第十四章 痛みの記憶(3)
「そのときに惺夜さまはこうおっしゃいました。自分には生まれたときから惺夜さまとしての記憶があった、と」
『それならとっくに覚醒していてもおかしくないのではないか? 生まれてから17年は経っているのだろう? 皇族にとって17年はそれほど長い年月ではないが、そちらでは違うだろうし』
「ですから問題だと申し上げたのです。17年かかっても惺夜さまは覚醒されていらっしゃいません。おそらく紫苑さま同様になにか覚醒の障害になるような過去を背負っていらっしゃるものと思われます」
『紫苑と同様に? それは紫苑が記憶を取り戻さない理由を、海里は知っているということか?』
この問いかけには海里は曖昧に笑った。
「知っているというより推測していると言った方が正しいですが。おそらく前世で実の兄を手にかけられたことが、紫苑さまの覚醒の障害になっているのではないかと」
この言葉は衛には意外なものだった。
過去の真実を知らされるまでは、原因は自分にあるのではないかと思っていたのだ。
その自責の念からは解放されたが違う後悔を覚えた。
そうさせたのも結局は自分なのだと思えて。
紫苑を引き取らなかったら、ふたりを引き離さなかったら、すべて起きなかったことだからだ。
紫苑が実の兄を殺すなんて事態も起きなかったはずである。
そう思うとやりきれない気分になった。
どこまでいってもすべての元凶は衛なのだ。
この場に翠がいないことだけが救いだった。
こんな衛を追い詰める現実を知ったら、水樹に対してまた敵意を抱くだろうから。
傍からいなくなっても、水樹を捜すことを諦めない衛に、翠はかなり嫉妬しているようなのだ。
同性だから恋愛感情などは入っていないが、その分、同性に対する嫉妬は強いようだった。
つまり同性の中では自分が1番親しく思われていないということだ。
衛が自分より水樹を優先することが我慢できないのだろう。
翠はそういう困ったところのある守護者なのだ。
『しかしそうなるとすでにそちらでは、3人とも揃っているということになるのだな?』
「そうなりますね。自覚があるのは惺夜さまおひとりで、水樹さまはまだ戸惑われておられるようですが。紫苑さまの記憶が戻る切っ掛けがなにかないものかと、最近は思案中です。
おふたりが覚醒されても、紫苑さまだけが覚醒されないという事態だけは、避けなければなりませんから。すべての中心は紫苑さまなのですし」
『そうか。ではその起爆剤にわたしを使ってみたらどうだろう?』
「皇帝陛下っ!?」
「一体なにをお考えになってっ!!」
思わず声の裏返ってしまう海里と大地だった。
『そちらとこちらでは時間の流れが違う。短いあいだなら翠に任せることでなんとかなるはずだ。3人の過去と深い関わりを持つわたしが混じることで、きっとなにか変化が起きる。どうだ? 試してみる価値はあるだろう?』
「それはそうかもしれませんが、皇帝陛下が故郷を離れられるなど、そんな前代未聞のことを」
『元々わたしは例外続きの皇帝だ。もうひとつくらい罪状が増えたって大したことではないだろう?』
これは止めて無駄だと悟った海里が大きく肩を落とした。
「わかりました。もうお止めしません。その代わり来訪なさるときは、きちんとご連絡ください。わたしが動けないときでも、必ず大地にお迎えに上がらせますので」
『わかった。では準備ができ次第連絡するよ。では』
短い挨拶と共に衛の姿が水鏡から消えた。
これからの重責を思って、顔を見合わせたふたりは、思わず大きなため息をついていた。
「葉月っ!!」
叫んでベッドから飛び起きた。
息が荒い。
今自分は誤解だと叫ぼうとしたのだ。
裏切ったわけじゃない。
そう言いたかった。
夢と現の境目がわからない。
どうしてこんな夢を見るのかも。
だが、毎晩見る夢はその度に時が移っているが、それが却って夢の中の隼人の存在の意味を教えてくれる形になっていた。
そして自分も彼のことを大事な友達だと思っていた。
身分違いを乗り越えて。
そうして葉月が生まれた。
後の運命のすべてを決する誕生だった。
