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星の継承者  作者:


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第十七章 輪廻転生(2)

衛は確信犯で同じ立場でも紫苑は無自覚、無邪気。後内向的。

それは実子と養子の違いかもしれません。

後水樹の存在と。

紫苑にとって水樹は恋愛とは関係なく大事な存在です。

 大地が樹に従って本家に赴いたときに、なにか言ったのだろうか。


 大地はたしかに寡黙で不器用だが、軽んじられるのを許せない気高い一面も持っているから。


 尤もそれで向こうを警戒させるのは得策とは言えない。


 一応警戒はしてくれるから、そう簡単に手は出してこないだろうが、素性がバレていると向こうに打つ手を考える時間を与えることにもなる。


 迂闊な行動に出た大地を後で叱らないといけないようだった。


「こちらとしてはただもう悪意がないことをアピールしたかっただけなんだけれどね」


「出すぎた真似だよ」


「そうらしい。では出直すとするよ。樹の逆鱗に触れないうちにね」


「待てよ」


 退場しようとしたら呼び止められて伊集院静也が振り向いた。


「さっきの話だけどおれは受ける気ないから」


「……どうしても?」


「どうしても。おれは宮城遠夜だよ。他のだれでもない。そっちの思惑なんて知らないね」


「そうか」


「自分たちでやってしまったことは自分たちで決着をつけろよ。他力本願も程々にしろ。

 おれがもし本当に一条遙だったとしても、ましてや紫苑だったとしても、どうしてそんなことに手を貸さなきゃいけない?

 それこそ樹に対する、惺夜に対する裏切りだろ? 起こしてしまった事態に対する責任は、自分たちで取るんだな」


「そうだな。そうかもしれない。あまりに他力本願すぎたな。ただきみが本当に一条遙なら一門に戻ってほしいと言ったのは本心だ。二心はない。それは疑わないでほしい」


「なんで」


「純粋に一門のために。それ以上の意味はない。一門すべての者が一条家に対して野心を持っているわけではないということだ。長老格になると一条家が君臨していた頃を懐かしんでいる者も多いし」


「過去ばかり懐かしんでいても意味はないよ」


「そうかな? 樹のためにもきみが遙なら傍にいてやるべきじゃないのか?」


 軽い言い方でそういって、伊集院静也は退場しようとした。


 遠夜に自分でも想像しなかった現実の重みを教えて


「ちょっと待ってくれ」


「なんだ?」


 振り向いた伊集院静也に遠夜は気になっていたことを問いかけた。


「都さんはどうしてるんだ。一条の血を引く最後のひとりとしてひどい目に遭ってるんじゃないのか?」


「それは……」


「おれは確かに樹を裏切る気はない。でも、自分が背負った宿命から逃れる気もないんだ」


「遠夜君?」


 割り込もうとした海里を制して、遠夜はまっすぐに静也を見た。


「確かにおれは一条遙だ」


「遠夜君っ!!」


「一条隆司のひとり息子。現一条家の当主だ」


「そうか」


「それを知ってあんたはどう出る?」


「どうもしない。もうきみには手を出さないと言っただろう? それは伊集院の義父にも認めさせた。紫苑には手を出さない方がいいと。ただきみが一条遙なら一門に戻ってきてほしいんだ。そうして樹の補佐をしてほしい」


