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後輩の義理チョコにマジレスしてみた

作者: 城野白

 二月十四日に対して、三月十四日はどこか存在感が希薄である。


「世の言説によれば、製菓会社がチョコレートを買わせるための戦略らしいけど。だったらそのお返しまで『このお菓子を買って渡しましょう』って決めてほしいよな。その方がトータルの売り上げも伸びそうなのに」

「あのですね先輩。女子っていうのは、けっこう面倒くさいんですよ」


「というと?」


 三月一日。

 高校の卒業式が午前中で終わり、持て余した暇を後輩の梅川理子と潰していた。

 こちとら受験すら終わった身であり、三月の間は無限の時間を与えられている。こんなくだらない話も、受験期にはできなかったので新鮮だ。


「こんな言い方したら悪いですけど、男の人って『チョコをくれる女子がいる』ということに喜んでるじゃないですか」

「もちろん。我々は浅はかな生き物だからな」


「でも、女子はそうじゃないんですよ。『気になる人からお返しがもらえた』か『お返しの内容が嬉しかった』しか嬉しいパターンがないんです。私がクッキーを嫌いだったとします。義理チョコのお返しに、義理クッキーをもらったとします。嬉しくないです」

「……なるほどねぇ」


 複雑なもんだ。


「クッキーはだめ、と」

「たとえ話なんですけど」


「クッキーでもいい、と」

「もしかしてですけど、ホワイトデー、お返しくれるんですか?」


「いらない?」

「ほ、ほしいです!」


 急にぐいっと来たので、すっと引いてしまう。


「……お、おう。じゃあなんか、こう、用意しとくわ」


 こくこく頷く梅川。よっぽど楽しみにしてくれるらしい。


 といってもだ。

 義理チョコにはどう返せばいいんだろうかとか、思ってしまう。







 義理チョコにもいろいろ種類がある。

 その中でも、市販のお菓子を詰め合わせてラッピングしたのは義理の代表格と言っていいだろう。義理オブ義理。みんなが喜ぶ幸せのハッピーセットだ。


 俺がもらったのは、それなわけだが。


 とりあえず義理じゃない可能性に賭けて、ネットの様々なサイトを漁った。恋活ラボみたいな名前のとこ。『あの子は本命? それとも義理? 見分け方5選』とか、『本命彼に送るならどんなチョコ? 最近の流行10選』など。


 男側、女側の両サイドから攻めてみたものの該当なし。

 ついには『学生の義理チョコはどんなのがいいの?』という記事でお菓子の詰め合わせを発見。無事死亡。テストは成功。やったね人生トータルで見ればプラスだ。


 …………だーめだ。


 高校も卒業しちまったし、春から大学生だし。引っ越しとかはないけど、さ。

 情けないったらないよな。


 いやね。本当は卒業式のどさくさに紛れて告白とかしちゃおうと思ってたのよ。あっちこっちで目を盗んで成立していったカップルに紛れて、玉砕するなり成功するなりすればいいと思っていたわけだよ。

 どうせ今日ならミスってもいい思い出になるかな。的な考えがあってさ。


 だけど、義理チョコを引きずってその勇気もなく。

 本命、本命チョコだったら言えていたのだろうか。つーか、だったら言ってたわな。


 勝算があれば勝負する。なければしない。

 そんなもんだろ、実際。


 机の隅には、バレンタインにもらったラッピング。空になっても捨てられず、しわもないまま置いている。表面には小さな付箋が貼られていて、『受験ファイトです』と書いてある。

 少し丸くて整った、俺には書けない文字。


 それを見るだけでやるせなくなるんだから、重症だ。

 なにかの奇跡で、なにかの間違いで電話がかかってきやしないだろうか。呼び出されて、告白されやしないだろうか。


 そんなことばかり、考えている。

 考えているだけで、時間は過ぎていった。







 梅川は部活の後輩で、一学年下のマネージャー。俺たちの世代にはマネージャーがおらず、いろいろと苦労をかけた。大変なときでも彼女は笑ってくれて、それがどれだけ眩しかったか。

