第十一章 封印された神話(2)
蓮華がこのまま成長したときに、まだ惺夜に惹かれているか、それは紫苑にもわからない。
第三者が関わるような問題ではないとわかっていたから、自分から惺夜に彼女の気持ちを告げる気もなかったのである。
「その顔は……なにか知ってるね、紫苑?」
上の方から見下ろしたまま、惺夜が疑い深そうな顔をして紫苑をみている。
小さい頃からの付き合いでなにが困るって、長所も短所も知られているから、どんな些細なことも隠せないという、この一点に限られた。
ごまかそうにも知られすぎていて、惺夜が騙されてくれないのだから。
「別にぃ。惺夜の話題で盛り上がってたなんて言ってないけど?」
さりげなく話をずらす。
「ぼくの話題? それでごまかしてるつもり、紫苑?」
不機嫌そうな顔になる惺夜に、紫苑はニヤニヤと彼を見上げている。
「ちょっとね。おれも前から気にしてたんだけど、惺夜の髪型について盛り上がってたんだよ」
「ぼくの髪型?」
不思議そうに惺夜が片手で長い黒髪を払うような仕種を見せた。
こちらでは男も女も髪を長くしているし、特に女性の髪の長さは身の丈を覆うほど。
男性にしても戦が多いこの時代、首を護るために髪を長くし、編み込んだ髪型にするのが常となっている。
ただしそれはこちらの常識であって、世界の違う惺夜には通用しない。
それに惺夜が髪を伸ばしはじめたのは、こちらにくるかなり前のことだ。
こちらにきた頃には、すでに長髪になっていたのだから。
実は紫苑が以前から疑問に思っていたのは事実である。
惺夜の拘りを知っていたから。
「蓮華がなんで? って訊くから、実はおれも前から疑問に思ってたんだって言ってさ、ふたりで理由を想像して盛り上がってたわけ」
「きみねえ」
呆れたような顔をする惺夜に、紫苑が真面目に問いかけた。
「惺夜ってさ、どっちかっていうと、そういうのきらってた方だろ? 自分の顔のこと、きらいだよな?」
「……相変わらずいい度胸だね、きみは。面と向かって訊く? ぼくが一番気にしてることなのに」
「だってさあ、矛盾してるから」
「……」
惺夜が苦い顔で黙り込んだ。
どうやら自覚はあったらしい。
「普通はさ、惺夜みたいな拘り持ってたら、髪を長くするのだけは避けると思うんだ。髪を伸ばしたら余計にそう見えるって惺夜も自覚してるだろうし。でも、現実に惺夜は髪を伸ばしてる。ほら。矛盾してるだろ?」
「それは……その」
「これで気にするなって言っても、人並みの知識と好奇心があれば気になるよ。当然。おれにしても大事な守護者のことなら、余計に気になるしさ」
惺夜がどれほど自分の容姿をきらっているか。
それを理解していれば当然気になること。
彼への気持ちが本物なら、尚更その矛盾した行動が気になる。
でも、うかつに問うこともできなくて、紫苑も今までさりげなく触れずにきた問題であった。
蓮華の気持ちをごまかす代わりとばかりに、紫苑は長年気にしていたことを問いかけてみた。
それで惺夜が答えてくれるかどうかは、紫苑にも自信はなかったが。
惺夜は答えに困っているのか、それとも言いたくないのか、何度か顔を背けイライラしているような仕草をみせた。
やっぱり問いかけたのは悪かったかな? と、紫苑が前言撤回をしようとした頃、ポツリと話し出した。
「たしかに矛盾してるんだけど、別に理由もなく伸ばしてるわけじゃないんだよ」
「惺夜?」
「今まできみは幼かったし、言っても理解できないと思ったから。だから、言わなかっただけで、別にきみには言いたくないとか、そんなふうに疎外していたわけじゃないから。その辺は誤解しないでくれる? きみが気にしてたとは思わなかったから、ぼくも」
やはり守護者というべきか。
紫苑の気遣いを知ると、惺夜はそのことを気にしたみたいだった。
自分の何気ない言動で継承者を傷つける。
これは守護者が1番きらうパターンだった。
たしか翠も衛に誤解されるのを1番きらっていた。
守護者にとって継承者に誤解され、傷つけたりきらわれるのを1番きらうのだ。
恐れると言い換えてもいい。
何気なく言ったつもりでも、惺夜を動揺させたと知って、紫苑の方が戸惑った。