「それは断る」


 短く答えた遠夜に海里はホッとする。


 さっきから意外な行動にばかり出られて戸惑っていたので。


「おれが紫苑だと知られているのならわかるはずだ。紫苑も惺夜も元々この世界の人間じゃなかった。異端の存在を表に担ぎだすことはできない」


「だが、その惺夜と紫苑が我々の始祖であることも揺るぎない事実だ」


「おれがやりたいのはひとつだけだ。都叔母さんを解放したい」


「それは」


「できないとは言わせない。おれは絶対にやり遂げる。紫苑として一条遙として」


「遠夜君」


「近いうちに樹同伴で本宅に戻る。そのときに都叔母さんの解放を要求する。そちらの意識する紫苑として、だ。それを忘れないでくれ」


 それだけを答えると遠夜はもうなにも言おうとしなかった。


 それを確かめて静也は気が重そうに立ち去った。


「海里先生。おれこれから……」


 言いかけた言葉を飲み込んでしまう遠夜に、海里は苦い顔になる。


「学校の外では呼び捨てでお願いします、紫苑さま」


「や・だ」


 区切って返事され、海里はますます困った顔になる。


 遠夜にすべてを教えてから起きている問題だった。


 遠夜は海里を慕ってくれていたらしく、主従関係はいやだと言って退かないのだ。


 おかげで会話が妙になりがちな海里だった。


「あの……わたしは一臣下に過ぎませんので、どうか呼び捨てに願えませんか?」


「やだよ」


 一言で却下である。


 うなだれつつ海里は仕方なく話題を換えた。


「とりあえず帰宅しましょう。陛下がご心配されますから」


「帰宅しましょう?」


 問いかける声は刺だらけ。


 どうやら嫌味らしいと遠夜の顔を見る。


 これは態度を改めないと帰宅してくれないかもしれない。


 そんなことになったら大変だ。


 陛下にも殺されるし、樹にも殺される。


 帰宅して衛に相談するしかないか。


 諦めの気分で慕ってくれる世継ぎの君をみた。


 慕ってくれるのは嬉しいのだが、自分の身分を考えてほしい。


 これが故郷ならみんなに嫉妬で呪い殺されるところである。


 なにしろ世継ぎの君は神秘の代名詞なので。


「とりあえず帰宅しよう? これ以上遅くなったら本当に陛下に殺されてしまうから」


 態度を改めたからか、遠夜が嬉しそうに微笑んだ。


「それより伊集院静也となにがあったんだい? さっきの会話は意味深だったけど」


「聞いたとおりの意味だよ。おれが紫苑じゃないかって言ってきたのと、一条遙だろうって直球で言ってきたのと」


「一門に戻れって?」


「あいつはそう言ってたな。どうしてかは知らないけど」


 気のなさそうな遠夜の返事に、海里は遠夜の心の中に一門はすでにないのだと悟ってホッとした。


 やはりこれから帰還に向けて動き出すのだから、一門に関心を持っているようでは困るので。


 もちろん心優しい遠夜のことだから、残される都のことなど気にしている部分もあるのだろうが。


「でも、なにか無茶なことも言っていたね? どうする気なんだい?」


「無茶なことかな? おれにしてみれば当然の要求なんだけど」


「それはそうだろうけど」


「これから事態がどう動くにせよ、都叔母さんを解放することは必要な行動だよ。樹だって気にしてないわけないと思うんだ。一門に興味はないけど都叔母さんを解放すること。解放した後、一門に手を出せないこと。これだけは譲れないよ」


