第十章 まどろみの中で(4)
『大きくなったね、きみは。小さな頃の都にそっくりだ』
『似てるでしょうか。母に。ぼくはあまり逢えなかったので、よくわからないんです。母は今も和宮の奥方ではなく一条の姫君ですから。逢ってもあまり親しく振る舞ってくれないし、頭を撫でてくれたことさえありません』
『そうか。あの子も辛かったのだろう。短いあいだしか逢えないのに、優しくすれば離れている時間が辛くなると思って。あの子はそういう優しい子だよ。
誤解してはいけない。樹。きみは愛されているよ。でなければ都は生命を絶ってでもきみは産まなかっただろう。あの子はそんな激しい子だよ』
優しい口調で諭されて、樹はすこし無表情な顔をしたが、最後には頷いた。
あの人の優しさを受け入れることが、とても心地好かったから。
このとき、樹は遠夜の父、隆司から正式に彼の息子の後見を引き受けた。
時に樹が13歳。
遠夜は11歳の春先の出来事である。
隆司の死後、彼が受け継いだ莫大な一条の遺産を遠夜に受け継がせること。
そのために彼を護り抜くことなどが、樹が彼の父に誓ったことであった。
自分にはできなかったたくさんのことを、きっと遙が……遠夜が叶えてくれるから、それを信じてほしいと。
本人も知らないことだが、遠夜は一条の直系の跡継ぎである。
隆司が亡くなった今、直系男子は遠夜、いや、遙意外には生存していない。
不思議なことだが、一条の力と遺伝子は直系男子以外には受け継がれないのだ。
人々が欲している一条の力とその遺伝子は、都では絶対に手に入らないのである。
現在では遠夜以外には叶えることのできない望みだ。
その血に秘められた力の強大さと、遺伝子に秘められた悲劇性を隠しとおすため、隆司は実の息子になにひとつ真実を教えなかった。
一条の直系に時折現れる最強の力の持ち主。
化け物じみた力は制御不能なほどの強大さで、一門に恐れられ、人間としての扱いを禁止されるほどであった。
その一門最強にして最悪の怪物を人々は「一条の鍵」と呼んだ。
少女であれば宗主が傍に置き、その力を受け継がせるため、たくさんの子を孕ませ、男子であれば力を酷使させ、婚姻すら認めなかったという。
「一条の鍵」はあまりに強大な力を持っていたが、その力が制御不可能であったために家畜扱いを受けていたのだ。
時の一条の当主、和明は一族が背負ったこの悲劇を、これ以上見逃せないと反乱を起こす。
それが一条の滅亡へと繋がったわけだ。
当時、生まれたばかりの赤ん坊を抱えていた跡継ぎの隆司はなんとか逃げ延びたが、すでに和宮家に嫁いで生家を離れていた都は、奥方にも関わらず捕らえられた。
それが彼女の悲劇の始まりである。
幽閉されて我が子の樹とも、満足に逢えない境遇で、モルモット的な扱いに甘んじている。
一条が滅んだ今、最後の生き残りである都には、人間としての権利そのものが認められていないのだ。
樹自身が、その遺伝子と力を半分とはいえ受け継いで生まれた、彼女の息子であるため、彼の意見には耳を傾けようとしないのが実情であった。
隆司の生存は知られていて、なんとか彼を捕らえようとしていたが、結局、天才と称賛された彼を出し抜くことはだれにもできなかった。
できないなら、最強の障害は殺してしまえと、指令が暗殺に擦り変わったことは、彼も知っていた。
生きて捕らえるにこしたことはないが、捕らえることが不可能なら、殺してから蘇生させても構わないのだと。
彼らの狙いを知った隆司が、生命を捨てる覚悟をしたとき、彼は甥である樹に連絡を取り、残される息子を託した。
たったひとり遺される一条の遺伝子を握る遠夜を、どうか護ってほしいと。
ふたりが似ているのは当たり前なのだ。
お互いの父親と母親が、実の兄妹だったのだから。
これほど近い血を持つ従兄弟は、樹にも遠夜にも他に存在しない。
遠夜の本名は「一条遙」という。
「宮城遠夜」という仮の名で、「宮城」というのは、「和宮樹」からの借り物だし、「遠夜」という名は、本名の「遙」という名を捩って名付けられたものだった。
一門で推定不可能な額の財産を相続し、最強の力を持つ影の宗家、一条家。
その直系として生き残った最後の当主だ。
彼の存在は一門にとってのアキレス腱。
同時に要ともいえるものだった。
樹を凌ぐ立場に立てるのは、間違いなく現在では遠夜ただひとりなのだから。
遠夜の存在を抹消するため、封じられた彼の本来の力が、一体どの程度のものなのかは樹も知らない。
常識的に考えて遠夜は一条家の御曹司だから、その条件だけでも樹と互角と言える力の強さの持ち主だろう。
だが、その上に彼は「一条の鍵」として力も持っていて、更に紫苑の転生者でもあるのだ。
継承者と守護者は力の質が違う。
破壊と創造のどちらが難しいか?
それはだれにでも見抜ける疑問である。
破壊することはたやすいが創造は難しい。
前者を得意とするのが守護者であり、後者を得意とするのが自然界を司る世界の寵児、継承者なのである。
従って力の質の違いのせいで、微妙なところはわからないものの、継承者の力の方が強大なのは事実だった。
地球人の器は脆い。
物質世界のせいか精神世界に生を受けた紫苑や惺夜の頃と比べると、遙かに脆弱な肉体しか持っていなかった。
そのせいで樹も力をセーブして使うようにしていた。
惺夜としての力を半分以上、封じ込んで力を使っているのだ。
そうしないと器の方が壊れてしまうので。
様々な制約の元に生きていた「宮城遠夜」こと「一条遙」は現在、父親の隆司の手によって力の封印を受けている。
そのせいで無事に育つことができたのだ。
だが、彼が亡くなってそろそろ3年になろうとしている。
2年が過ぎていく今、遠夜の力の封印は解かれる時期がきていた。
一条の直系であり、また「鍵」でもあり、そして「継承者」でもある。
どれほどの力が身の内に眠っているか、樹にも想像できない。
紫苑の頃と同じだとしてもはっきりいえば地球人の器では耐えきれないのだ。
あの頃でさえ、紫苑は力が強大すぎて、生きていくためにたくさんの枷を負っていた。
それほどの力が、いきなり封印が解かれて蘇れば、いったいどんな事態になるか、樹にも想像できなかった。
遠夜の身に危険が迫らなければいいのにと、樹はそんな悩みを抱えていた。
彼が紫苑だと知ってから気づいた問題点のために。
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