言葉遊びのついで、みたいな気分だったのだ。
蓮華のことに触れてほしくなくて、つい出した話題なのに、惺夜がこんなに気にするとは思わなかった。
なんとなく罪悪感である。
ポリポリとこめかみを掻く。
「なんかよけいに気にさせたみたいで悪かったよ、惺夜。言いたくないなら無理して言わなくていいからな?」
とりあえず言ってみたが、やはり惺夜は受け入れなかった。
「別にだれにも言いたくないと思ってたわけでもないし、そんなことは気にしなくてもいいよ、紫苑。ぼくがもし髪を伸ばしている理由を言いたくない相手がいるとしたら、それはたぶん兄上だけだと思うから」
「え……」
意外な言葉に驚いた。
「それって伸ばした理由に衛が関わってるってことか?」
ギョッとして問いかけると、惺夜は肩を竦めながら頷いた。
「ぼくには自覚もないし、兄上も全然、気づいていないみたいだけど、人に言わせるとどうもぼくと兄上って似てるみたいなんだよね、実は」
「似てるって……顔が?」
これはもっと意外だった。
そんなに似てるようには見えないから。
それは確かに衛も男らしい屈強さとは無縁だし、男らしさという点では、ふたりの従兄弟の翠の方が上だろう。
タイプ的には衛は繊細で華やかな美貌と形容されるだろうから。
そういう意味では似てるかもしれないが、衛の実の弟という路線で見比べても、あまり似ていない兄弟に思える。
惺夜は黙っていれば少女でも通る外見だし、異性に化けることも容易にできるだろう。
が、衛は絶対に無理だ。
そのふたりのどこが似ているというのだろう?
「その顔はきみもまさかって思ってるね?」
コクコクとうなずく紫苑に、惺夜は苦笑い。
「ぼくもね、小さいころからあまりそういう意識は抱いたことがないし、人から指摘されたこともほとんどなかった。だから、あんまり自覚していなかったんだよ。でも、成長してくるとやはり実の弟、というべきなのかな。面影を探せるくらいには似ていたらしいよ」
「どこが?」
怪訝な顔でそう言えば、惺夜はまた笑った。
「そんなのぼくが訊きたいよ。自覚していないって言っただろう? ぼくも兄上も自分たちが似てるなんて、欠片ほども思ってないんだよ」
「だよな。おれも思わないからっ!!」
断言する紫苑に惺夜はますます苦笑を深くした。
性格的な問題もあるだろうが、確かに衛と惺夜はそれほど似ていない。
ただしそれは表面で意識される問題であり、意図的にふたりを見比べれば、やはり実の兄弟だけあって、面影はよく似ていた。
似ていないと意識される理由は、ふたりの個性の違いによる。
それを知らずに彼らを見比べれば、やはり似ているのである。
「あのね、ぼくが言いたいのは、ぼくらの性格の違いなどをよく知らない人々のあいだ……と限定される世界の話」
「あ。そっか。衛と惺夜は皇帝とその実弟。姿は知っていても、気性はよく知らない奴らがいても、別に不思議じゃないんだ?」
知名度の高さでは世界一だろう。
紫苑は世継ぎなので知名度はあっても、姿は知られていないから、そういう意味では衛と惺夜が1番、知名度が高く姿も知られているに違いない。
「そう。タチの悪いことにね。ぼくらは知名度が高く姿だけはよく知られている。性格がどうかなんて別にして、ね。そういう人々から見ると血の繋がりっていうのは、明確に出るらしいね。ぼくと兄上は面影を重ねられるほどに似ているらしいから」
「惺夜」
なんだか皮肉ってるように聞こえて、紫苑は眉を寄せた。
自分の姿に対する惺夜の意外な拘りを知って。
衛と比較され、似ていると言われることに、惺夜が拘っていることは、紫苑も知らなかったので。
「今もわからないんだよ。ぼくらのどこを見て似ていると言えるのか。どうして面影を重ねられるのか。迷惑極まりないことだからね」
なにも言えなかった。
実の家族のことをほとんど知らずに育った紫苑には、今の惺夜にどう言えばいいのか、想像もつかなかったので。
それにもし紫苑が惺夜みたいに育っていて、実の兄と見比べて似ていると言われても(実際のところ、紫苑の場合は自分で見ても似ていると思えるくらい、そっくりなのだが)いやだなんて思わなかっただろう。
