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星の継承者  作者:


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第十三章 紫苑一SHION一(5)

「本音を言えばこんな真似はしたくなかった。公爵家の兄弟はこのままそっとしておいてやりたいと思っていたんだ。

 でも、それでは却って彼のためにならない。そんなことをしたら彼はいつか最愛の弟を失っただろうから。だが、彼は紫苑をわたしに引き渡した後、姿を消してしまったんだ」


「失踪したんですかっ!?」


 驚いた惺夜の声に衛は苦い表情で頷いた。


「最後の家族であり心の拠り所であり、唯一の心の支えだった最愛の弟。紫苑を奪われて彼はどこかへ姿を消してしまった。すべてわたしのせいだ」


「兄上」


「紫苑の名前を何故わたしが名付けたのか、惺夜は知らなかっただろう?」


「はい。そこにもなにか事情があるのですか?」


 暗い表情の兄を気遣いながら、惺夜は兄が懺悔するのを聞いていた。


「彼が紫苑の本名は教えないと言ったんだ」


「……」


「それは継承者の名前じゃない。自分の父と母が残してくれた弟の名前だから、だから教えられないと。そう言われた」


 その言葉は友人としてのふたりの決別の言葉に聞こえた。


 事実、兄は決別されたと思っているのだろう。


 でなければ紫苑が行動を起こす前に教えてくれているはずだからだ。


 紫苑だけでなく衛の心の傷でもあるのだろう。


 紫苑の出生の背景は。


「紫苑の名前の由来は彼の実家にいつも紫苑の花が咲いていたからだ。彼のイメージには紫苑の花が付きまとう。だから、思い出に因んで紫苑と名付けた。すこしでもわたしの心が彼に伝わってくれればと。だが、それも虚しい願いになってしまったが」


「兄上の辛いお気持ちはよくわかります。でも、元気を出してください。兄上がしっかりしていないと、紫苑はどこにも行けないじゃないですか。だれも頼れないじゃないですか」


「惺夜」


「義理とはいえ兄上は紫苑の父親なんです。父親がしっかりしなくてどうするんですかっ!! その人の分まで紫苑を愛さずに、どうやって罪を償うんですか?」


「ああ……ああ……そうだな」


 苦い声で何度も頷いて衛は両手を額に当てて俯いてしまった。


「紫苑は決して兄上をきらっていませんよ。ただ甘えてるだけです」


「翠と同じことを言うんだな、惺夜は」


 苦笑した兄に惺夜も笑ってみせた。


「実の兄に義理立てして、家族になれずにいるだけですよ。その人さえ見つかって、家族として触れ合えたら、きっと紫苑の態度も変わると思います。紫苑にとって父親だと言えるのは、兄上しかいないんですから。幼い頃から慈しみ育んでくれた兄上しか。そうではありませんか?」