 遠夜はまだ帰還しなければならないことには気づいていないらしい。


 衛がそのためにきたことも。


「でも、陛下がなんておっしゃるか」


「不安なら義父上もくればいいんだよ。おれも心配をかけるのは本意じゃないし」


「きみって言いだしたら退かないね。意外に頑固だったんだ?」


「このくらいの意志の強さがなくて世継ぎはやってられないんじゃないの?」


 呆れたように振り向く遠夜に海里は笑いだした。


 たしかにそうだ。


 人の意見に耳を傾ける度量と、耳を傾けても流されない意志の強さ。


 それが人の上に立つ者の条件だ。


 やはり世継ぎの君だとそう思った。


「ねえ、海里先生」


 歩き出しながら遠夜に声を投げられて彼を振り向いた。


「おれ、すべてを知ってからどこか変わった?」


「え?」


「疑ってるわけじゃないんだけど、自分だとどこが変わったのかとかさ。どんな影響を受けたのか、もしくは受けなかったのかがわからなくて」


「そうだね。気配がちょっと変わってきたかな? 紫苑さまとして生きていた頃の気配に似てきた気がするよ。あれからすこしは記憶が戻ったかい?」


「特には。前みたいに熟睡するんじゃなくて、色んな夢は見てるけど起きたら忘れてるから。ホントにおれなのかなあ」


 不安を感じているのか、心細げな遠夜に海里は安心させるように微笑んだ。





「ただいま戻りました、惺夜さま」


 家に帰るなり海里がそう言って、リビングで遠夜と海里を出迎えた樹は、どこか憔悴した素振りの彼を振り仰いだ。


「どうかしたのかい? めずらしく憔悴してるけど。いつも近衛らしい態度を崩さないきみにしてはめずらしいことだね」


「はあ。紫苑さまがちょっと」


「海里先生。おれに対して敬語使うんだもんな」


 呆れる主張をしながら入ってきたのは遠夜である。


 その鞄は現在、大地が部屋に置きに行っている。


 樹と一緒にいた衛も翠も呆れたように遠夜を見ていた。


「帰宅しましょうとか紫苑さまとか。別におれ、そんなふうに扱われたいわけじゃないのにさ」


「だが、紫苑。それが海里の役目なんだ。ワガママは程々にしないか。海里が困るだろう?」


「や・だ」


 さっきの海里のように区切って言われ、今度は衛が呆れている。


「さっきからこの調子で帰宅も認めていただけないので、ちょっと困っていました」


「すまないな。聞き分けのない世継ぎで」


 こめかみなど掻いた衛の発言に、海里は気にしないでほしいとかぶりを振った。


 困っているのも本当だが、遠夜がそこまで慕ってくれる気持ちは嬉しかったので。


 ここしばらくの同居に近い生活で、遠夜は海里に兄にも似た感情を覚えてくれている。


 それはだれでも知っていることだった。


 そういう意味では大地も兄が羨ましかったが。


「紫苑さま」


 部屋から戻ってきた大地が、いきなり遠夜の名を呼んだ。


 ここしばらくでそう呼ばれることにも、かなり慣れてきている遠夜だった。


 家にいるあいだは、ほとんどの者がそう呼ぶので。


「なに?」


「あの妙な気配は一体? 鞄から微かに感じだのですが」


 ああ、それならと海里が話し出した。


「伊集院家の御曹司が動きました」


「……なるほど。静也がね」


 うんざりしたように呟く樹に、衛が訊ねる声をあげた。


「だれだ?」


「現世でのぼくの従兄弟ですよ、兄上。紫苑が母方の従兄弟なら、静也は父方の従兄弟なんです。少し前に紫苑を誘拐しようとして……その辺りの事情は海里や大地から聞いていませんか?」


