第六章 螺旋の迷図(4)
『直感を感じただけなんだけどね……。あの御方と共通するものを感じたんだよ』
『……』
『陛下にご報告する時期がきていることは認めるよ。でもね、大地? どうせご報告するなら悲しい真実ばかりでなく、未来に黎明を信じることができる希望も一緒だと、なおいいと思わない?』
『確かに』
『どんな手段を用いても構わないよ。結城隼人という少年が秘める魂の本質を調べてほしい。わかったね?』
『承知した』
応えは短い声で紡がれ、海里はホッと安堵した。
どこで落ち合うのか、とか、いつまでに調べるのだとか、そういう会話はいっさいなし。
海里は知っている。
海里が表向きの教職員という役割から解放される頃には、双生児の弟と顔を合わせていることを。
そのときまでにできることをやっておこうと、海里はそっと見守りつづけた。
己のすべてをかけて護り抜いてきた少年を。
「ほんとにおれなんかでよかったのか?」
「おまけに俺も一緒だし。本当によかったのか、結城?」
「構わないよ。きみたちふたりに学校付近を案内してもらえるとずいぶん助かるから」
「本当は遠夜ひとりに案内してもらいたかったんじゃないのか?」
蓮の本音を見抜いた発言には、思わずウッと詰まってしまった隼人である。
やっぱりなと思ったものの、辺りに漂う剣呑な雰囲気が、蓮に別れの言葉を言わせることを止めさせた。
なにかが起きる。
その予兆を蓮は全身で感じていた。
背後に隠れるようにして紫の姿もある。
彼もなにかを感じ取っているようだ。
それも遠夜の身に迫る危機を。
それと後ひとつよくわからない気配が遠夜たちを追っていた。
遠夜の動作をつぶさに追っている。
それに周りの気配を追おうと意識を拡散させてもいるようだ。
その尋常ならぬ力の持ち主がだれなのかが、蓮にはどうしてもわからなかった。
どこか馴染みのある気配のような気もするのだが。
3人がちょうど商店街から出て、路地へ差し掛かったところだった。
事件が起こったのは。
猛スピードで外車が走ってきて後部座席の扉が開いた。
あっと声を出す暇もない。
何本もの腕が伸びてきて、遠夜の自由を奪おうとする。
どこからどう見ても誘拐である。
1番に行動を起こしたのは蓮だった。
外車自体をドンッと蹴りつける。
中に乗っていた人間ごと外車は激しく揺れ動いた。
足で蹴るときに霊気を乗せていたのだ。
当然の衝撃である。
そのあいだに飛び出してきた紫が遠夜を救出した。
薬でも嗅がされたのか、遠夜は半ばぐったりしていた。
「遠夜っ!! 遠夜っ!!」
紫が何度も頬を叩くと遠夜の瞳に光が戻った。
「あれ? 紫会長? おれ、どうして……」
「そこのきみっ!! 遠夜を連れてなるべく人目のあるところまで逃げなさいっ!! すぐにわたしたちも追いかけるからっ!!」
「わかりましたっ!!」
状況がわからないながらも、逃げた方がいいと判断した隼人は、素直に紫の指示に従った。
経験でこういうときは逃げた方がいいと知っていたからだ。
一方、外車の方からも、どこにこれだけ隠れていたのかと思えるほどの人数の男たちが降りてきていた。
逃げようとする遠夜を捕まえるためだろう。
一度の失敗では懲りないらしい。
臨戦態勢に入った紫と蓮は、背中をピタリと合わせ間合いを図った。
ふうっと蓮が霊気を吐く。
それだけで数十人の男たちが吹っ飛ばされていく。
だが、なんらかの力を持っているのか、彼らはその程度ではダメージを受けないようだった。
「紫、ヤバいぜ。こいつら一門の奴らだ。本気でやらないとダメージは与えられないぜ。でも、本気でやったら殺してしまう。どうする?」
「どうするもこうするもないだろう? 遠夜に手を出しただけでは飽き足りないのか。
彼らが一門の者なら、まだどこかに隠れている可能性もある。遠夜たちが心配だ。ここは蓮に任せるから、催眠暗示でもして記憶操作しておいてほしい」
「めんどくせぇとばかりも言ってられないか」
「後は任せたよ」
「任せろ。紫にも遠夜を頼む。ケガひとつさせるなよっ!!」
「承知」
短く答えて紫は商店街の方へと戻った。
だが、紫は一歩遅かった。
ふらついた足取りの遠夜を引っ張って、隼人はなるべく安全な方へ移動しているつもりだった。
