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星の継承者  作者:


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第十五章 皇帝、来訪す(4)




 衛と翠を迎えに行っていた大地と合流すると、樹は衛と翠も一緒にマンションに引き上げてきて、遠夜をベッドに横たえると複雑なため息をついた。


 今リビングには衛と翠がいる。


 なにをしにきたのかは、まだ聞いていない。


 気絶した遠夜のことを詳しく訊ねるようなこともなかった。


 おそらく海里から大体の情報は聞いているのだ。


 だから、現状に対する疑問はあっても樹や遠夜に対する疑問はない。


 そういうことだろう。


 どれほどの時間、衛はひとりで耐えていたのだろう。


 惺夜は過去で衛には謝りきれないほどの罪を犯している。


 そのときがきたら連絡しろと言われていたのに連絡はせず、その結果紫苑は死んでしまった。


 あんな結果になるとわかっていたら、自分の気持ちなんてどうでもいいから、故郷に戻って諦めるしかなくて苦しんでもいいから連絡したのだ。


 故郷は惺夜が憶えているかぎりでは、そういう問題にうるさい。


 同性同士は認められていないし、たしか離婚も認められていないはずだ。


 だから、衛は言ったのだ。


 そのときがきたら連絡しろ、と。


 それなのに自分はその思いやりを無にした。


 海里と大地を送り込んでいるということは、衛はそのことには気付いているだろう。


 惺夜が1番大事な問題で自分に逆らったことには。


 どんな顔で兄に逢えばいいのか迷う。


 兄がくると聞いたときには、ただ嬉しかっただけなのだが、今になってみれば対処に困った。


 責められると言い訳もできなかったので。


 兄の心を気遣うこともしなかったことが悔やまれる。


 後悔はなんの役にも立たないのに。





「惺夜? なにをしているんだ?」


 扉を開く音と心配そうな声は同時だった。


 振り向けば、やはり衛が気づかうような眼をして樹を見ている。


「別になにも。ただ彼のことが心配だったので」


 俯きかげんに微笑む樹の視線は、さりげなく衛から外されて、ベッドの上の少年に注がれる。


 その視線を追って衛も不安に瞳を陰らせた。


「どうして倒れたんだ?」


 気掛かりそうな声に、わざと樹は答えなかった。


 隣に並んだ衛が、不安そうな眼差しを向けてくるのを感じても、敢えて無視して。


「遠夜?」


「……っ!!」


 悲鳴のように漏れる声。途切れがちな呼吸。


 苦しげに何度も身をよじる遠夜に、樹が慌てて身を屈めた。


「あ……ああっ!!」


 うなされて激しくかぶりを振る遠夜に、樹は一度舌打ちし、


「遠夜っ!! 目を覚ますんだっ!! 遠夜っ!!」


 激しく肩を揺さぶっても遠夜は目覚めない。


 ますます激しく苦しむのを見かねて、衛もベッドの上を覗き込む。


「ああああああああーっ!!」


 一際高い悲鳴を上げて、遠夜の腕が樹の背中に回された。


 脅えて救いを求める者がしがみつくように、必死になって抱きつく義弟を抱きしめて、樹は何度も何度もその髪を撫でた。


 悲鳴を聞きつけて翠が姿を見せたのは、そのときだった。


「落ちついて。落ちついて……柴苑……」


 ささやかれた名に、ふたりが反応を見せたことは、樹にも伝わった。


 それでも今は腕の中の少年を安心させてやりたかった。


「夢だよ。ただの夢だよ。だから、落ち着いて。ぼくはここにいる。ただの悪い夢だよ、紫苑。きみが怖がることはなにもない。ぼくがこうして抱き締めているから、だから、泣かないで」


