第四章 遠い呼び声(3)
「キレーな担任だなあ」
遠夜が感心すると蓮も割って入った。
「ありゃあ紫と人気を2分するぜ、きっと」
言いながらてきぱきとH/Rを進めていく海里を凝視する。
久しく感じたことのない強烈な波動。
強大な力は隠そうとしても隠せないものだ。
特に蓮のように気配に敏感だと。
和宮一門の力の波動とも違うが、かなり強大な力の持ち主だ。
(何者だ? いったい?)
蓮の疑惑を感じ取ったように海里が蓮を見た。
見て一瞬だけその瞳が厳しい光を帯びた。
そうして何事もなかったように教室を後にした。
どうやらなにかが起きはじめているらしい。
蓮もいつまで呑気にしていられるやら。
「ああ。宮城くん」
放課後いつものように樹の車で帰ろうと、校門に向かっていた遠夜は、突然そう声を投げられた。
振り向けば新しい担任が立っている。
「なにか用ですか、七瀬先生」
「宮城くんにはご両親はいらっしゃらないんだよね?」
「そうですけど」
「それでお兄さんと同居されていると」
「はい。それがなにか?」
「町村先生からもまだ家庭訪問をしていないと聞いてね。明日にでも、いや、この後すぐにでもお伺いしたいんだけど?」
「え……」
この先生は樹が理事長だと知らないのだろうか。
今までは理事長権限で、そういったことからは逃れていたのだが。
「そのことなら必要ないと校長先生から伺っていませんか」
「一応聞いたんだけどね。ぼくとしてもお兄さんが、どうやって生計を成り立てているのかとか、聞いておきたいことがあるんだよ。だから、これはぼくの独断」
ニコニコとそう言われ、遠夜はけっこう我が道をゆく人だなあと呆れていた。
そんなことをしたら自分の首が絞まるだけだと思うのだが。
「兄は喜ばないと思いますけど」
「喜んでもらうために家庭訪問するわけじゃないから」
これはどう言っても諦めないらしいと判断して、遠夜は力なく肩を落とした。
「今からぼくは兄の車で自宅に戻ります。よければ一緒にどうぞ。ぼくたちと一緒でなければ家には入れませんから」
「そう。わかったよ。支度は終わっているから行こうか」
そう言ってふたりで並んで歩き出しながら、海里が何気なく遠夜を見下ろした。
なんだか懐かしくなるような眼をした人だ。
「ぼくのことは海里でいいから。それと敬語もやめてほしいな。それだと距離をおかれてるみたいで、ちょっと寂しいし」
「先生に対してそれはちょっと……」
「気にしない。気にしない。きみは特別なんだから」
なんだか樹が理事長であることを知っているような口調だと思った。
実際にはもっと深い意味があったのだが。
校門のところに行くと高級感溢れる外車が止まっていた。
海里も車の運転はできるし、偽造した物だが運転免許証も持っているが、故郷にはこういった乗り物はなかったため、今でもちょっと苦手だ。
さすがに17年ほどでちょっとは慣れたが。
海里は事故らないように安全第一で運転をするが、大地はその性格が表れているような、とてもスリリングな運転をする。
海里はなにがあっても、大地の運転する車には乗りたくなかった。
遠夜がいつものように車に近づいていくと、運転席に座っていた樹が怪訝そうな顔をした。
遠夜の隣を歩く青年に見覚えがなくて。
それに気配がちょっと変だ。
この地球に馴染まない波動を放っている。
黙っていると遠夜が窓から覗き込んできた。
「この人、おれの新しい担任の七瀬海里先生。なんでも家庭訪問したいんだって」
「家庭訪問?」
「樹にも逢いたいって言ってたから連れてきた。乗せてもいいか?」
いつもなら理事長権限でいやだと撥ね付ける樹だが、海里が放つ波動がどうしても気になって、ここで無下に断れなかった。
なんだかとても懐かしい波動のような気もする。
「どうぞ」
短く答えると遠夜が後部座席の扉を開いた。
「海里先生は後ろに乗ってくれよ。おれは助手席だから」
「わかったよ」
答えて海里も車に乗り込んだ。
いつも大地とふたりで見上げているマンションに、車が吸い込まれるように入っていく。
中に入るのは初めてだが、エレベーターが4つあるのには驚いた。
住人はふたりなのに必要あるのだろうか。
ワンフロアに4軒しか家がなく、遠夜と樹は最上階の5階の家で暮らしている。
リビングに通された海里は、遠夜が慣れた仕草で珈琲を淹れてくれたのを見て、すこし笑いたくなった。
彼の身分的にこういうことをするというのはおかしいのだが。
それから正面の樹を見た。
遠夜は樹の隣に陣取っているが、眠いのかしきりに眼をこすっている。
「遠夜。眠いんだろう? こちらのことは気にしなくていいから眠ればいいよ。帰ってからの仮眠はきみの日課だからね」
「でも、家庭訪問だし」
気にする遠夜に海里も割り込んだ。
ここで彼に同席されるのはまずいのである。
突っ込んだ話ができないから。
「ぼくのことは気にしなくていいから眠ってきたらいいよ。なんなら起きるまで待っていてもいいし」
「でも……」
「遠夜」
言い聞かせるように樹が名を呼んで、遠夜も諦めたようだった。
「わかったよ。寝てくる。おやすみなさい」
それだけを告げて遠夜は眠そうに部屋に引き上げた。
ふたり残された樹と海里はじっとお互いの瞳を見ている。
真実を探るように。
「不躾にお訪ねしたことをまずお詫び申し上げます」
「きみは……」
教師らしからぬ口調に樹は一瞬、理事長だと知っているのかと疑ったが、続いた言葉は樹の予想外のものだった。
黙って立ち上がった海里が場所を移動すると、樹に向かって片足を引き、片腕を胸の前で押さえて礼を取った。
故郷での貴人に対する正式なものである。
驚いて反応を返せない。
「惺夜皇子にはお初に御目文字つかまつります。皇帝陛下直属の近衛士官、海里と申します」
「兄上のっ!? 故郷の者が何故地球に……」
「実はもうひとりご紹介したい者がいるのです。この家の真下で待っているのですが、ここに招いても構わないでしょうか。詳しい説明は全員が揃ってから致したいのですが」
「ぼくの素性を知っている以上、きみは故郷の者なんだろう。きみはぼくを皇子と呼んだ。それは今ではだれも知らない呼び名称だ。説明は受けるべきなんだろうね」
これが事実上の許可だった。
海里は窓辺に立つと下から見上げている弟に上がってこいと合図した。
「セキュリティと結界は突破させていただきます。なんでしたら後でおかけ直しください」
「まあ故郷の者が関わるなんて思っていなかったから、地球の者にだけ有効な結界を張っていたのは事実だけど。きみたちはぼくの結界を突破できるんだね」
「もっと早くお目にかかることもできたのですが、セキュリティや結界を突破して、いきなりやってきた者を、皇子は信用なさらなかったでしょう? いくら皇帝陛下の御名をお出ししても」
「たしかに警戒の方が先に立つだろうね」
「ですからこういった手を使わせていただきました。ご無礼のだんは平にご容赦ください」
「遠夜の担任になったのも故意だったということか」
ここまで話したときに大地が入ってきた。
入れるように玄関に細工をしておいたのだ。
ここの玄関はカードキーで、だれかが出て行ったり入ったりすると自動的に鍵がかかる。
海里はさっき入るときに鍵がかからないように細工したのだ。
そのために大地は入ってくることができたのだが。
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