表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の継承者  作者:
1/64

序章


 



 序章




 風が唸り声をあげて少年の身を包む。


 真空の刃のように、それは恐ろしい威力をもつ。


 敵対する青年の瞳に竜の姿が映った。


 細長い巨大な胴体を少年の身に巻き付けているようにみえる。


 それはそのまま風が竜の姿をとって、彼の意に従っている証拠でもあった。


 手の中で凝縮する力が、みるみる剣の形をなした。


 真空の竜を自らの意で操り、少年と対峙する青年の澄みきった黒い瞳をみつめる。


 今生の別れを惜しむような、それは悲しげでせっぱ詰まった瞳だった。


 地上の者にはなす術のない空中戦。


 空に浮かぶそれぞれの大将に、戦いを中止した者たちが、じっと視線を注いでいた。


 ひとつの時代に終止符が打たれようとしていることを、だれもが感じ取っていた。


 この決戦でどちらかの大将が討たれることを、だれもが覚悟したのだ。


 そしてそれは長く続いた大戦の終焉でもある。


 人の子と魔性の者たちの、それぞれの生存権をかけた戦いについに幕がおりる。


 ある意味でそれは一方的な決着だったかもしれない。


 空中で対峙する敵軍の将に抵抗する気配は微塵もない。


 ただ討たれるのを覚悟した静かな瞳があるばかり。


 青年の覚悟を読み取った少年の一瞬のちゅうちょ。


 それを断ち切るように敵軍の将たる青年は、彼に向かって両腕を広げた。


 まるで抱き止めるために招くような動作だった。


 凪ぐことのない水面のような黒い瞳が、強い意志を宿しうながした。


(……来いっ!!)


 言葉にならなかったその想いを感じ取り、泣き出しそうな瞳を浮かべ少年は宙を駆ける。


 腕を広げ抱きしめるために待ち受ける人の腕の中へ。


 形のない純粋なる力で形成された剣が、体内を突き抜ける感触が、少年の腕に伝わった。


 温かな血が両腕に流れくる。


 今しも失われようとしている生命の炎。


 けれど彼の人は抱きしめた腕の力をゆるめようとはしなかった。


 すぐに感じ取れなくなる大切なぬくもりを、永遠に連れていくために。


 愛しさを自らの魂に刻み込むために。


 最期の力を振り絞り、青年は抱きしめる。


 それは体内の剣をさらに招く形になった。


 少年の手によるトドメを望むように。


 腕の中の少年の体はひどく震えていた。


 怯えて震えて子供のように泣いていた。


 それは初めてみる年相応の彼の素顔だった。


 剣から手を放すこともできずに、ガチガチに強ばった身体。


 ひどく震えてまっすぐに見返していた。


 あれほど望んだ瞳が、今こそ自分の目の前にある。


 その幸福に酔いしれて青年は微笑う。


「……愛しているよ、紫苑……」


 最期のささやきが彼に届いたのかどうか、青年は知らない。


 顔をグシャグシャにして、幼い子供そのままに泣きじゃくる彼を、ただ慰めたかった。


 泣かないでとささやいて、遠い昔のように笑ってほしかった。


「紫苑」


 決着を見届けた地上で、彼の半身が名を呼ぶのが聞こえた。


 焦がれ、焦がれた存在を運命で手に入れた半身たる守護者の声。


 どれほど彼を羨んだだろう。


 どれほど彼を妬んだだろう。


 自分の居場所を当然のように手に入れた彼を。


 半身たる守護者が継承者を手に入れるのは運命だと知っていた。


 だれにも引き裂けない、それが世の理であると。


 それでも奪われたとしか思えなかった。


 これ以上みたくなかった。


 彼が守護者と共に生きる姿を。


 自分の居場所を奪った守護者をみていたくなかった。


 死の刹那。


 ふと脳裏をよぎった。


 このまま彼を連れていけたら……道連れにできたなら、それはどれほどの幸福だろう?


 遠い昔を死によって取り戻すことができるのだから。


 力が抜けていく。


 生命の火が消えていく。


 それでも腕の中のかけがえのない宝を手離したくなかった。


「いやぁぁぁぁぁっ!!」


 地上で壮絶な悲鳴が上がった。


 それが妃の悲鳴であると青年は気づく。


 妃の悲鳴を聞いても、夫の死を嘆く妻に気づいても、彼の心は腕の中の少年にあった。


 あんなに愛してくれる妃の涙を知っても、愛しているのは腕の中の紫苑だった。


 それがどんなに残酷なことか知っていても。


 妃の涙より、今自分を手にかけた紫苑の涙に心が痛む。


『わたしはこの度の大戦で紫苑に討たれるだろう。もうその覚悟はできている』


 死が目前まできたとき、妃にそう言った。


『わたしにとってこの度の戦は死に場所を決めるためのもの。きみには残酷なことを告げていると思う。それでもわたしのことは忘れてほしい。わたしはこの生命を紫苑に手渡そう。それが彼の望みだから』


 愚かなことかもしれないが、このときは本気でそう信じていた。


 彼の望みは自分の死だと。


『わたしは最終局面で妃であるきみではなく、敵軍の将軍たる紫苑を選ぶ。けれどどうか紫苑を憎まないでほしい。敵討ちなど考えないでほしい。わたしは殺されるのではなく、彼の手にかかることを望んでいるのだから』


