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「ごめん」

 俺は、力が欲しかった。たった一人の、大切な人を守れるくらいの力が。


 俺たち家族には敵が多い。何でも遠い先祖が、かの悪名高き悪魔だったからだそうだ。そんな二千年も昔の誰かさんとの関係がどうこう言われたって、正直知ったこっちゃないのだが、周囲はそれを許してはくれなかった。


 自分たちを現在進行形で追い詰めている脅威に対して、人間はあまりにも無力だったのだ。だからこそ直視しないことを決めて囲いを作り、揺り籠の内側へと引きこもったのだから。しかしそれだけでは、人々は心の安寧を保てなかった。


 人身御供、生贄、共通の敵、呼び方は何でもいいが、好き勝手に石を投げつけても誰にも文句を言われないような、捌け口が必要だったのだ。それに俺たちが選ばれたことは、納得は出来なくても、理解は出来る。今日まで表立って町中を歩くことも、真っ当な仕事にありつくことも出来なかったが、辛うじて生存権だけは認められていたから。


 それ以上に、俺にとって大切な人の、母さんの笑顔があったから。この立場に甘んじることを、少なくとも許容は出来たのだ。


 だけど今日、母さんが死んだ。まだ三十手前だった。

 俺たちの家系は元々女が短命らしく、そこに風邪を拗らせたことが祟りあっさりといってしまった。母さんは、元々寿命は近かったと、辛そうにしながらも笑っていた。


 俺はそんな姿を見ていられなくて、薬を手に入れようとした。そのために、無茶を承知で揺り籠の下に降りて何頭も獣を狩った。あれは一匹でも纏まった金になってくれるから、命懸けにはなるがやる価値はある。


 その後は手に入れた金を持って、町に薬を買い求めた。だが、俺に薬を売ってくれる店は一つとして存在しなかった。当然と言えば、当然だったのかもしれない。


 俺たちは町外れでひっそりと暮らしているが、悪意を持った来客は後を絶たない。そしてその中には、商会の連中だって混じっていた。それらすべてを暴力で追い返していたこともあって、俺は悪目立ちし過ぎていたのだ。


 どこの店へ行っても、どれだけ金を積んでも、何度頭を下げても、『悪魔の末裔に売る物は一つもない』『他のお客様のご迷惑になりますので』と、門前払いだ。結局夜になっても薬は買えず、俺は帰途に就いた。お笑い種だ。母さんを守りたくて力を付けたのに、それが何の役にも立たない。どころか、足枷になってしまっている。


 家に帰り着くと、母さんは冷たくなっていた。まだそれほど時間が経っていなかったのか、目尻には乾きかけた涙の跡がうっすらと浮かんでいた。


 ////


 遺体は、夜が明けてから火にくべた。というのも、俺が眠ったままの母さんの横を、日が昇るまで動けずにいただけなのだが。


 揺り籠では遺体を灰にした後、町の中央にある共同の墓地に納めることになっている。しかし、俺たちにはそれが許されていない。悪魔の末裔である者の墓なんて、すぐに荒らされるのがオチだ。


 だから、我が家の墓は家の地下にある。大昔、それこそ人類が引きこもりだした頃から使用しているものらしく、かなり古めかしい様式の巨大な黒光りする墓石に、先祖代々の名が刻まれている。その末尾に母さんの名を加え、小さな箱に詰めた遺骨を納めた。


 儀礼的な作業を終えた後、俺はぼんやりと己の手で刻んだ母の名前を見つめる。


 俺は、母さん以外の家族を知らない。母さんの母さん、祖母は俺が生まれるよりも前に亡くなっていたし。父親、と言うのにも抵抗があるが、その男については顔も、名前も知らない。母さんも、多くは語らなかった。


 ただ、一族の女性たちは生まれてからしばらく、存在を秘匿するらしい。自分たちがいることを、町の人間に気取られぬように。そうしてある程度の年齢になったら、町に出て適当な男と一夜を共にする。


 それが、短命な一族が子を為すための手段で、そのおかげで俺がいるというのも、理解している。理解は、しているのだ。けれど、母さんはまだ体が未熟な時分に俺を産んだせいで下半身が麻痺し、生涯、自分の足で立ち上がることが敵わなかった。


『お前はバカだなー。これはあたしの勲章なの。子どもは難しいことを考えないで、黙って親の愛情を受け取るのだー。ほれほれ、昔みたいにママ愛してるーって言ってくれても良いんだぜー? むしろ言え』


 母さんは、俺よりもずっと強い人だった。辛くないはずがないのに、決して自分の境遇を嘆くことをせずに、いつも、笑っていた。その昔、周囲からの悪意に耐え切れず泣いてばかりいた幼い俺は、思わず聞いてしまったことがある。どうして母さんは、そんなに笑っていられるのかと。


『そんなの、幸せだからに決まってるじゃん。体は動かなくても、あたしには愛しい我が子が居る。これに勝る幸せなど、あろうはずがない‼ ふっふっふ、それにね。辛いことも悲しいことも、全部笑い飛ばしてやれば、それだけで最強になれるんだ』


 そう言っていたはずの母さんが最期に流していた涙には、どんな意味が込められていたのだろう。病の苦しみ? 開放されるという安堵? 孤独への悲嘆? 俺には、分からない。彼女の最期に、傍にいてあげられなかった俺には。


 ああ、そうだ。俺は、間に合わなかった。自分勝手な我儘で、薬なんて買おうとしなければ。大金を求めて、危険な橋なんて渡らなければ。すべてが空回りで、酷く、滑稽だ。こうして独りになって、自分を顧みれば、どうしても気付く。


 俺の人生は、母さんが中心だった。辛いことの方が多かったけれど、あの人がいたから、俺は頑張れた。あの人が笑ってくれるなら、俺はどんな無茶だって出来た。あの人が幸せになってくれるなら、それ以外は、何もいらなかったのに。


「……あ、あぁ」


 ようやく、もう母さんを過去形でしか語れないことに気が付いて、涙が零れた。それは、堰を切ったように、どんどん溢れてくる。みっともないと思っても、止められなかった。すると、涙と同じくらいに、後悔が湧いてくるのだ。


 ごめん、間に合わなくて。ごめん、最期に一緒にいられなくて。ごめん、やっぱり俺は、母さんみたいに笑えないんだ。でも、すぐに終わるからさ。もう少しだけ、このままでいてもいいかな。

メンヘラ主人公くんです。

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