第26話 才能程度でつかぬ実力差 ローゼマリー
基本、ジグニールの戦術は一撃離脱。ただ、ジグニールのその強力な脚力による速さと鍛え抜かれた剣の鋭さは、死角からの相手への一撃必殺の攻撃を可能にする。結果、相手は防戦一方を強いられる。現に王国一の騎士であるアルノルトですらも、受け続けて、その隙を狙うのが精一杯だったのだから。
なのに、眼前で繰り広げられていることは、全く予想すらしていなかったこと。
ジグニールは地面を疾走し、背後から長剣を横薙ぎにするが、カイは右手に持つ木の棒により振り返りもせず弾き返す。
ジグニールによる右斜め後ろから放たれたローゼには残像すらも見えぬ剣尖もカイの滑るような木の棒の軌道で避けられる。
左前方からの頸部を狙う横一文字の斬撃。それが弾かれると予想していたジグニールは懐に飛び込んで、腰の短剣を腹部に向けて突き刺そうとする。しかしその短剣ごと木の棒で逸らされてしまう。
(どういうこと?)
正直、ローゼには先ほどのジグニールとアルノルトの戦いの方がよほどすごく感じた。
この戦いに激しさなどない。それどころか、カイの動きはローゼにすら目でも追えるものだ。この程度の動きなら、ジグニールの神速の一撃で直ぐに勝敗が決してしかるべき。なのに一向にあたる気配すらない。
「アルノルト、ジグニールの攻撃はなぜカイに当たらないのですか?」
その強烈な疑問から、今もローゼの傍で二人の戦いを放心状態で眺めているアルノルトに尋ねた。
「……」
「アルノルト?」
「は、はい。えー、それは……おそらく剣の腕が違いすぎるんだと思います」
「剣の腕が違う?」
「ええ、まさにその日、剣を持ったばかりの新米剣士と数十年剣を振り続けてきた歴戦の剣士。それ以上の技量の差があの二人にはある」
「で、でもカイには才能が……」
「いえ、違うんですっ! これは才能なんかじゃない! その程度のことでこれほどの差はつかないっ! この絶望的なほどの差は、きっと経験則の差です!」
よほど動揺しているのだろう。温和なアルノルトとは思えぬほどのその口調は厳しく、表情は鬼気迫っていた。
「経験則の差?」
益々意味不明だ。カイが年配の剣士ならまだ理解ができる。だが、カイはジグニールよりもずっと年下なのだから。
「ええ、私の剣の師がいつも言っていました。人は皆、名声、愉悦、自尊心等を忘れて剣をふれない。それらの一切を捨て去って無心で振り続けられるものこそが、真なる剣の道へと辿り着けると。おそらく、彼は振り続けたんだと思います。そして、気の遠くなる修練の末、遂に到達した」
「で、でもカイはまだ、15歳ですよ!」
「それは何かの間違いです。彼は我々よりも遥かに長い年月を生きている。何より、彼の剣技がそれを物語っている」
力強くアルノルトはそう断言する。
カイが遥かに長い年月を生きている? カイがエルフということだろうか。ハイエルフはエルフの中でも特に長寿だ。千まで生きるものすらいると聞く。そうと考えればまだ納得はいくが――カイの出自はしっかりしている。彼は人間。それは間違いない。
「そろそろ終わりそうです」
アルノルトの言葉により、無理矢理、現実に引き戻される。
今、カイの木の棒により右手を叩かれて、ジグニールが剣を地面に落としたところだった。
次回は精霊王との闘いです。カイ、お前悪質だよ、という感想が浮かぶかも。
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