6話:庶民的なお姫様
衝撃の事実から少しして。
フィオナは無事に退院することが出来た。
「なんか寝たらすっかり良くなったわ。最近寝不足だったから、逆に良かったかも」
「最近はずっと夜遅くまで鍛錬に励んでいたもんね。やりすぎなくらいに」
「鍛錬はやればやるほど身につくものなのよ。お父様もそう言ってたわ!」
仲良く横並びになって歩いている二人の姿の後を追う。
フィオナ自身も気力がすっかり元に戻ったみたいで、さっきよりも言動に抑揚があった。
そんな二人を見守っていると、フィオナが俺の方に視線を合わせてきた。
「さて、じゃあこれからアンタにたっぷりとお礼をしないとね。何か欲しい物とかある? 食べ物でも家具でも何でもいいわよ」
「いや、流石にそこまでしていただかなくても……王族という身分の方を救えたというだけで自分は満足なので」
「それじゃあ、アタシの気が収まらないの! あと、その話し方も好かないわ。さっきもいきなりアタシたちの前で跪いて『ご無礼を致しました。フィオナ様――』だなんて言ってさ。アタシたちには砕けた会話で良いって言ったのに」
「で、ですが……」
そう、俺は数分前にお叱りを受けていたのである。
決して、無礼を働いたわけではない。
接し方が好かなかったようで、お叱りを受けたのだ。
でも普通の人間なら王族相手に馴れ馴れしく接する方が難しくないか?
しかも会ってからまだほんの少しの時間しか経っていないし。
「とにかく、アタシのことはフィオナって名前で呼びなさい。分かった?」
「わ、分かった。えっと……フィオナ?」
「ふふっ、よろしい♪」
フィオナはニコニコと笑みを浮かべる。
その脇で静かに囁くようにティアナが口を開いた。
「わたしのことも気軽にティアナって呼んでください。貴方はわたしたちの命の恩人です。それに王族とはいってもわたしたちはまだ国務すら満足に出来ていない未熟者です。ぶっちゃけて言えば肩書だけのお姫様なんです」
「はぁ……」
とはいっても、王族であることに変わりはない。
出来る限り、無礼を働かないように気をつけないと。
「さ、気を取り直して何か欲しい物はある? さっきも言ったけど、アンタに拒否は――」
――ぎゅるるるる
ん、なんだ今の音は。
誰かのお腹が鳴った音のようだったが……
「………っっ!」
「あ……」
音が鳴った直後、真っ先に反応を示したものが一人。
俺とティアナの視線は一気にフィオナの方を向いた。
「もしかして、お腹が空いているのか?」
「す、空いてないわよ! い、今のはそのっ……お、音を出してみただけよ。アタシ、お腹から音を自由に出せるのよ! 凄いでしょ!」
「……」「……」
それはまぁ何とも、無理がある返答であった。
しかもそこまで誇れるようなことでもないし……
これには妹のティアナも苦笑いで見守るだけだった。
「な、なによ二人してアタシをそんな目で見て……っ! ああ、もうっ! そうよっ! お腹が減っているのよ! 朝鍛錬から何も食べていなかったから、さっきからずっとペコペコ状態よ!」
あ、開き直った。
しかも超絶顔を真っ赤にしながら。
「う、うぅぅ……っ! アタシとしたことが、情けないったらありゃしないわ」
落胆するフィオナ。
でもそんな姿を見ていたら、何だか微笑ましく思った。
王族である前に一人の女の子なんだなって。
「それならこれをあげるよ。あっ、その前に場所を移そう」
「えっ……う、うん」
疑問符を浮かべるフィオナたちを尻目に、俺は二人を近くの噴水広場まで案内する。
そして近くに置いてあったベンチに腰をかけた。
「それじゃあ、改めて……」
俺は懐から小箱を取り出す。
「これって、マジックボックス……よね?」
「うん。この中にいいものが入っているんだ」
「いいもの?」
首を傾げるフィオナを横目に。
