第十三章 紫苑一SHION一(2)
「きみはそんなことを気にしなくていいんだよ。ぼくがしたくてしていることなんだから。
それにきみをひとりにはしない。それがぼくらが出逢ったときの約束だっただろう?
きみは忘れてしまったかもしれないけど、ぼくはきちんと憶えてるよ。絶対に破らない約束だって言っただろう?」
「別に忘れていないよ、憶えてるよ、ちゃんと。でも、惺夜を縛りつけてるみたいでいやなんだ。だから」
「紫苑は本当に妙なところで気を遣うね。それともぼくが傍にいることが迷惑なのかい?」
「そんなことないよっ!!」
純粋に紫苑の実を気遣ってくれる惺夜は、紫苑にとって宮廷で心を許せる唯一の人物だ。
迷惑だなんて思ったことはない。
せれはたしかに時々は息が詰まることもあったし、もうすこし距離を置いてくれないかなとも思っているけど、迷惑だとは思っていない。
そのことだけは胸を張って言える。
「おれはただ……おれが惺夜の重荷になってるみたいでいやだったんだ。それだけだよ。迷惑だなんて思ってない。一度だって思ったことないよ」
「だったらなにも気にしなくていいんだよ。言っただろう? ぼくがしたくてしていることだって。宮廷ではだれにも心を開かないきみの支えになりたいんだよ。重荷なんかじゃないよ。ぼくにとって紫苑はとても大切な人なんだから」
こんな科白をさらりと言えてしまえるあたり、惺夜は令嬢泣かせの皇子になれるかもしれない。
外見だって衛の実弟だけあって、かなりの美形だし。
ただ……これを紫苑にしか言わないあたりが、問題と言えば問題だが。
「惺夜って時々、おれを女の子扱いしてないか? 妙に悩みたくなるときがあるんだけど」
感想を口に出すと惺夜はまた可笑しそうに笑った。
「面白いことを言うね。たしかにぼくにとってきみは普通の令嬢よりずっと気になる存在だけど。女の子だと思ったことはないよ?」
「そうかあ? さっきの科白って相手がおれじゃなかったら、絶対に口説き文句だよ。惺夜にあんなふうに言われたら、令嬢はみんな舞い上がるんじゃないか?
衛のほうは翠が問題となって、姫君たちも近づけないから、惺夜はけっこう人気があるんだ。狙い目だって。知ってたか?」
「知ってたけど。あまり嬉しくないことを言わないでくれるかい? 兄上の代わりにされるのは、さすがにいやなんだよ。
皇帝の妃になりたい令嬢は、たしかに履いて捨てるほどいるだろうけど。近づかないから実弟のぼくでもいいなんて、迷惑もいいところだからね」
惺夜は生粋の皇族でしかも現皇帝の弟である。
彼と縁威を結べば皇帝と義理の兄弟になれる。
だから、彼の婚姻は政治的な意味でかなり注目されていた。
同じように注目されるはずの衛が話題に登らないのは、一重に衛の守護者、翠のせいである。
その翠も前皇帝の実弟の息子とあって、婚姻には重要な意味が置かれ注目されている。
本人は全然その気がないらしいが。
皇族はみんなモテる境遇にいるのに恋愛方面には意識を向けていないのだ。
勿体ない話である。
「だったら遠慮せずに言うけど、食べすぎてお腹が苦しいんだ。ちょっと散歩するよ」
「そうかい? でも、無理はしないこと。いいね? 最近の気候はきみにとってとても辛いものだろうし、絶食していたりしていたし、あまり身体に負担をかけない方がいいだろうから」
「わかってるよ。おれだってそう何度も寝込みたいわけじゃないんだから」
呆れながらそう言って寝台から抜け出し、衣服に着替えていると惺夜がため息をつく気配がした。
「どうした、惺夜?」
「きみが世継ぎのくせして、侍従にも侍女にも手伝わせずに着替えてるのを見て、ちょっと呆れただけだよ、まあどうしてもいやなら強制はしないけど、できるだけ手伝ってもらった方がいいよ? 一応、きみは未来の皇帝なんだし」
「おれは別に本当の皇族ってわけじゃないんだ。これでいいんだよ。分不相応なことをするよりはさ」
「紫苑」
紫苑の科白に彼がまだ過去に拘っていることを知り、惺夜が複雑な表情になった。
彼が家族になった自分たちに打ち解けない理由も、その境遇にあるのだ。
彼の心の中で自分たちは他人なのである。
惺夜のことは多少大事に思ってくれているようだが、それでも家族だとは思っていない。
そのことがはっきりとわかるのだ。
紫苑に甘い衛の辛さを思うと惺夜は苦い気分になるのだった。