だが、どこに隠れていたのか、明らかにさっきの奴らの仲間だと思える男たちが現れ、遠夜に腕を伸ばしてきたのだ。
遠夜は朦朧とした意識でも、それを感じ取ったらしい。
逃れようと抗って無防備に車道へと飛び出した。
「遠夜っ!!」
自分でも知らないあいだに遠夜の名を呼び捨てにしていた隼人が、絶望的な表情を浮かべている。
対向車線から走ってくる車。
それは相当なスピードを出していた。
急ブレーキの音が響く。
だが、間に合わなかった。
遠夜の身体が宙を舞う。弧を描くように。
だが、その身体が地面に激突することはなかった。
だれかが中空で抱き止めたからだ。
「海里!! 遠夜君の容態はっ!?」
「大丈夫。車との接触は軽かった。出番を最後に残しておいて正解だったよ。大地はすぐに彼らの後を追ってくれ。首謀者がだれなのか知っておきたい」
「海里はどうするんだ?」
「惺夜さまの下へ行く。大地も用事を終えたらくるといい。報告は必要だろうからね」
「わかった。後は頼む」
ストンと着地した海里の元へ、信じられないと顔に書いた隼人がやってきた。
「七瀬先生。あなたはいったい……」
海里は苦い表情をしている。
それに隼人は海里が言った「惺夜」という言葉にも反応していた。
どこかで聞いたような気がする。
遠夜に感じるのと同じ既視感。
「巻き込んでしまったね。こんな意味で宮城君にひとりになるなと言ったつもりはなかったんだけど」
「そんなことよりあなたはだれなんですか?」
「少なくとも彼の敵じゃない。それだけは憶えておいてくれないか?」
重ねて言われて隼人は不承不承頷いた。
たった今、海里が遠夜を助けたことは事実なのだから。
「巻き込んでしまって申し訳ないんだけど、きみはもう帰ってくれないか?」
「そんなっ!!」
「これ以上はきみが立ち入るべき問題じゃない。少なくとも今のきみが関わっても意味がないんだ。時はまだ訪れていないから」
この短い時間によく確信を得てくれたと、海里は双生児の弟を褒めたい気分だった。
悲劇を黎明を秘める希望へと変えることのできる少年がそこにいる。
不思議そうな顔で海里を見て。
意外な形での邂逅。
この奇跡に感謝したかった。
「ぼくの言葉がすんなり理解できたとき、きみもすべてを知るだろう。ぼくに言えるのはそれだけだ」
「わかりました。時がきたらぼくにも教えてくれるんですね?」
この問いに海里はかぶりを振った。
ゆっくりと一言ひとこと違えることのないように答える。
「ぼくが教えるんじゃない。きみが自分の力で知るんだよ」
言葉の意味はわからなかったが、彼がこれ以上なにも語らないことは隼人にも理解できた。
仕方がないので黙り込む。
一部始終を見ていた紫が駆けつけてきたのは、その次の瞬間だった。
「遠夜はっ!!」
「宮城君なら無事だよ。それよりもうかつだね。きみや蓮がついていて、こんな結果になるなんてね。平和ボケが過ぎて力の使い方を忘れてしまったんじゃないのかい、魔将、紫?」
「……だれだ? 綾乃の仲間か?」
「ハズレ。それより惺夜さまの下へ連れていくつもりだけど、きみはどうする? きみや蓮が同行すると、惺夜さまが不機嫌になられるだろうけど」
「惺夜さま?」
一門の者でも樹のことを、そんな呼び方はしないだろう。
彼には今生で得た和宮樹という名前がある。
彼は本当にだれなんだろう?
「なにかあったのか、紫? 遠夜の奴、意識を失ってるみたいだったけど。それにどうしてここに七瀬がいるんだ?」
「知り合いなのかい、蓮?」
「知り合いもなにも俺たちの担任だ」
海里に対する謎ばかりが深まる紫だったが、ここは退いた方がいいと判断した。
樹が誤解する可能性があったからだ。
紫や蓮が一緒だったから遠夜が狙われたのだ、と。
メリットとデメリットを計算に入れると、同行しない方がよいと判断できた。
非常に不本意なのだが。
「ではわたしと蓮はここで一旦退きますが、後で必ず答えていただきますよ、七瀬教諭」
「答えられるときがきたらね」
どこまでも捉え処のない海里に紫と蓮は苦い表情を浮かべていた。
遠い昔に重い絆で結ばれていた人々が今集う。
そのときはすぐそこまできていた。
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