 言われて思い出した。


 そういえばそんなことを言っていた。


 一度に受けた報告が多すぎて忘れていたが。


 水樹の問題が発覚したときの事件のはずだ。


「あのときの……」


「まあ悪気はなかったのだと主張するためだったらしいのですが」


「出すぎた真似だね」


 海里と同じ感想を言う樹に遠夜はちょっと笑った。


 遠夜に関する問題では、皆おんなじ感想になるらしいと感じて。


「ただ紫苑さまがそのときに現世の実の叔母であられる和宮都夫人について伊集院静也に言っていたことがあるのですが」


「都夫人について?」


 樹の呼び方に衛と翠が驚いたように彼を見ている。


 彼らの意識としては樹の母親は亡くなった前皇帝の妃なのである。


 だから、都は仮の母なのだが樹にとっては実母。


 なのに他人行儀な呼び方を聞いて本心から驚いた。


「都夫人の解放を要求すると、伊集院静也に言っていました。その件について一度、惺夜さまと本宅へ戻ると」


「そう」


「ただ静也個人の意見としては一条遙としての紫苑さまに戻っていただきたいようでした。本宅に戻ることで危険が降りかからなければよいのですが」


「本宅に戻ることが危険なら、わたしや翠もついていけばいいだろう」


「皇帝陛下」


「考えられる最強の布陣で臨めばよいだろう。確かに都夫人を解放することは必要なことだ」


「兄上?」


 不思議そうな樹に衛は小さく笑ってみせた。


「それより紫苑、昨夜、作ってくれた夜食の……なんといったかな?」


「もしかしておにぎりのことか?」


 呆れて言えば衛が嬉しそうな笑顔になった。


「そう。それだ。また作ってくれないか? 素朴な味なんだが、どういうわけ美味しくて」


「それは熱々の出来立てだからだと思うけど……」


「そうなのか?」


「おれはよく憶えてないけど、宮廷料理って常識的にすこし冷まされてから出すだろ? あれって勿体ないよな。

 たしかに料理によっては、冷めているほうが美味しい物もあるけどさ。基本的に出来立てのほうが美味しいから。

 身体に触るがそういうときの定説だけど、実際には熱い食べ物って、消化を助けてくれたりして身体にはいいんだよ? まあ何事も程々が大事なんだけどさ」


 自分でも料理をするからか、遠夜の知識はすこし専門的だった。


 境遇的に彼が料理をするのはおかしいのだが。


「要するに今、お腹が空いてるわけだ?」


「簡単に言えばそうだ」


 ふんぞり返って言うことだろうか。


 世継ぎに食事の支度わしろと命じる皇帝……なんだか嘆かわしいような気がする。


「わかった。ちょっと待ってて。すぐになにか作るから」


「わたしもお手伝いいたします。紫苑さま」


 割り込んできた海里を遠夜がギロリと振り向いた。


 ギクッと海里がひきつった顔になる。


 案の定恨めしそうな抗議が届いた。


「いたします? 紫苑さま?」


 強調している擬音が聞こえてきそうなほど恨めしげな声だった。


 非常識だとか、ワガママだとか、言われ慣れてきている衛でさえ唖然として世継ぎを見ている。


 困り果てて立ち尽くす海里に、見かねた衛が助け舟を出した。


「海里」


「はい?」


「礼節はこの際、無視していいから紫苑の望み通りに振る舞ってやるといい」


「しかし」


 分不相応だと訴える海里に笑ってみせた。


「わたしが許す。海里はよけいな雑音に煩わされることはない」


「……大変な栄誉をありがとうございます、皇帝陛下」


 深々と頭を下げる海里に衛は満足そうだった。


「じゃあ、今日はなんにする、遠夜君?」


「うん。そうだなあ」


 話し合いながら遠ざかっていくふたりを、大地が複雑な顔で見送った。


 紫苑の名で呼ばなかったのは、おそらくその名前だと条件反射的に敬語になるからだろう。


 皇帝が何故許したのか、大地にはわかるような気がしていた。


 おそらく故郷に戻ってからも、海里の待遇は変わらないはずだ。


 海里は皇帝に認められている。


 そう考えるとちょっと落ち込みそうだった。


 残されたのは近い血縁の3人である。


 兄弟と従兄弟。


 翠が最年長者で惺夜が末っ子という感じだろうか。


 扱いの難しいクールな翠も、自分の後継者たる惺夜にだけは甘かったと聞く。


 のんびりとした穏やかな時間、ふと兄を振り向いて樹が笑った。


「お妃を迎えられたそうですね、兄上」


「海里から聞いたのか? せっかく驚かせようと思っていたのに」


「十分驚きましたよ。どんな方ですか?」


「優しい妃だよ。出逢いから話して聞かせようか?」


「嬉しいです。兄上の近況はとても気になっていましたから」


 嬉しそうに衛が語ってくれたのは、こんな内容だった。


「出逢いは街中だった。花束を買っている少女がいたんだ。普通の庶民の格好もをしていたが、貴族の姫だとすぐにわかった」


「お忍び癖は直っていないようですね。兄上」


