だが、そうだとすると遠夜の言動が解せない。


 確かに記憶は戻っていないようだった。


 あの意味不明といった態度は嘘じゃない。


 演技が感じられなかった。


 なのに隼人を呼び出して水樹がどうか確認している。


 確かに衛も樹も水樹との関係について隠さなかった。


 遠夜にすべて教えたのだ。


 水樹は紫苑にとって実の兄であり、かつては敵対する陣営の将軍同士として闘ったのだと。


 さすがに紫苑が実の兄を手にかけたことは言えなかったが、それ以外はすべて伝えてある。


 だから、遠夜が興味を持っても不思議な話ではないのだ。


 この転生が普通の転生ではないことも、遠夜は知っているし。


 でも、記憶もない頃にそれを隼人と結びつけて、こんな行動に出るだろうか?


 一度衛と話し合った方がいいかもしれない。


 記憶は戻っていない。


 それは嘘ではないだろう。


 だが、遠夜はなにかを隠している。


 そう気がついた。


 これからなにが変わるだろう?


 放課後には皇帝陛下が訪れる。


 水樹の覚醒を促すために。


 複雑な感情を抱いていた衛を前にして、隼人は、水樹はどんな態度を見せるのか。


 遠夜のように以前とは変わっているのか、それとも全く変わらず、彼を拒絶したままなのか。


 問題は尽きることがない。


 鬼族の問題もまだ進展していないし先が思いやられると、海里はため息をつく。


 紫苑の記憶を取り戻すことで、遠夜の気配は変わってきている。


 紫苑だった頃のものへと。


 紫や蓮は遠夜を護るために協力はしてくれるだろうが、全幅の信頼は寄せるべきではない。


 彼らが綾乃の側に位置する魔族であれことに変わりはないのだから。


 綾乃はまだ紫苑の転生にまで気付いていない。


 おそらく水樹の転生にも気付いていないだろう。


 だが、近い将来そのことにも気付くに違いない。


 そうすれば間違いなく動き出す。


 衛がいるあいだに起きるのか、彼がいなくなってから起きるのかはわからない。


 だが、できれば衛がいるときに起きて、どうするべきなのかの指示がほしい。


 紫苑を覚醒していないと承知の上で連れ帰るべきか。


 それとも鬼族と戦わせるべきかを。


 それは今訊ねるようなことではないけれど、反対にすべて動きはじめている今、なるべく早く訊ねておく必要のあることでもある。


 問題は尽きないと海里は思わずといった風情でため息を漏らした。


 このところ癖になっているなと思いながら。





 衛は水樹と逢うまでの時間を市街見物で潰すのだと言っていた。


 そのときはまだ隼人が水樹だという確信もなかったから、深く追求はしなかったのだが、隼人が水樹だとわかった今、すこしだけ不安になる。


 遠夜の、紫苑の問題で対立したふたりだ。


 元親友だったことを思えば、尚更気分は複雑だろう。


 隼人は放課後にやってくる過去の自分に関係した人物というのがだれなのか、余程気になるのか遠夜に何度か問いかけてきていた。


 答えることもできず、その度に曖昧にごまかしたが。


 別に遠夜は過去に起こったことのすべてを教えられたわけではなかったし、また思い出しているわけでもない。


 そのことは保健室にいるあいだに、隼人にも説明しておいた。


 まだ思い出しているわけではないのだと。


 それなのにあんな行動を起こした遠夜の不自然さに隼人も驚いたようだったが。


 記憶はない。


 だが、知識はある。


 そう言ったら隼人は怪訝そうな顔をしていた。


 言葉の意味の違いが理解できないと言いたげな顔だった。


 遠夜にも説明する自信はなくて、結局そのまま現在に至っている。


 記憶はなくても知識があれば、かつて親友同士だったという情報さえあれば、遠夜にも衛と隼人……水樹のあいだに存在する確執に気づくのはたやすい。


 その原因が自分であることにも。


 それを上手く説明する自信は遠夜にはなかった。


 成長期の遠夜の肉体は、まだ健康とは言い難い。


 衛に何度か言われたが、普通に成長したければ、遠夜は1日でも早く故郷に帰還し、衛の保護下にいた方がいいらしい。


 継承者を無事に育てることができるのは皇帝ただひとり。


 遠夜が衛の加護なしに生きられる猶予の時は、もうすぐ終わるのだという。


 だから、一刻も早く帰還する決意を固めてほしいと、衛に言われていた。


 衛や樹それにふたりの従兄弟に当たる翠から受けた説明では、継承者というのはとても育てるのが難しい存在らしい。


 人が受け継ぐには不可能なほどに強い力を受け入れるため、成長期の継承者はとても病弱な状態で生きることを余儀なくされる。


 だから、遠夜も身体が弱かったのだと言われ、意味のないことではなかったのだと驚いた。


 そのせいだろうか。


 すこし咳をしただけで衛をはじめとして、みんなとんでもなく慌てるのである。


 それこそ海里や大地も例外ではなく。


 それまで遠夜が知らないせいで、態度に出せなかったらしい樹までが、それまでの埋め合わせをするためであるかのように、とても遠夜には甘い。


 激甘である。


 おかげで過保護な境遇に甘んじている遠夜だった。


 紫苑って愛されていたんだなあというのが、ここ最近の過保護な日常から、遠夜が感じている感想だった。


 それだけにその紫苑が原因となって、親友関係にヒビの入ったふたりの再会には、自覚も記憶もなくても遠夜も気になるのだが。


 遠夜が帰ると言えば樹も隼人も文句も言わず従うのだろう。


 そのことはなんとなくわかる。


 隼人ももう魔族たちの陣営には戻らないと言っていたし、それは遠夜が帰還するためだとも思えた。


 水樹が故郷を捨てる原因についても説明は受けたが、今の隼人なら孤独にも耐えられる。


 紫苑も自由に逢える年齢に達しているし、彼が受ける精神的負担は少ないはずである。


 少なくとも失踪する決意を固めた頃よりは。


 だから、後は遠夜が決意するだけでいいのだ。


 紫苑として覚醒するときを待ち、継承者としての運命を受け入れ、故郷に帰還する決意をするだけで。


 だが、それもできずにいた。


 わからなくても自覚もなくても、継承者という肩書きの重さに息ができない。


 まだ自分の運命と向き合う勇気はなかった。




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