16話:任命
俺と陛下の戦いは第2ラウンドへと入っていた。
試験自体は終わったので、これは陛下自身の要望。
俺はそれに乗った形で模擬戦は続けられることになった。
「勝負と言っても、普通の勝負ではない。君の一撃を見せてほしいのだ」
「一撃?」
「そうだ。君は渾身の一撃を放つ、そして私は君の一撃を全力で受けとめる。ただ、それだけだ」
「なるほど。一撃勝負というわけですか」
要するに決闘方式での勝負というわけか。
「でもどうして、そのような形を?」
「私は元々、守りに特化した戦いを得意としているからだ。圧倒的な力で相手を蹂躙するのではなく、圧倒的な防御力を持って相手を追い詰める。先の大戦でも私はそうして戦果を挙げた」
圧倒的な防御力か。
一騎当千と言われた背景にはそんな話があったとは。
てっきり力技でねじ伏せていくような感じだと思っていたから。
「それに、君の剣の実力はさっきの対戦でよく分かった。正直、正面から戦っても私の力では敵いそうにないこともな」
「そ、そんなことは……」
「ふふ、別に謙遜せずともよい。さっきの君は全然本気を出していなかったであろう?」
確かに本気ではなかったけど……
「それは陛下も同じじゃないですか」
「それはそうだが、仮に全力を出したとしても、素の剣技で私に勝ち目があったとは思えないのだ。不思議なものでな。今まで一度もそんなことを思ったことはなかったのだが……」
流石にそれは持ち上げすぎなような気もするが……冗談を言っているわけでもないみたい。
「だから、あえてこの形式を取ったのだ。私の真骨頂は鉄壁の守りにある。破れれば君の勝ち、破れなかったら私の勝ちだ。ルールはこれでもいいかね?」
「分かりました。そのルールでお受けしましょう」
どんな形であれ、一度勝負を受けた以上、俺には受ける義務がある。
断る理由はない。
「ならば、早速始めよう」
ルールが決まったところで。
俺たちは一定距離を開ける。
これから行われるのはたった一瞬の戦い。
チャンスは一度だけだ。
「遠慮はいらない。ボンドくんの全力を私に見せてほしい。私も精一杯その想いに答えよう」
アルバス国王はそう言うと自らの剣を地に差すと、
「アイギスの盾よ。我が言霊に答え、我が身を守護する砦となれ――」
詠唱を始め、陛下の周りには障壁が次々と出来上がっていく。
何重にも重なった分厚い魔法壁。
なるほど、確かにこれを破るのは相当な力が必要みたいだ。
とてつもなく、錬度の高い防衛術だ。
戦時にこれを破れる相手がいなかったのは見ただけでも納得がいく。
「さぁ、私の方の準備は出来ている。君の力を見せてくれ!」
完璧なる防御態勢を取る陛下。
剣を一度鞘に納め、奥義剣術の準備に取り掛かる。
「あの防衛術に対抗するには……」
ふぅーっと静かに息を吐き、魔力を心臓一点に集中。
魔力の乱れが起きないように制御しつつ、身体を通じて剣を魔力を流していく。
剣の柄に手を添え、視線を陛下の心臓部分へと合わせると。
「幻影一刀、『閃斬』!」
素早く抜刀し、影の刃が光の如く陛下へと向かって飛んでいく。
俺の一撃は魔法壁の中心を貫き、一枚二枚と次々と割っていった。
「ぐっ……! なんだこの剣術は!」
次々と割れていく壁に戸惑いを表しながらも、防御態勢に入る。
俺の一撃は既に最後の砦、一番分厚い魔法壁へと刺さっていた。
じわじわと削るように魔法壁を壊していく。
「ま、まさか……私の防御術が……」
そして。
遂に最後の壁をぶち抜くと、生身の陛下へと刃は向かっていった。
「このままでは……! ぐわっっ!」
直撃。
俺の一撃は陛下の着ていた鎧を一瞬にして砕くと、破片が辺りに飛び散った。
「――な、なんだよ今の……」
「――何も見えなかった。なのに陛下の鎧が……」
まさに刹那の出来事。
視認さえ不可能なその剣技に周りの人たちはただ唖然と見ているだけだった。
「ぐぅ……うぅぅぅ……」
「陛下!」
膝を地につける陛下。
俺はすぐに陛下の元へと駆け寄った。
流石にこうなるなんて思ってもいなかったから……
「お、お怪我はありませんか!?」
駆け寄る俺に陛下は待ったのジェスチャーをすると。