そういう意味では紫苑は実の兄を、とても慕っていた。
似ていると言われて喜ぶくらい。
「……実の兄に似てるって言われるのって、そんなにいやなことなのか?」
思わずそう問いかけていた。
受け取りようによっては惺夜が衛を否定しているように聞こえて。
「別に普通の意味で似た兄弟だって言われたって、ぼくも別に気にしないよ。ぼくがいやなのは兄上の面影に重ねられて、似た弟だからぼくでもいいと思われること、だからね」
「え……」
驚いた。
それでは衛の身代わりのようなものだから。
「わかるかな? 兄上とぼくを見て似ているから、実の兄弟だけあって容姿は似てるし、身分だって釣り合いの取れるものだから、兄上がダメならぼくでもいい。そう思われて近づかれてだれが喜べるって?」
「惺夜……」
「普通によく似た兄弟だって言われたり、弟だけあって兄上に似ているねと言われるくらいなら、ぼくもいやな想いはしなかったと思うよ。兄上のことは臣下としても、実の弟としても敬愛しているから、それを喜んだと思う。でも」
ふたりのことを似ていると指摘する者たちは、そういう普通の意味で言ってはくれなかった。
惺夜の暗い表情から、そのことが読み取れる。
「それで髪を伸ばすことにしたのか?」
「まあね。明確に違うと思える(なにか)があれば、そんな失礼な意味で面影を重ねたり、身代わりにするようなこともなくなるだろうと思ったから」
「だから、衛にだけは言いたくないわけか」
「そういうこと」
「まあなあ。言われたら絶対、気にするよな、衛は」
衛はそういうところでは皇帝らしくない人物だ。
普通、天下人はそういうことを気にしないものだが、衛はだれが相手でも気遣える人柄なので。
それが実の弟に自分のせいで、いらない気苦労を背負わせていたとなれば、絶対に落ち込むだろう。
惺夜が衛には言えないと思うのも無理はない。
「そういえば惺夜が髪を伸ばしはじめた頃って、貴族の令嬢たちに騒がれだした頃だっけ。そんな問題が起きてたなんて思わなかったよ」
「矛盾した理由がわかった?」
「うん、一応。言いにくいこと言わせて悪かったよ、惺夜」
素直に謝罪する紫苑に惺夜は吹っ切れたような笑顔を見せた。
「別にね。今は気にしていないんだ」
「え?」
「ぼくも子供だったってことだろうね。そんなことを気にして髪を伸ばし、自分を変えようとするなんて。
だれがどう言おうとぼくはぼくだし、似ていると言われようと似ていないと言われようと、ぼくらが兄弟であることも変わらない。
他人がどう見ているかなんてどうでもいいことなんだよ。自分をしっかり掴んでいれば。そういう意味では兄上は強いね。だれにどういう眼で見られていても、自分は自分だと言い切れるんだから」
このときはなにが惺夜を変えたのか、紫苑にはわからなかった。
なにを理由に彼が、そんなふうに言えるようになったのかも。
「きみにもいつかわかるよ。だれにどう誤解されていてもいい。ただひとりの人にわかってもらえるなら。それが自分を支えてくれることが、きみにもいつかわかるよ」
惺夜がなにを言いたいのかはわかる気がしたが、紫苑はなにも言わずにうつむいた。
彼の姿にあの人の姿が重なる。
いつも「誤解だ」と「わかってほしい」と訴える彼の姿が。
特別扱いを受けているせいで「だれ」を泣かせているかも知っている。
そんなふうに思えることは、きっととても尊いことで、自分を掴むためにも大切な要素なのだろうと思う。
でも、それは特定の人物を優遇し、他のだれにどう求められようと切り捨てる、ある意味で冷たい現実をも意味する。
ワガママなほどの自己主張。
自分は利己的で自分勝手だと言った人の姿が浮かぶ。
惺夜は気づいているだろうか。
そうして唯一絶対「だれか」を決めてしまうことが、なにを意味するのかを。
だれよりも深く愛される反面、だれよりも憎まれる。
これも宿命というのだろうか?
眼を閉じてそう思う。
愛された分だけ深く憎まれる。
それが自分の運命なのかと。
どうでしたか?
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