次代の皇帝。
星の継承者。
継承者を守護するべく運命で結ばれた守護者の存在。
そのふたりによって統括される世界。
それが夢の中の隼人の故郷だった。
「これがすべて現実? ではここにいるぼくはだれなんだ? どうして生まれた? どうしてここにいる。この世界に葉月はいないのに」
夢を見る回数が増えるほど、紫苑に対する思慕が募る。
どうすることもできない哀惜の感情。
紫苑がいない。
葉月がいない。
その現実に隼人の意識までが支配されていく。
そうして気づくと彼の背中を目で追っているのだ。
葉月によく似た彼の背中を。
「遠夜。きみに逢いたい。きみだけが葉月を感じさせる。葉月を思い出させる。こんな状態でぼくはいつまで正気を保っていられるんだ? それとも今の状態の方が異常なのか? 夢の中のぼくの方が正しいのか? わからない。わからないんだ!! 遠夜!!」
彼の名前を呼ぶことだけが、現実に止まろうとする隼人の抵抗だった。
「おはよう。遠夜君、樹さん」
さりげない態度でダイニングにやってきたのは海里と大地だった。
遠夜の姿があるときは対等に振る舞うという条件が成立している。
だから、樹のことも普通に扱うのだ。
そのことについて樹も納得しているので、別に不敬罪だと言って怒ることもない。
朝食の準備を終え、ふたりがくるのを待っていた遠夜が、全開の笑顔で出迎えた。
「おはよう。海里先生。大地さん。今日は遅かったな。こないのかと思ったよ」
「ちょっと昨夜寝過ごしてしまってね。寝不足気味なんだ。う~ん。相変わらず美味しそうな食卓だね。遠夜君はなんでもこなす、最近にしては珍しい少年だね」
「境遇的にそうなっただけだよ。それより座らないのか? 早く食べないと遅刻するぜ?」
「ああ」
徹底的に無口な大地は食事の席に現れてもあまり喋らない。
遠夜はふたりをq見る度に対照的な兄弟だなあと思うのだった。
食事を終えて遠夜と海里が学校へと向かう準備をする頃も、大地は樹の傍にいる。
遠夜にしてみれば不思議なことだったが、大地の役目は樹の守護をすることなのだ。
だから、別に不思議なことではない。
だが、この日はすこしだけ意味が違っていた。
出ていくそのときに海里は大地を振り向いて意味深な言葉を投げていた。
「じゃあ大地、樹さんに説明よろしく頼むよ」
「わかった」
「手を抜いて結論から言うんじゃないよ? きみはどうも説明に関して致命的な欠点があるようだから。昨夜教えた通りに話せばいいんだから。わかったね?」
「わかっているというのに海里もしつこいな」
「大地がもうすこし器用なら、ぼくだってこんなにくどく言わなくて済むんだよ。言われたくなかったら、自分の欠点を直すように努力するんだね。わかっていて直そうとしないのは大地の悪いところだよ」
「わかった。わかったから早く行け。本当に遅刻するぞ。おまえはともかくとして、遠夜君まで遅刻させる気か?」
「そうだったね。行こうか、遠夜君?」
「海里先生は車の運転できないのか?」
「できるけど? それがどうかしたのかい?」
「いや。車で送ってもらえたら楽なのになあと思って」
「きみは楽をすることばかり考えているね。と言いたいところだけど、きみの体調を考えるとたしかにその方がいいんだろうね。まあ一応考えておくよ。肝心の車がないのが難点だけど」
「そんなの樹は幾らでも持ってるよ。無免許運転なんて日常茶飯事だし」
「遠夜。そんな話は帰ってからでもできるんだから急いだらどうだい? 本当に遅刻するよ?」
樹がすこし保護者っぽくそう言って、遠夜は肩を竦めて扉に手をかけた。
「じゃあいってきまーす」
「遠夜君のことはぼくに任せてください」
「ああ。よろしく頼むよ」
樹の態度は惺夜として相対しているときと、普段とそんなに変わらない。
年上の海里のことを呼び捨てる樹に、遠夜は最初は不思議そうな顔をしていたが、樹の境遇を思えば年上年下を意識しても意味がないのかなと気づいた。
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