5話:白銀の姉妹
突然脳内に入って来る誰かの声。
その震え切った声に俺の身体は頭で考える前に行動を起こしていた。
実際に声が聞こえたわけではない。
でも誰かが助けを呼んでいることだけは分かる。
長年騎士として多くの人間を救ってきたからかは分からないが、俺の直感がそう言っていた。
俺は自分の直感を信じ、森の道を突き進む。
すると。
「あそこか」
剣の柄に手を添え、臨戦態勢を整える。
走りゆく先には大規模な魔物の群れが。
その奥の木々の下で魔物たちに追い詰められている少女たちの姿を目視する。
今にも襲い掛かろうとする魔物たちに俺は息を殺し、そっと背後に迫った。
そして魔力を身体全体に行き渡らせ――
「幻影一刀、『閃斬』!」
素早く振りぬき、剣撃の雨を魔物たちへ降り注ぐ。
目にも止まらぬ斬撃。
実体はほとんど見えず、魔物たちはさも勝手に倒れたかのように第三者へと幻想を抱かせる。
俺が会得している奥義剣術、『幻影一刀術』の剣技の一つだ。
「大丈夫か?」
魔物たちを一瞬で始末すると、すぐに少女たちの元へと駆け寄った。
良かった、どうやらケガはしていないみたいだ。
「あ、ありがとう……ございます」
ストレートヘアの白銀色の髪を持つ子が掠れ声でお礼を言ってくる。
相当ギリギリの戦いを強いられていたのだろう。
声だけでなく身体もふらついていて、体内の魔力も枯渇寸前だった。
しかし彼女よりも、もっと重体だったのは――
バタンッ!
「お、お姉さま!」
力尽きたかのように、派手な音を立てて。
不意に倒れたのはもう一人のショートヘアの少女だった。
♦
魔物討伐から一時間くらいが経過した。
俺は倒れた少女を都市内にある療養所に運び、目覚めの時を待っていた。
「ん、んん……っ」
「あ、目を覚ましたよ!」
「お、ようやくか」
少女は寝床から起き上がり、周りを見渡す。
「こ、ここは……?」
「病院だよ。お姉さま、魔物との戦闘の後に倒れちゃったんだよ」
「ああ……そうだったのね」
記憶が曖昧なのか、ふわっと答える少女。
肉体的だけでなく、精神的にも追い詰められていたんだろう。
「本当に、無事で良かった。倒れた時はどうしようかと思ってたけど……」
「バカね。アタシがあの程度でくだばるわけないでしょ。って……こんなところでそんなこと言っても説得力ないけど」
「ふふっ♪ でもあの時のお姉さまはカッコよかった。やっぱり敵わないなって思ったよ」
「まぁ……アタシはあんたよりも戦闘経験は積んでるから、あれくらいやらないと」
この姉妹は仲がいいなぁ。
俺には兄弟とかいないから羨ましい。
そんな風に二人を見ていた時だ。
「それはまぁいいとして……それよりも、コイツ誰?」
急に話題は俺のことへと傾く。
目覚めたら知らない男が一緒にいるのだ。
反応としては当然だろう。
だが俺が事情を話す前にもう一人の少女が事情を説明してくれた。
「お姉さま、失礼だよ。この方がわたしたちを助けてくれたんだから」
「アタシたちを助けた……? ああ、そう言えば気を失う前に一瞬だけ人影みたいなものが見えたような……じゃあ、この人が?」
「うん。あの魔物たちを退治してくれたの」
「馭者の人はどうなったの?」
「そのことも、この方が街まで送り届けてくれたの。幸い、ケガはしてなかったみたい」
「そう、良かった……」
少女はホッと胸を撫で下ろした。
「でも……やっぱりアレは夢じゃなかったのね。あまりに一瞬だったから、何か幻想でも見ているのかと思ったけど」
幻想だと思われていたのか。
まぁ俺の剣術自体、少し特殊だからな。
他者から見たらそういう風に見える人もいるのだろう。
「えっと、騎士殿。アンタがあそこに駆けつけてきてくれなかったら、アタシたちは今頃、お星さまになっているところだったわ。本当に……ありがとう」
「わたしからも改めてお礼を申し上げます。本当に、本当にありがとうございました」
二人は頭を深々と下げお礼を言ってくる。
今まで職業柄お礼を言われたことは何度かあったけど、ここまで気持ちを込めて言われると嬉しい。
お礼目当てというわけではないが、やはり気持ちのいいものだ。
「気にしないでくれ。俺も二人を助けられて良かったよ」
まさに間一髪ってところだったからな。
少しでも気付くのが遅かったら俺は悲惨な光景を目の当たりにしていたんだ。
本当に良かったよ。
「あ、そう言えば自己紹介がまだだったわね。助けられておいて名乗らないのは家の名が廃るわ」
「そうですね。本来は外出先で容易に名乗るのは禁じられているのですが……」
二人は何だかそわそわと話しながら、俺の方を見ると。
「まずはアタシね。アタシの名前はフィオナ=フォン・ローレンス。ローレンス騎士王国第一王女にして、未来の剣聖になるものよ!」
「妹のティアナ=フォン・ローレンスと申します。この度は助けていただき、心より感謝致します」
「ボンドだ。以前まで騎士をやっていた……って、ちょっと待て」
今なんかフィオナって子から、凄いワードがポンポンと出てきた気がするんだが。
「あ、あの……ちょっといいか?」
「ん、なによ?」
「今、王女って単語が出てきた気がするんだが……」
「ええ、言ったわよ。だって本当のことだもの。ほら、これが証拠よ」
「こ、これって……」
差し出してきたのは豪華な装飾で彩られたバッジ。
それは大陸連盟に属する国の貴族階級以上の上級国民に与えられるもので、俺も仕事柄何度も見たことがある。
でもこのバッジは普通のものとは違った。
バッジ上部に描かれた王冠の印。
そして下部には小さな文字で『Royal princess』と刻まれていた。
間違いない。
これは王族のみ所有を許された特殊なバッジだ。
俺も本でしか見たことはなかったが……
「ま、これも何かの縁だし。あんたには何か褒美をあげないとね」
「ボンドさん、何かわたしたちに出来ることはありますか? 何でもおっしゃってください」
俺はどうやら、とんでもない人たちと出会ってしまったらしい。
そう、彼女たちは正真正銘のお姫様だったのである。
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