「一言多いぞ、惺夜」


 苦い表情になる衛に樹は笑ってみせた。


 なんだか時が昔に戻っていって、故郷でふたりで話しているような、そんな気になっていた。


「そのときには大した会話はなかった。ただぶつかったときに花束を落とした彼女に謝って、そのときにわたしがしていたブレスレットに、彼女が興味を持ったんだ。

 それで花束を駄目にしたお詫びも兼ねて、同じ物を用意して逢いに行ったんだ。もちろん身分は伏せていた。彼女も皇帝の顔は知らないようだった」


 衛の話は要約するということだった。


 二度目に逢ったときにふたりはすこしずつ惹かれはじめていることに気付いたらしい。


 だが、彼女にはすでに将来を誓った恋人がいて、婚礼の日も近づいていた。


 衛に対する好意は忘れて恋人と添い遂げようとした彼女だが、衛が我慢できなかったのである。


 数々の翠の妨害にもめげず、やっと見つけた理想の少女なのだ。


 諦めることなんてできなかった。


 だから、婚礼の儀に乱入して彼女を連れ去った。


 それが発端となり彼女も衛の気持ちを受け入れて自分の気持ちに素直になることに決めた。


 つまりふたりは恋愛によって結ばれたのである。


 後に皇帝の妃となった少女が、衛が皇帝だと知ったのは、呆れることに求婚された当日だった。


 それまでふたりの仲を反対していた彼女の両親などは、すっかり毒気を抜かれてしまい、皇帝に対する無礼を心から謝罪した。


 衛は衛で身分を伏せていたことで、彼女には拗ねられたようなのだが。


 皇帝の妃となった少女の名を睡蓮といった。


 普通の貴族の娘である。


 玉の輿に乗った姫君であるが、衛とは恋愛で結ばれたのだ。


 ふたりの仲の睦まじさは有名だった。


 そんなふたりが子供を得たのは、婚儀を終えて1年ほどが過ぎてからだった。


 それが第二皇子、桔梗と第一皇女、胡蝶である。


「兄上がそんなに運命的な恋愛をするとは思いませんでしたよ。意外でした。とても」


「わたしもだよ。長いあいだ令嬢たちとは近づくこともできなかったんだ。これほど心惹かれる令嬢に巡り会えるとは思ったこともなかった。

 それに事有るごとに翠が邪魔していたからな。今でも夢のようだと思っているよ。睡蓮との出逢いがなければ、わたしは今もひとりだっただろう。彼女には救われたと思っているよ」


「よく翠が認めましたね。邪魔をしようとはしなかったのですか?」


「今度邪魔をしたら絶交してやると言ったら大人しくなった」


「それが皇帝とその片腕の会話ですか、兄上?」


 些か呆れる会話に樹が頭を抱えると衛は笑った。


 可笑しくて仕方ないといったふうに。


「翠にはそれが一番効くんだ。効果的な方法を選ぶことも大事だぞ、惺夜?」


「それもそうですね。効果的な方法か」


「惺夜。なんだか不安だからクギを刺しておくが、紫苑を独占しようとしてワガママを言ったりするんじゃないぞ? 紫苑にはわたしの二の舞はさせたくないのだから」


「さあ? どうでしょう?」


 惚ける樹にこれは危ないと衛が苦い表情になった。


 本当に守護者は独占欲が強い。


 困ったものだ。


 話の種にされている当代の守護者、翠は照れくさそうな顔をしている。


 基本的に衛が言っているとおりなのだが、翠は実は衛が睡蓮を婚礼の席から奪うその日まで詳しいことを知らされていなかった。


 その後に知らされて、今度したら絶対に許さないと衛に脅されて、それがただの脅しではないとわかるから、うやむやに流されたというか、そういう状況だった。


 まあ今はこれで正解かな? とも思っていたが。


 色々あったから衛は普段、すこし落ち込みがちで笑顔がない時期があった。


 一番ひどかったのは紫苑と惺夜を失った後だ。


 あのときはどうすることもできなくて胸が痛かった。


 その痛手から抜け出して、ぬくもりを得られるならと、衛の真剣さに打たれて決意したのである。


 翠にしてみればかなりの譲歩だった。


「よく認めましたね、翠? ぼくはなにがあっても翠は認めないと思っていたのに」


「わたしだって鬼ではないのだぞ、惺夜? 本当に衛のためにならないことはしないさ」


「ほ・ん・と・う・だ・な・?」


 さっきの遠夜みたいに区切って指摘する衛に、翠はこめかみなど掻いている。


「兄上。そこまで怒らなくても」


「惺夜は翠と同じ守護者だから、束縛される継承者の辛さがわからないんだっ!!」


 断言する衛にこれはだいぶ恨みが溜まっていたんだなと、今度は樹がこめかみを掻いた。


 自分も言われないように気をつけよう。


「まったく。すこしぐらいの自由を与えてくれてもいいだろう? 久しぶりに逢った世継ぎと遊興に出るのもままならないとは情けない」


「ですが衛、紫苑の記憶も戻りはじめていて気配も変わってきています。鬼女王が動きだしている以上、迂闊に外には出せませんよ。あなたとふたりきりのときに、なにかが起こったらどうするんですか?」