 囁きは海よりも優しくて広くて。


 怯えきった心に染み透っていく小波にも似ている。


 痛むほどの力で抱いていた遠夜の腕から、ふっと力が抜ける。


 それでもまだ怯えて震える彼を樹は、無言で抱き締めて背中を叩いた。


 愛しげに髪を撫でる。


 やがて身体の震えが止まる頃、ポツリと声がした。


「……夢?」


「夢だよ。だってほら。ぼくがきみを抱いてるよ。怖い夢を見たんだよね、きみは」


「……夢」


「そうだよ。目を開けてみればぼくが見えるよ。なにも怖くないってわかるよ」


 何度も何度も暗示をかけるように繰り返して、ようやく信じる気になったのか、遠夜がおずおずと瞳を開いた。


 そこに微笑む樹の姿を見て、ほうっと細い息を吐いた。


「……惺夜」


 囁いて胸にしがみつく遠夜に樹は気遣うように瞳を細める。


 おそらく意識が混濁しているのだろう。


 思い出しているわけではない。


 紫苑の意識が浮上していると見るべきだろうか。


 それほど水樹に固執しているのか。


 苦い気持ちを捨てられない。


 リビングに移動しお茶の準備をしていた海里も、突然の悲鳴に驚いて顔を出していた。


「遠夜君」


 海里にも遠夜の混乱と衝撃の理由はわかっている。


 いや。


 ふたりを繋ぐ絆の名を知る海里の方が、より詳しく理解していると言えるかもしれない。


 それだけに痛々しかった。


 夢現に泣き叫ぶ遠夜の姿が。


 どれほど実の兄を慕っていたのかがよくわかる。


「相変わらず衝撃に弱いね、きみは。すこしは丈夫になったかなって安心していたのに」


「……ちょっと驚いただけだよ」


 綾乃に逢うなんて思っていなかった場面で、いきなり義姉の姿を見て、心臓が止まるほどの衝撃を受けた。


 建前がどうであれ、水樹を殺した事実に、思った以上に罪の意識を抱いていたのだ。


 平気なフリをして強がっていただけだと、あのときを思い知らされた。


 記憶が混乱しているから、自覚できることかもしれないけど。


「忘れてしまえばいいのに。そんなに辛い記憶なら無理に思い出すことはないよ。もう苦しまないでほしいよ、紫苑」


 夢現に聞くその言葉。


 答えられずに眼を伏せた。


「彼女に討たれることなんて、ぼくは認めないよ、紫苑」


「そこまでバカじゃないって。おれも」


「綾乃の姿を見ただけで気絶したくせに。信じると思ってる? そんな言葉を。きみはきっと彼女を前にしたら、無抵抗で討たれるよ」


「そんなことしないってばっ」


 泣き出しそうな顔で叩きつける言葉に、なんの意味もないことは遠夜が一番よく知っていた。


 遠夜には彼女に攻撃を仕掛けることはできないと。


「綾乃はおれを殺したいのかな」


 囁いてもう一度、遠夜は意識を手離した。


 ぐったりと体重を預けた遠夜を、樹はため息をつきながらベッドに横たえた。


「どういうことか説明してくれるな、惺夜?」


 すこし硬い声は紫苑を溺愛する衛のものだった。


 振り返らなくてもわかる。


 衛が厳しい表情で樹を見ていることは。


 先代守護者の眼差しも、衛のそれに劣らぬほど厳しい。


「部屋を移りましょう。紫苑はしばらく目を覚まさないでしょうから。今は静かに眠らせてあげたいんです」


 振り向いた樹の惺夜としての言葉に、衛は気遣うような眼差しをベッドの上の世継ぎの君へ向けた。


 その表情が変化して父親の慈愛に満ちたものに変わるのを樹は無言で見守った。


 ベッドに腰掛けた衛が、何度も遠夜の髪を撫でる。


「だから……手離したくないなかったのに、紫苑……」


 ほんのすこし傷付いた声音に、樹は見ていられなくなって顔を背けた。





 テーブルの上に手付かずのお茶。


 グラスの中の氷だけが溶ける。


 向かい合って久しぶりに会話を交わした樹(この場合、惺夜と呼ぶべきか?)と衛は、無言でお互いを見ていた。


 必要な説明のほとんどを終えたところだった。


 昔この地球上で起きた戦のこと。


 そのときに紫苑が体験した苦しみ。


 綾乃との確執など。


 ただ樹がどうしても口に出せなかった事実もあった。


 綾乃との確執の原因である水樹の名前だけは出すつもりになれなかったのである。


 理由なんてわからない。


 ただ衛に水樹の名を出すのは抵抗があったのだ。


 紫や蓮のことも魔将や幻将という呼び名称を使ったし、個人名を出したのは綾乃ひとりだった。


 そうすることで水樹の名を出さずに説明できるように話を運んだのだ。


 説明を受けて衛はしばらく無言だった。


 無表情に近いその顔からは、なにを考えているのかは読み取れない。


 紫苑らしいと思っているのか、それとも過去の決断を悔やんでいるのかは。


「本当に色々あったらしいな。惺夜もひとりで辛かっただろう?」


 兄として気遣ってくれる衛に、樹は苦笑してかぶりを振った。


 辛くなかったといえば嘘になるが、だからといって後悔したくはなかった。


 紫苑を守ることは惺夜の役目で、自分はそれを誇りにしていたから。


 自分自身を恥じたくない。


 だから、辛いとは言わない。


 そんな樹の覚悟を読んだのか、衛もそれ以上、同情的な発言はしなかった。


 本当のことをいうなら衛は、その辺の事情はすべて事前に海里から報告されている。


 ずっと伏せられていた水樹との確執も、それが招いた悲劇も今の衛はすべて知っている。


 だから、樹が名前を伏せて報告しても、衛にはすべてが理解できていた。


 魔将とは紫を指し、幻将とは蓮を指すのだと。


 そしてそのふたりが今、紫苑の身近にいて宗旨がえしたことや、そして水樹との確執故に綾乃と敵対していること。


 そして無抵抗だったこと。


 すべて知っているのだ。


 それらをどう惺夜に打ち明けるべきかで衛は悩んでいた。


 生前から惺夜は水樹のことをよく思っていなかった。


 これは全く翠と同じ動機からである。


 翠も衛が水樹に肩入れするからよく嫉妬していたし。


 やれやれと言いたげに肩を竦めたときに、海里がお茶を運んできた。


 慣れない香りについそちらを向いてしまう。


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