「水樹の行方はまだわからないのか」
同じ頃、執務室では衛が苛立ったようにそんな問いを投げていた。
行方を眩ました公爵の捜索を命じた臣下に。
「申し訳ありません。手を尽くしているのですが、命名式の後、公爵を見かけた者すらいないのです。こうなるとこの星を出ていったとしか思えません」
「水樹が故郷を捨てたっていうのか?」
愕然とする衛に捜索を任されていた臣下は頷いた。
「それ以外に考えられません。これほど長きに渡り捜索しても、その行方すら掴めないとなれば。公爵は皇家とも縁の深い名門中の名門の出。そのくらいのことは簡単でしょうから」
「水樹が故郷を捨てた……」
愕然として呟いた後で、衛もその可能性が全くないわけじゃないと気づいた。
そのくらい水樹にとって紫苑の存在が大きかったということだ。
彼のいない屋敷でひとり暮らせる自信がないほど。
そのくらいなら故郷を捨てて、いっそ紫苑に逢えない境遇にいるほうが楽だと思う程度には。
「次元跳躍を捜索できる近衛士官を使ってもいい。なんとしても水樹がどうなったのか、その結果を掴むんだ。故郷を捨てたのだとしても、その証拠を掴むんだ。わかったな?」
「承知いたしました、皇帝陛下。では御前失礼いたします」
臣下が出ていった後で翠とふたり残された衛は、やりきれない表情で額に片手を当てた。
「……衛」
「水樹が故郷を捨てたとしたら、その責任はわたしにある」
「あなたがご自分を責めるようなことではございませんよ。なにも言わずに行動に移した公爵にも問題はございます。別に永久に引き離すわけではなかったのですから。衛は公爵が逢いたいと言えば、皇子に引き合わせたでしょう?」
「だが、それではダメなんだ。紫苑が継承者だと知ったとき、この結末は予想できた。まさか水樹が故郷を捨てるとは思わなかったが、その可能性が全くないわけではないとわかっていたんだ。そのくらい水樹は紫苑を大切にしていたから」
それは紫苑にしても同じだった。
引き取ってからしばらくのあいだは、水樹を探して泣かない日はなかった。
衛がどんなにあやしても、どんなに本心から慰めても、水樹ではないからダメなのだと、紫苑はそう言って泣いた。
『にいちゃま、どこにいるの? どうしておむかえにきてくれないの?』
これがその当時の紫苑の口癖である。
惺夜と出逢い、惺夜が遊び相手を努めるようになるまでは、毎日そう言って泣いていた。
惺夜には本当にどんなに感謝してもしたりない。
紫苑の孤独を埋めてくれたのは、偶然、出逢った惺夜だったのだから。
ふたりの出逢いについては惺夜から聞いている。
その出逢いがなかったら、紫苑はどうなっただろうか。
だが、それだけ打ち解けている惺夜が相手でも紫苑はまだ頑な鎧を解こうとはしない。
家族として受け入れてくれないのだ。
一度でいいから彼に父と呼ばれてみたい。
その一言が自分が犯した過ちを許してくれるような気がして。
「あなたは本当に皇子には甘い。それは皇子に対しての罪滅ぼしですか?」
「まさか。水樹の大切な弟を引き取ったんだ。家族として愛せなければ、彼に悪いだろう? 別にふたりを引き離した責任をとって、紫苑に甘いわけじゃない。わたしは父として彼を愛している。それだけだ」
「皇子はあなたに反抗ばかりされていますが、わたしにはあれはあなたに対する甘えに思えますよ、衛」
「甘え? あれが?」
意外なことを言われたとばかりに、衛が目を剥いている。
そのくらいすれ違っていたのだ。
紫苑と衛は。
「素直に父として受け入れることに抵抗があるのでしょう。皇子の反抗は反抗期に似た甘えですよ。子供は反抗期になると反抗することで甘えますからね」
確かに言われてみればそう取れないこともない。
甘えられているのだとしたら、説得に行く度に紫苑が見せた態度も甘えの裏返しだということになる。
なんだか想像すると照れた。
コホンと咳払いなどしてみせる衛に、どうやら照れているらしいと、翠は優しい笑顔になる。
守護者は確かに継承者に対して独占欲が強く、よく困らせるがその裏側には、だれにも真似のできない深い愛情が隠されている。
だから、継承者と守護者が異性で生まれた場合、大抵ふたりは婚礼を挙げる。
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