 正論で論す翠に衛が恨めしそうな顔をしている。


 どうやらまだ諦めていないらしい。


「護衛付きなら構わないな?」


「衛」


「大地」


 突然、振り向いた皇帝に名を呼ばれ、大地がすこし焦って返事を返した。


「はい?」


「明日はわたしを案内してくれ。護衛も兼ねて」


「は……」


 答えようがなくて口を噤んでしまう大地に、樹は気の毒そうな眼を向けている。


 これではいい迷惑である。


「エッグサンドにカツサンド。ハムサンドにツナサンド。色々あるよぉ」


 呑気に言いながら現れた遠夜に、大地はほっと安堵した。


 すこし話題が逸れそうだと。


 尤も衛はそれほど甘くはないが。


 テーブルに並べられたたくさんのサンドイッチを前にして、衛と翠が驚いた顔をしている。


 故郷は基本的に洋食系だが、サンドイッチはなかった。


 物珍しそうなふたりに樹が注釈した。


「こちらでの手軽な食事のひとつですよ。主な食材は紫苑の説明によると食パンらしいですね」


「しょくぱん? それはどんなパンだ?」


 すでにエッグサンドを持ち上げて食べている衛に、樹が笑いながら指摘した。


「今、食べていらっしゃるじゃないですか、兄上」


「ふむ。この白かったり、白黒だったりするパンのことか。なるほど」


 衛の言う白黒のパンとはクルミパンである。

 茶色いパンは黒糖パンだ。


 遠夜は凝り性なのか、些細な料理でも趣向を凝らす方だった。


「すこし辛いな」


 今度口を挟んだのはカツサンドを食べている翠だった。


「辛子使ってるから。苦手な人いた?」


「パンに辛子を使うのか。不思議な世界だ」


 頻りに感心しているふたりに、遠夜たちは顔を見合わせて笑い合った。


「それより海里」


 モグモグと食べながら話す衛に「行儀が悪い」と、鋭い翠の突っ込みが入った。


 尤も。


 確信犯を好んでやる衛のことである。


 一向に堪えていなかったが。


「なんでしょうか?」


 大地とふたり窓際に下がっていた海里が、不思議そうに皇帝に問い返す。


 大地はさっきの話題は無に帰したと思っていたので、この後の科白には仰天しそうになっていた。


「明日、わたしは大地の護衛で街の見学に行くから、紫苑と海里が出掛けるときに一緒に行くぞ」


「「え……」」


 さすがに双生児の兄弟。息が合っている。


「くるまとやらを用意しておいてくれ、惺夜」


「兄上」


 呆れた声をあげる弟に、兄は澄ました顔をしている。


「わかったな?」


 拒絶は許さない物言いである。


 早々と説得は諦めて樹が黙って頷いた。


 遠夜には甘い衛の意外な一面を見て、彼が眼を丸くしている。


 それからふと気づいたと言いたげに樹が兄に声を投げた。


「そういえば兄上が故郷を出ることで、お妃となられた義姉上は反対されなかったのですか? 今頃おひとりで寂しい想いをされていらっしゃるのでは?」


「睡蓮にはきちんと説明してきた。できれば紫苑と惺夜を連れて戻ってきてほしいと懇願されたが。

 どうも早く逢ってみたいようだ。自分が妃になる前に故郷を出ているから、家族になったといっても、まだ逢っていないからな」


 本当に優しい女性らしいと樹は嬉しそうな笑顔になった。


 なかなか伴侶に恵まれなかった兄に、そんな妃が現れたことが、弟として素直に嬉しかった。


 兄の幸せそうな顔を見て。


「桔梗や胡蝶も紫苑に逢いたがっていたぞ?」


 美味しそうにハムサンドを食べながら、衛にそう言われ遠夜は困ったような顔になった。


 まだ現実についていけないときがある。


「それにしても美味しいな。また食べたいぞ」


 どこまでも我が道をゆく皇帝に、すべての者がこっそりため息を漏らした。




 どうでしたか?


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