 選手間でも人気があり(といっても恋愛的なものではなく、人として)、彼女に対する不満の声は聞いたことがない。


 引退した後も何度か相談を持ちかけられたが、概ね上手くやってくれているみたいだし。

 なんというか。

 すごいやつなのだ。


「お前はすごいな」


 と言うと、


「普通ですよ」


 と返す。その横顔が好きだった。


 俺のことを慕ってくれているのなんて、奇跡みたいなことだ。

 慕ってくれるのが奇跡なら、これ以上を望むのは傲慢か。




 三月十四日。

 なんの結論も出ないまま、デパートで買ったお菓子を手に街を歩く。


 俺はたぶん、なにもしない。それでいい。

 部活の午前練習が終わった流れで、梅川は来てくれる。


 二年間で見慣れたジャージ姿だ。他の姿を想像しろと言われても、ぱっと浮かぶのが制服くらいしかない。


「お疲れさま……今年もすごい量だな」


 部員に愛されるマネージャーがホワイトデーにどんな姿になるか。バレンタインのお返しを一身に受け、計画性のない小学生の終業式みたいな格好になる。

 元々は全員でお金を集めて、代表が買っていたのだが。去年からはルールが変わり、我が部の伝統となりかけている。


「あと一個くらいは、ギリギリ持てますよ」

「持ったところで、食べきれるのか?」


「二ヶ月かければなんとか」

「大富豪だな」


「もうちょっと手加減してくれてもいいんですけどね」


 困ったように笑う。だけど嬉しそうで、きっと部員達は満足したことだろう。

 その笑顔を見るのも、今年が最後か。


「じゃあこれ、俺から……頑張って持てよ」


 俺は一体なんのために、ここに来たのだろう。持ってきた紙袋を差し出そうとして、そうじゃないだろうと腕が止まる。


 よき先輩後輩でありたいから?

 思い出の中で綺麗に残っていてほしいから?


 それとフラれることの、どこに違いがある。同じだろ。全部。

 先輩として慕われたいわけじゃない。同窓会で笑い合いたいわけじゃない。


 明日がほしいのだ。

 明後日がほしい。

 その先の日々がほしい。

 途切れず続いて、普通に流れていく時間を共にあってほしい。


 それだけの願いだ。


「先輩?」

「なあ、梅川。お前の好きな物ってなんだっけ」


「好きな物ですか? ……甘ければだいたい、なんでも」

「そうなんだけど、そうじゃないっていうか」


「?」

「俺はさ、そういうことを知りたいんだ、と思う。知れるような距離感にいたいというか……嫌なんだよな。好きな人の好きな物すらわかってないのは。それで、安全なお返しとか考えるのが」


 ドサッと音がした。

 それは、両手に抱えていた大量のお返しを、目の前の少女が落とした音だった。

 遅れて、俺は自分が言ったことを反芻する。


「……………………あ」

「先輩」


「はい」

「今、なんて言いました?」


「はい」

「もっと前です!」


「大富豪だな」

「遡りすぎ!」


 ちゃんと聞こえていたみたいで、逃げ場はないみたいだ。

 まあもういいか。なんか吹っ切れた。


「好きです」

「私もです!」


「え、即答っ!?」


 ビックリして一歩下がってしまう。

 そんな俺の前で、梅川はふらふらと座り込む。そのまま上目遣いで、唇を尖らせて、


「よかった……。今日言われなかったら諦めようとしてたんですよ?」

「ええっと……ギリギリセーフ?」


「セーフです」

「よかったぁ」


 膝から力が抜けて座り込んでしまう。


「ぜっったいフラれると思ってた」

「なんでですか」


「いやだってほら、脈なさそうだったし」

「どこが」


「義理チョコが」

「はぁ。これだから先輩は。なんにもわかってないんですね」


「え、なんで俺が怒られてるの?」

「本命チョコなんて渡したら、受験に集中できないでしょ」


「…………」


 義理チョコのせいで勉強に集中できなかった。とは言い出せず。

 お気遣い、痛み入ります。


 でもほしかったな、本命チョコ……ぐはっ。


「安心してくださいよ。ちゃんと来年あげますから」

「心を読まれた?」


「態度で丸わかりです」

「ソウデスカ」


 来年、ね。


「今度はお前が受験生だけど、大丈夫か?」

「再来年に期待してください」


「泣きそう」


 清々しい笑顔だった。

 再来年か。二年後。遠いなぁ。


 やっぱりバレンタイン、一年に四回くらいにしませんか?

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― 新着の感想 ―
[一言] >やっぱりバレンタイン、一年に四回くらいにしませんか? 四年に一回でも良いですよ!
[良い点]  いいなあ。  糖分過多で精神的糖尿病になるー。 [一言]  家族親族以外からバレンタインチョコなんぞ貰った試しが無い人間からするとバレンタイン関連の小説はみなファンタジーカテゴリ。
[良い点] 甘ーい! これが青春時代の恋愛か(遠い目)
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