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星の継承者  作者:


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第十ニ章 パンドラの箱(3)

「紫会長がどうして樹にきらわれるのか、なんとなくわかってきたぞ。この性格だと水と油だよな、確かに。同族嫌悪って奴か」


「同族嫌悪と水と油って、正反対の意味だぞ、遠夜」


「似すぎているくせに、自分とは全く違う個性を持っている。おまけにそれが鼻持ちならないものだから、樹は嫌悪するって言いたいんだよ、蓮。なんでこれだけ内面が違って、根本的には同類なのか、樹にしてみれば理不尽なんじゃないのか? 十束一からげに括られたら」


 曖昧な表現なのだが、これ以上はないほどツボに嵌った科白に、蓮が呆気に取られている。


 ひどい形容をされた紫も、思わず納得して頷いていた。


「確かに樹は面白くないだろうね。わたしたちはなにからなにまで対照的だけれど、根本的には同じものを持っているからね。彼にしてみれば、わたしは存在そのものが詐欺なんじゃないかな?」


「よくわかってんじゃん。だったら面白がって挑発するのやめれば? 紫先輩が面白がってわざと挑発して逆らうから、樹は不毛だってわかってて、同じことを繰り返すんだよ。

 わかってたらすこしは自重してやれよ。あれじゃ兄貴が可哀相だよ。あっちは性癖なんだし。やめたくても、やめられない方の身にもなってみろよ。悲惨だぜ、実際」


 紫を相手に辛辣な科白を吐けるのは、樹を例外とするとこの少年だけである。


 思わずといった風情で嬉しそうに笑う紫に、意味の呑み込めない遠夜は、何故、微笑んだのかもわからず当惑している。


「わかっているんだけれどね。彼との喧嘩がないと、わたしの方も気力が充実しなくてね。ほとんど日常だから、なにも起きないと肩透かしにあった気がするんだよ。わたしも不毛な性癖だと思っているんだけれど」


「ほんとに不毛な関係だ。できればその不毛な関係に、無関係なおれを巻き込まないでほしいな。あんたが付きまとうおかげで、おれは家に帰ると必ず樹に責められてるんだぜ?」


「おやおや」


「おやおやじゃないって。樹は紫会長がおれに近づくことを、今一番きらってる。頼むからやめてくれよ。家でまで針の筵にはなりたくないんだから」


 心底迷惑だと顔に書いて吐き捨てる遠夜に、紫は遠い昔を思い出し、やりきれない吐息をついた。


 僅かに遠夜の表情が動く。


「相変わらず独占欲が強いね、樹は。あの頃も紫苑を独占したまま、絶対に手放そうとしなかったけれど」


「紫会長?」


 穏やかないつも通りの声の中に、ある種の剣呑さが走った気がして、遠夜は悪寒が走ったような錯覚を覚えた。


「そういう理不尽さを知る度に、わたしは彼にケンカを売りたくなるんだ。なにも徹底して独占することないだろう!? すこしくらい近づいても構わないだろうっ!!

 大切な人は髪の一筋さえ触れさせず渡さない。その独裁ぶりがわたしには腹立たしいんだっ!! ああ。怒鳴っているあいだに腹立たしくなってきたっ!!」


「……おれのせいじゃない。お互いさまだろ。ふたりとも同じくらい独占欲が強いんだ。樹もきっと同じことを思ってるよ。紫会長だけは見せるのもいやだって」


「きみねえ」


「だってそのくらいそっくりなんだもんな。結局のところ、紫会長だって独り占めしないと気がすまないタイプなんだろ。樹はそれを見抜いているから警戒が強くなって、ほんのすこしも近づくことを認めなくなるのさ。お互いさまだろ?」


