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星の継承者  作者:


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第十五章 皇帝、来訪す(2)

 そろそろ助け船を出そうかと海里が動き出した。


「なにか手伝えることあるかな、遠夜君? ぼくでよければ樹さんの代わりに手伝うけど?」


「うん」


 言いかけて冷蔵庫を漁っていた遠夜が、困ったような声をあげた。


「参ったなあ。玉子きらしてる」


「なかったら困るの?」


「今日はオムレツだからな。玉子がなかったら話にならない」


 それはそうだ。


 玉子のないオムレツなんて、玉子の入っていない茶碗蒸しよりひどい。


「仕方ないな。おれちょっと買い足しに行ってくるよ」


「ぼくが買いに行ってもいいよ?」


 海里の申し出に遠夜は軽くかぶりを振った。


「なにか軽い物も買いたいし、自分で行くよ。それとも海里先生もくる?」


「そうだね。じゃあ護衛も兼ねて一緒に行こうか?」


 ふたりのあいだで話が纏まってしまい、ひとり蚊帳の外の樹が慌てて割って入った。


「じゃあぼくも行くよ。ついでになにか買ってあげようか、遠夜? 日頃の感謝を込めて」


「へえ。ほんとに?」


 揶揄うように顔を覗き込めば、樹はにっこり笑ってうなずいた。


 ここで断ると余計に気にすると見抜いた遠夜は、わざと嬉しそうな声を出した。


「だったら服でも買ってもらおうかな。後靴も欲しいし、新しいパソコンも欲しい」


「それだけ?」


 それだけ? とは信じられない兄バカである。


 和宮の当主なら、これだけでも安い買い物なのは確かだが、普通は気楽にねだれる金額ではない。


「今のところはそれくらいかな。日頃から甘い兄貴がいるから、ほとんど欲しい物持ってるし」


 ニヤニヤ笑う遠夜に、樹は困ったように沈黙する。


 金銭感覚が普通ではなく義弟に甘い樹は、遠夜が欲しがる物なら、なんでも当日の内に与えている。


 おかげでねだって買ってもらえなかった商品などなく、遠夜は自分の小遣いを使う必要すらない。


 一条の遺産を別口に考えるとしても、毎月、樹からもらう小遣いが、手つかずで残っているというのは、考えてみれば凄いかもしれない。


 小遣いといっても、この場合、銀行に直接振り込まれているので、手元にはなかったが。


 今のところ貯金は増える一方で、同居を始めてから作った口座だが、一度も引き出したことがないという有り様だ。


 樹の溺愛ぶりはただ事ではなかった。


「ほんと。子供を甘やかしてるとろくな奴に育たないんだぞ。2歳しか違わないくせに、こーんなに甘やかしてどうするんだよ?」


 甘やかされた当人が言うべき言葉ではないが、正論は正論である。


 樹はなにか言いたそうな顔をしたが、分が悪いと思ったのか、不機嫌そうに黙り込んだ。


 クスッと笑って遠夜は話題を換えた。


 拗ねている樹のために。


「じゃあ、みんなで行こう? 大地さんが戻ってくるまでに、準備くらいは終えたいしさ」


 そう言って早く、早くと急かす遠夜に、樹と海里は顔を見合わせて、可笑しそうに笑いあった。





 夜の街は紫の支配下。


 長い髪を靡かせて歩く。


 それだけで闇を従える冴えた美貌。


 闇の中で映えるその容貌は生粋の吸血鬼ならではのものだ。


 遥かなる昔。


 魔物の崇拝を集めてやまなかった魔将、紫。


 それは紫の実力もさることながら、だれもが欲してやまない彼の美貌のせいでもあった。


 冴えた美貌に相応しく、どんなものにも心を動かされない冷酷さ。


 見る者を虜にしてしまう危険な誘惑の瞳。


 闇を具現したような魔将の存在は、力がすべての世界では、まさに理想だったのである。


 魔将と幻将が住む街に樹と遠夜の姿が現れて、そろそろ半年になる。


 正確にはふたりがこの街に居を構えるようになったのは、もう2年以上前のことなのだが、紫と蓮がふたりの存在を知ったのが半年前なのだ。


 偶然か、それとも運命の悪戯か。


 かつて闘った者同士が、出逢い、ふたたび触れ合っている。


 不思議な現実である。


 かつては生命のやり取りをした仲だというのに。


 中核に位置した魔将と幻将。


 しかも紫苑に多大な影響を受けた彼らだ。


 惺夜の転生たる樹と知り合っても、敵対する位置に立たないことは、すでに明白だった。


 樹と遠夜が出逢い、かつての絆を取り戻しはじめたとき、運命は急速に動き出したようだった。


 魔将と幻将との再会、遠夜の正体の露見。


 途切れていた継承者と守護者の宿命、その絆。


 絡まりはじめた糸は、立ち切られていた運命の糸を繋ぐ。


 過去を清算するため?


 それとも途切れていた運命を、再び現実のものとするため?