 静かに論す惺夜に衛は何度も頷いた。


 本当に惺夜はしっかりしていると思いながら。


「紫苑のことを頼むよ、惺夜。真実を知ってしまったんだ。なにをやりだすか予想できない。紫苑が受け入れるには重すぎる真実だと思うから」


「承知しました。ぼくは紫苑の守護者ですから、安心してお任せください」


 それだけを言って微笑んで惺夜は兄の寝室を後にした。





『にいちゃま、にいちゃま、にいちゃま―――――っ!!』


 夢の中で幼い子供が泣いている。


 声を限りに叫んでいる。


 たったひとりの人の名を呼んで。


 それでもその人は身動きもせずに見ているだけ。


 そこにいるだけ。見送るだけ。


 手を伸ばしても届かないところにいる、その人は。


 顔が見えた。


 そう脳裏に弾けた瞬間に目が覚めた。


「気がついたのかい、紫苑?」


 心配そうな声がして枕元を振り向くと、惺夜が立っていた。


 ああ。そうだ。


 自分の実家を探しに王都へと出て、そこで知ってしまったのだ。


 自分の出生にまつわる忌まわしい話を。


 そして自分が継承者であったために、実の兄を窮地へと追い込んでしまった現実を。


 あの人はもうどこにもいない、水樹兄上は。


「ひとりにしてくれよ、惺夜」


「紫苑」


「今だけはひとりにしてくれっ!! だれもおれに構わないでくれっ!!」


 布団の中にもぐり込んで紫苑は震えていた。


 この安穏とした暮らしに甘んじていてはいけない。


 そう想われてならない。


 兄は紫苑のために裕福な暮らしも捨て、どこかに姿を消してしまったのに。


 もしかしたらもう生きてさえいないかもしれないのに。


「紫苑っ!!」


 すこし強く名を呼ぶ声がして、布団の上から抱きしめる腕を感じた。


 華奢だが強い惺夜の腕だ。


 震えながら解こうとするが、成長期の継承者に解けるような力の強さではなかった。


「きみはひとりじゃないんだよ。ぼくがいる。兄上がいる。翠だっている。悲しい過去に負けたらダメだよ。きみはひとりぼっちじゃないんだから」


「でも、兄上はひとりぼっちだ」


「紫苑」


「おれが継承者だったばかりに家族すべてを失い、最後に残ったおれまで奪われて、兄上にはもうなにも残っていないっ!! 兄上がすべてを捨てるくらいなら、その覚悟があったのなら、おれも道連れにしてくれたらよかったんだっ!!」


「紫苑っ!!」


 鋭い声と共に布団がはぎ取られ、平手が飛んだ。


 今までどんなワガママを言っても手をあげたことのない惺夜が、初めて紫苑を叩いた。


 そのことに唖然として、紫苑は真上にある惺夜の黒い瞳を見上げた。


「死んだほうがよかったなんて二度と言ったら駄目だよ、紫苑」


「だって」


「だってもなにもないよっ!! 死んだ方がいいことなんて、なにひとつとしてないんだよっ!! きみのお兄さんにしたって、もうすこし時期を待てれば、きみと逢うことだってできたんだよ? 成長の難しい時期を乗り切れば、家族なら自由に逢えるんだ。そのときを待てなかった。それがきみのお兄さんの弱さだよ」


「惺夜はなにも知らないからっ!!」


「知ってるよっ!! 兄上から全部聞いたっ!! きみを引き取るまでになにがあったのか、すべてっ!!」


 惺夜のきつい口調に、紫苑は悔しそうな顔になった。


 当事者ではないからと、そんな思いが口をついて出そうになる。


 言ってみても意味はない。


 それでもそんな思いが口をついて出そうになるのだ。


 惺夜は惺夜で紫苑が受けた衝撃を慮ってくれているのだ。


 それがわかっているのに受け入れることができない。


 紫苑はそれほど傷ついていた。


「惺夜は結局衛の弟なんだ」


「紫苑」


「ここはおれのいるべき場所じゃないっ!!」


 叫んで寝返りを打った。惺夜に背中を向ける。


 これ以上話すことはなにもないのだと主張するように。


「ひとりになりたいんだ。出ていってくれよ、惺夜」


「それは世継ぎとしての命令かい、紫苑?」


「そうだよ」


 どこか悲しげな惺夜の声。


 それでも紫苑は突っぱねた。


 現実を受け入れることができずに。


「でも、ぼくはきみの臣下じゃない。義理とはいえ叔父なんだ。強引に付き添わせてもらうよ、紫苑。きみが無謀だってことはよく知ってるからね」


 なにかやりだすのではないのかと、惺夜はそれを危惧しているのだ。


 それは紫苑にも自信がなかった。


 兄のその後を知ってしまうと、自分だけ居心地のいい宮殿にいることが、負い目のように感じられて。





 結局、それから数年を紫苑は黙り込みがちな少年として過ごした。


 なにか思い詰めた目をする皇子だったと、当時を知る者ならそう語るだろう。


 後に紫苑はついに我慢の限界を越えて、兄の後を追うようにして故郷を捨ててしまう。


 水樹がそうしたと知っているから選んだ結末ではないのだ。


 ただ継承者ではない世界に行きたかった。


 継承者という肩書きは紫苑にはただ重いばかりだったので。


 衛は何度も止めたが、それが無駄なことだと悟ると、実弟の惺夜に紫苑の守護を頼んだ。


 惺夜は故郷を出ることになるかもしれないというのに笑って引き受けていた。


 そのときにふたりのあいだで、どんな会話が交わされたのか、明らかになるのは遥かな未来のお話である。




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