 言われてみればそのとおりである。


 手に入れるのなら、一部だけではなく、すべてでなければ気が済まないのは、元々の性質だ。


 そういう意味でも紫と樹は同類なのである。


 樹も一番大切な相手には、自分も一番でなければ気が済まないタイプだった。


 いや。


 それはたったひとりに当て嵌まる形容詞かもしれないが。


 彼はたったひとりの大切な「守るべき相手」しか今も昔も眼中にないのだ。


 たったひとりと定めた相手だからこそ、相手のすべてを手に入れないと気が済まないのだろう。


 あの頃、あれほど強くお互いに執着していたあのふたりが、絶対に肌を重ねなかったことが、紫には却って不自然だった。


 相手に対する執着は突き詰めれば、最終的に肌を重ねるものだと思っていたから。


 すべてを望めば、いつか相手に恋人ができたとき、絶対に嫉妬で胸が焼けるだろう。


 その部分でも独占したいと思って。


 最終的に生命すら奪って手に入れなければ我慢できなくなるはずだった。


 それは殺せないほど必要とし、お互いにすべてを捧げ尽くすか。


 お互いに自分のすべてを捧げ「たったひとりの相手」と定めてしまうことは、突き詰めてみれば、そういう意味なのである。


 心、躯、魂、生命。


 すべてが一致して、その人を形成しているのだから。


 肌を重ねないの執着など紫には奇麗事に思えた。


 絵空事の執着なら、独り占めなんてしなければいい。


 何度思ったかしれない。


 すべてを望みその意味を違える惺夜にだけは奪われたままでいたくないと。


 もしかしたらそこで感じる矛盾が、ふたりの根本的な違いなのかもしれない。


 同じものを根底に抱きながら、なにかが大きく違う自分たちの。


 惺夜の気持ちが那辺にあったのか、それには紫には想像もできないことだったけれど。


 それとも惺夜の紫苑を見る眼。


 あれは想いを寄せる眼だったと思うのは、紫の考えすぎなのだろうか。


 あんなに切ない眼をする惺夜を紫は今も他に思い出せない。


 気づかれないように紫苑を見詰めるとき以外には。


 紫苑に気づかれないように、そっと見詰めるときにだけ、彼は切ない瞳を浮かべていた。


 一途に想いを寄せる眼をして、無言でひっそり紫苑を見詰めていた。


 黒い瞳に愛しさを溢れさせて。


 あの眼差しを見たときだけは、素直に勝てないと思えた。


 紫苑を想う惺夜の気持ちには、きっと生涯勝てないだろう、と。


 あれほど愛しげで切ない眼差しをする者を、紫は惺夜以外に知らない。


 あんな眼でだれかを見る者は、今も昔も惺夜以外にいなかった。


 あの瞳の意味を今も知りたいと思う。


 惺夜が紫苑を見るときの、あの眼差しの意味を。





「すっかり紫の想い人にされてるね、遠夜」


 帰宅と同時に刺々しい科白を吐いたのは有難い兄貴だった。


 樹の役目だった送り迎えが海里に譲られて、すこしの時が流れている。


 遠夜の学園での様子は海里も知っていて、近づいてくる魔将に頭を悩ませていた。


 海里から報告を受けている樹は、その度に不機嫌な顔になる。


 困ったものだなと遠夜は思っているが、イマイチ真実味が足りなかった。


 紫が魔将だと知らないこと、自分を中心とした確執を知らないことが、彼を呑気にさせていた。


 今海里は大地と共に自宅に戻っている。


 夕飯まではそういう形になっているのだ。


 あまりに四六時中一緒だと、ふたりが息が詰まるだろうという判断から。


 それが裏目に出るわけだが。


 紫との悶着のお鉢が必ず遠夜に回ってくる。


 この頃では言い返して否定することにも疲れ、おざなりな返事しか返さなくなっていた。


「そうだなあ。おれも迷惑してるんだけど、あの学園ってお祭り騒ぎ好きなんだよ、きっと」


「きみに隙があるんじゃないの?」


 珍しく遠夜を責めてくる樹にムッとして睨んだ。


 いつもなら絡んできても、紫のことで遠夜を責めるような真似はしない樹である。


 思わず睨み返すと彼は不機嫌さを隠しもしないままそっぽを向いてしまった。


「おれが紫会長を誘ってるとでも言いたいのかよ、樹? いい加減にしないとおれも怒るぞ。おれに男を誘う趣味があると思ってるのか?」


「そういう意味で言ってるんじゃないよ。でも、その気になれない相手に紫は興味なんて持たないよ」


「それはちょっと言い過ぎじゃないか? おれが自分で望んで起こしてる事態じゃないんだぜ、樹!!」


「きみは自分でも意識しない部分で、紫をその気にさせてるんじゃない? つまり隙があるってことだよ。自覚はない?」


 心持ち首を傾げ冷ややかに見下ろす視線に、どこか不機嫌な色が混じる。


 それがまるで嫉妬のようで遠夜は小さく息を噛む。


「そんな自覚はないけど、なんでそんなこと……」


 戸惑ったようにぎこちなくかぶりを振り怯えた顔で後退る。


 このときの樹には、そんな遠夜の態度が何故か腹立たしい。


 ムッとして両腕を組んだまま眉があがる。


「わからないならいいよ。ぼくは今日夕食はいらない」


「樹?」


 途方に暮れた呼び声に樹は無表情の仮面を張り付けたまま、スッと顔を背けた。


「部屋にいるから声はかけないでほしい。きみの外出は認めないからね。勝手な行動は慎むように頼むよ。じゃあ、おやすみ」


 こんな時間に就寝の挨拶まで終わらせる樹に、彼が朝まで顔を見せないつもりだと容易に知れた。


 いつも優しく笑ってくれる彼の、こんな突き放す言動は初めてで不安になって瞳が揺れる。


 すがるようなその瞳に樹はハッとしたように息を飲み、慌てて踵を返した。


 無言のまま部屋の中に消える樹を遠夜は途方に暮れたまま見送っていた。




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