 どちらにしろ、運命はすでに回りはじめている。


 完全に陽が落ちて街に夜の帳が降りる。


 その中を紫は泳ぐように歩いていた。


 郡を抜いたその美貌はやはり見事で、通りすがりの者から、絶え間なく声がかかる。


 それは男性であったり、その時々で変化する。


 だれもかれもが紫の気を引こうと口説き文句を口にする。


 その駆け引きもまた夜の華だ。


 紫は夜の中にあってこそ咲き誇る闇の薔薇。


 昼間の紫からは想像もつかない姿だった。


 そこに全生徒の思慕を集める、紫会長の面影はない。


 妖艶な微笑で人々を惑わす。


 まさにヴァンパイア。


 誘惑の魔物だった。


 いつもなら流れはひとつ。


 自分にだけ向かうはずの人々の関心が、違う人物に向けられていることを、紫は敏感に感じ取った。


 さりげなく視線を投げれば、二人連れの青年の姿が目に入る。


 探すまでもなく、人目を惹く容姿のふたりだった。


 特に眼を惹くのは線の細い細身の青年である。


 初めてみるはずだが、どこか見覚えがあって首を傾げた。


 それもそのはずで彼は惺夜の実兄なのだ。


 当事者たちはあまり意識していないが、やはり面影はよく似ている。


 その事実に気がついているのは水樹ひとりなのだが。


 まあ彼の正体がなんであれ、それは今のところ、紫の関知しない世界のお話である。


 ただここで既視感を感じている程度には、紫もあの頃のことを忘れていないようだった。


 たしかに強烈な記憶ばかりで、忘れるほうが難しかしい。


 しかし現実に憶えているには難しいほど遠い時代の話なのに、紫は惺夜の容貌を憶えている。


 それは不思議な話には違いなかった。


 普通ならとっくに忘却の彼方にいっているはずの時代の話なので。


 鮮明に憶えているのは紫苑の笑顔。


 それだけは滅びるその日まで抱いていくだろうと思っていた。


 どこか日本人離れした美貌を持っていて、髪も闇に溶けてしまいそうな色合い。


 ここしばらくお目にかかったことがないほど完璧な美貌の持ち主である。


 人々が注目するのも無理はない。


 人々の視線にも臆することなく、両腕を組んで立っていて、一見すると威張っているようにも見える。


 とても下手に出るタイプには見えない。


 年齢は23、4といったところだろうか。


 どちらにしても20代後半には見えない。


 20歳を越えたばかりといった外見である。


 線の細い華奢な身体付きをしているのだが、とにかく目立つ。


 腕っぷしに自信のあるタイプには見えないが、だからといって弱そうにも見えない。


 自信に溢れた強い瞳。


 勝ち気な瞳が映えるずば抜けた美貌。


 人々の視線が自然に集まるのも無理はないと、紫ですら感嘆する思いだ。


 また雑誌でも見ている錯覚を起こす相棒が傍にいるのだ。


 青年の繊細な外見と対をなすような、凛々しい美貌を持つ長身の。


 同じくらいの美形だが、受ける印象が正反対のせいか、ふたりでいると更に人目を惹く。


 立っているだけで目立つのだ。


 見に纏う空気までがしっくり重なる雰囲気。


 光と影のように正反対でありながら限りなく一対に近い。


 まるで遠い昔の紫苑と惺夜のようだと、ふと脳裏を掠めた。