 戦いの前夜、そう告げたとき、妃は狂ったように泣いて否定した。


 受諾することをいやがって何度も泣いた。


 今それが現実となって妃の、これからの動向が気がかりだった。


 生命を放棄することさえ厭わないほど、魂で愛した少年に牙を剥かないか、それだけが。


「ごめん……なさい……」


 涙で途切れがちな声が聞こえたような気がした。


 それが青年の最期だった。





 抱きしめてくれていた腕から、不意に力が抜けたと思ったら、生命を失った肉体は落下をはじめていた。


(いやだっ。失いたくないっ)


 全身全霊で魂がそう叫んだ。


(ひとりにしないでっ。置いていかないでっ)


 心のどこかでずっと泣きじゃくる、あの日のままの幼い自分がいた。


 成長しそこなった子供が。


 なにも考えていなかった。

 追い求め焦がれる気持ちそのままに、すでに生きていない彼を追いかけて、地上へと落ちるその中で、泣きながら抱きしめた。


 周囲のことなどすべて忘れていた。


 惺夜の声が響くまでは。


「いけない、紫苑っ!! 風の竜がきみの制御から外れてしまうっ!!」


 天候を操ることさえ可能な風の竜。


 それは今紫苑の制御から離れ、命令系統を見失い、暴走をはじめていた。


 守護者の力は闘うための力。


 自然的に働きかける力など生まれつき持っていなかった。


 ハッとして視線を流した紫苑は、竜が暴走するその正面に見知った人物の姿を発見した。


 愕然とした表情で立ち尽くし、なす術もなくみている。


 自らに襲いくる大自然の脅威を。


 紫色の魔性の瞳を大きく見開き、どこかホッと安堵したような表情さえ浮かべ。


「星の継承者、紫苑が命ず。風の竜よ、我が掌中に戻れっ!!」


 無謀ともいえる絶対命令を紫苑が発した。


 聞きとめた瞬間、彼の守護者はすべての結果を悟り青ざめて叫んだ。


「やめるんだ、紫苑っ!! そんなことをしたらきみはっ……!!」


 泣き出しそうな惺夜の顔をみて、紫苑は晴れやかな笑みをみせた。


 なにもかも覚悟した瞳に惺夜は戦慄する。


 荒れ狂いなにもわからなくなった風の竜にとって、紫苑の命令は暴走の進路の変更でしかなかった。


 違った命を発し抑え込むこともできたはずである。


 しかしとっさに浮かばなかったのか。


 紫苑が選んだのはまさに最悪な方法だった。


 命令をやり直す時間的余裕はすでになかった。


 渦を巻く自然界の力。


 それは暴風雨のような激しさと恐ろしさでもって、紫苑に襲いかかった。


 紫苑の命令どおりすべての力を彼に集中させて戻ったのである。


 それは風の竜にとって、君主の制御ではありえない。


 荒れ狂い主人すら見極められぬ狂気の力は、絶対的な君主たる少年を屠ほふった。


 紫苑の全身が驚異的な自然界の力に引き裂かれ、止めどない血飛沫が飛んだ。


 自然界すべてを染める朱の色。


 紫苑の血が地上を、空を、森を木々を染めたとき、それらは不意に怯んだようにみえた。


 止めどなく流れ、失われていく血液。


 止められない生命の消滅。


 敵の将の遺体を抱いたまま、落下する紫苑を風の精霊が受け止めた。


 紫苑の死が免れることのない現実だと悟ったとき、自らの罪を知り世界中が恐怖と畏怖の念で震撼する。


 生命尽きようとするそのときも、敵の将を抱きしめて離さない紫苑を、守護者たる少年は呆然と見下ろしていた。


 震えながら跪き、己が半身たる少年を抱き起こす。


 それでも紫苑は地に横たわった彼の遺体の手は離さなかった。


 最期の力で握りしめたまま、うっすらと眼を開けた。


 血まみれの姿で、土気色の死相が浮かんだ顔色で、消えかかりそうな笑みを投げる。


 震えて声もかけられない守護者に。


(紫苑はもう助からない。ぼくの生命を賭して癒しても、彼の生命は救えない)


 守護者としての惺夜の力が、冷酷な事実を告げている。


「泣く……なよ、せ……や」


 消えかかりそうな紫苑の声が、なにか言ったような気はした。


 だが、動揺し動転した惺夜には届かない。


 最期の力で届けたささやきもまた。


「……ご、めん……」


 なんの謝罪だったのか。


 涙の浮かんだその一言で、なにを告げたかったのか。


 紫苑は語れないまま事切れた。


 瞳は閉ざされ、その瞳は二度と開かれることはない。


 奇しくも紫苑が手にかけた彼の望んだとおりの結果になった。


 人の子と魔性の生存権をかけた最後の大戦で、両軍の将は相討ちに近い形で、長き戦いの幕を閉じたのだった。




 今はもう遠い昔。


 語り部たちも語らない伝説。


 魔と神が実在していたというお伽噺。


 それが動き出すのは悠久の時が流れた後だった。




 どうでしたか?


 面白かったでしょうか?


 少しでも面白いと感じたら


 ☆☆☆☆☆から評価、コメントなど、よければポチッとお願いします。


 素直な感想でいいので、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