俺は小箱に魔力を流す。
するとぽわわんと煙が立ち、中から物体が現れた。
同時に香ばしい匂いがすぅ~っと鼻の中に入って来る。
「こ、これって……万衆堂の焼肉弁当じゃない!」
「ん、知っているのか?」
「もちろんよ! 万衆堂は大陸中にお店を構えてるし、アタシもここの弁当が凄く好きなの! 例えば……おにぎり弁当とかね!」
「お、おにぎり弁当を食べるのか? お姫様なのに?」
「あんた、アタシのことを何だと思っているのよ……」
お姫様だと思ってます。
てかお姫様がこんな庶民の食べ物を好んで食べているとは思わなかった。
この焼肉弁当だって高級とはいってもあくまで庶民からすれば少し値が張るってだけで、お金を持っている人間からしたら大したことはない額だ。
これは俺の偏見だと思うが、お姫様が意外と庶民的な食べ物が好きだってところに驚いた。
「本当に食べてもいいの? これはあんたが……」
「構わない。それよりもフィオナは戦いでエネルギーを使っただろ? 君も剣を持つ戦士ならば、しっかりと失った栄養分は補給しておかないと」
「そ、そうね。あ、ありがと……」
フィオナは弁当を受け取ると、弁当の蓋を開ける。
すると更に濃い匂いが辺りに充満していく。
これには流石のお姫様も頬の緩みが抑えきれなかったようで。
「お、おいしそう……い、いただきます!」
箸を持ち、ご飯の上に一切れのお肉を乗せてパクリと口に運ぶ。
「んん~~~~~っ! おいし~~~~!!」
幸せを顔全体で表現するフィオナ。
その食べっぷりに何故か俺までも幸せな気分になってくる。
「ティアナも食べてみなさい。すっごく美味しいわよ!」
「え、でもわたしは……」
「いいから!」
半ば強引にティアナにも食べさせるフィオナ。
遠慮していたのか、一口があまりにも小さかったが。
「お、美味しい……!」
「でしょ?」
ティアナも相当気に入ったようで、二口、三口と食べる回数が増えていった。
「あ、あんたも食べなさい。なんか……アタシたちだけ幸せな気分になるのは嫌だから……」
後ろめたさがあるのか、申し訳なさそうにティアナが言ってくる。
俺は別に気にしてはいないが……まぁ味は気になるというのは本音だったので。
「いいのか?」
「アタシに独占する権利はないわ。そもそも恵んでもらっている立場だし。それに、みんなで食べた方がもっと美味しくなると思うし……」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
俺も一口。
焼肉とご飯を合わせ、口に運ぶ。
「お、おぉぉぉ……! これは美味いな!」
「ふふふっ、アンタもそんな顔ができるのね」
「えっ……?」
フィオナはニヤッと笑いながら、モグモグと食べる俺を覗きこんでくる。
「なんか最初は物静かでクールであまり喋ることが好きじゃないのかなって思ってたけど、安心したわ」
ああ……
(俺はそう思われていたのか)
別に意図してそう振る舞っているわけじゃない。
単に性格的な面だ。
「美味しい物を目の前にしたら、嬉しいだろ? 俺も同じだよ」
「そうね。うふふっ♪ なんか今日は最高のお昼ごはんになりそうだわ」
「お姉さま、このお漬物も美味しいですよ! 酸味が効いてて――」
「あっ、ティアナ! いつの間に漬物に手をつけて! アタシもあえて手を出していなかったのに!」
なんか楽しいな。
飯を食うだけでこんな気持ちになったのはいつぶりだろう。
もうとうに昔の記憶だから思い出せない。
だから今は、この瞬間をしっかりと噛みしめておこう。
その後。
俺たち三人は仲良く会話を弾ませながら、焼肉弁当を突きあったのだった。
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