「あなたの獲物にしては、すこし年齢が合わないわよ、紫」


 艶やかな声にゆっくり振り向いた紫は、背後に懐かしい女性の姿を見た。


 豊かな黒髪は時代に合わせて、ウェーブがかかり背中に流されている。


 唇に引いた赤いルージュ。


 女を意識させる妖艶な肉体の持ち主。白い肌に妖艶な魅力を持つ、美しい女性だった。


 細いウエストに豊かな胸元を強調させる黒いワンピース姿。


 チャイナドレスの型を入れているのか、スタイルの良い彼女にはよく映えた。


 年齢は20歳から28くらいまでに見える。


 年齢を特定しにくい容貌の持ち主だった。


 紫はこの女性をよく知っている。


 実際に逢うのは、かなり久しぶりだったが。


「心外だね。きみにそんなふうに見られていようとは思わなかったよ。わたしは年齢など意識しないよ、綾乃」


「そう? 未成年にしか興味を示さないショタコンのくせに」


「きみね……」


 幾歳ぶりか、そんな判断もできない旧友との再会なのだが、相変わらず辛辣である。


 ただ鬼女王の妖艶な唇から、「ショタコン」という言葉が飛び出そうとは、ついぞ想像もしなかった。


 これもまた時代の流れなのだろうか。


「元気そうだね。ホッとしたよ」


 肩から力を抜いて、本当に安心したようにそう言われ、綾乃はすこし意外そうな顔をした。


「……本当に牙が抜けてしまったの? まさかあなたの口から、そんな優しい言葉が聞けるとは思いもしなかったわ、紫」


「時の流れは人を変える。わたしたちも例外ではないということだろうね。わたしももう昔のわたしではないからね」


 穏やかな中にも揺るがない意思の毅さを見せつける紫に、綾乃は彼の言いたいことを悟った。


 戦線を退いたときとも、また意味の違う宣言。


 紫はもう本当に魔将ではないのだ。


「あなたがどう生きようとあなたの自由だわ。けれど、わたしの邪魔はさせない」


「綾乃」


 鋭いナイフで断ち切られたような、そんな宣告だった。


 眉をひそめた紫に綾乃は妖艶な微笑みを浮かべ、紫の腕に己のそれを絡めた。


 いきなり身体ごとしなだれかかってくる綾乃に、紫が目を丸くする。


「立ち話もなんだわ。ホテルに行きましょう」


「……冷たい誘いかな?」


 ため息まじりの確認に綾乃はクスリと笑う。


「なんなら一晩お相手してもよくてよ、紫。あなたなら不足はないわ」


「謹んで辞退させていただくよ。そんなことをしてきみの部下に嫉妬されるのもバカらしいからね。だいたいわたしはきみの好みのタイプではないだろう?」


 水樹と紫は穏やかな語り口そのものは似ていたが、根本的なものが違っていた。


 正反対と言ってもいい。


 綾乃にしてみれば紫のようなタイプは逆に気に食わないはずだった。


「そうね。以前のあなたははっきり言えばきらいだったわ」


「だろうね」


「でも、今のあなたが本当に昔とは違うというのなら、そんな拘りは忘れるわ。あなたはもう魔将には戻らないのでしょう。その立場を捨てて考えるのなら、あなたは夜のお相手には最適よ」


 あからさまなお言葉に、さすがの紫も口をへの字に曲げた。


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