「わ、私なら大丈夫だ。この王家の鎧が盾となってくれた」
「王家の鎧……?」
「我が一族に伝わる魔法の鎧だ。何百年という時をかけて、戦いの記憶が蓄積され、強度を増した宝具だ。これがなければ今頃私の肉体はズタズタにされていたことだろう」
「ほ、宝具って……そんな貴重なものを……!」
「いいのだ。これはあくまで保険として着ていたものだったからな。でも今となってはその保険が私の身代わりとなってくれた」
陛下はそういいながら立ち上がると。
「私の負けだ、ボンドくん。君の痺れるような熱き想い、確かに受け取った」
陛下は一言言い、ギブアップの意思をジャッジに伝えると。
『勝者、騎士ボンド!』
勝者決定のアナウンスが盛大に響く。
「――う、ウソだろ……あの陛下が負けるなんて」
「――すげぇ! あいつ、陛下に勝ちやがった!」
最初は戸惑いがあったが、その声は段々と称賛へと変わっていく。
そして対戦開始前に熱狂的な雰囲気が戻ってきた。
「見事、本当に見事な剣技だった! やはり君の実力は私の想像の遥か上をいっていた。君ならば、この廃れ始めた剣の世界に新たな時代を築けるやもしれん」
「廃れ始めた……?」
「いや、何でもない。さっきはいきなりすまなかった。強い騎士を前に戦いへの衝動を抑えきれんかった」
「いえ、自分も陛下と真剣に手合わせが出来て良かったです」
「しかしながら、君は本当に強いな。さっきのだって本気ではなかったのだろう?」
「そ、それは……」
全力ではなかったのは事実だ。
いや、元々全力を出せなかったというべきか。
「ははははっ! やはりそうであったか!」
「す、すみません……」
「別に良い。もし君が全力で来ていたら、私が今頃どうなっていたか分からぬ。それに、さっきの一撃は決して手を抜いているようにも見えなかった。全力でこなかったのは何か理由があるのではないか?」
「はい……」
ここまで察せられるとは。
やはりこの人はすごい人だ。
確かに俺には理由がある。
奥義剣術を全力で放てない理由が。
「まぁ何がともあれ、これで安心して娘たちを任せられる。是非とも指導騎士として、自らの力を振るってほしい」
陛下はそう言いながら、手を差し伸べてくる。
俺も手を差し出し、握手を交わした。
「ありがとうございます、陛下!」
「うむ。…………皆の衆、よく聞くのだ!」
今度は観客席に向けて陛下は大声を発する。
その声に観客席の騎士たちの視線は静寂と共に一気に陛下へと向けられた。
「今日この日、我が騎士団に新たな指導騎士が誕生した! 名はボンド。この者は私直々の願いのもと、今回の試験に参加してもらった。結果は皆が見てもらった通りだ。この青年は私の防御術を破り、あまつさえ私の身体に傷までつけた」
「うっ……」
なんか言い方に少し棘があるような……
そういうつもりで言っているわけじゃないのは分かるんだが、すごく悪いことした気分になるなぁ……
「だが彼はその剣技で私の娘たちの窮地を救い、我が騎士団の指導騎士として入団したいと申し出てくれた。私はこの願いを叶えてあげたい。だが、皆の意見を聞かずに独断で決めるのは私の性に合わん。なのでこの場を借りて、認可式を執り行いたいと思う。この者を指導騎士として迎え入れても良いと思う者は盛大な拍手を持って彼を称えよ!」
陛下の声に観客席の騎士たちはお互いに顔を見合わせる。
一瞬だけ辺りが静まり返るが、一拍置いて盛大な拍手が飛び交った。
会場内に響き渡る拍手の音。
俺はどうやら、他の騎士たちにも認められたらしい。
「この拍手の大きさが今の君の持つ格だ。この音を耳に刻み、明日からは我々と共に歩んで欲しい。これからよろしく頼むぞ、ボンドくん!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
今日この日。
ちょうど空が夕焼けに染まり始める頃。
俺は盛大なお迎えを受けて、ローレンス王宮騎士団の指導騎士に任命されたのだった。
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