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第18話 ある意味充実した日々


――ゲーム開始から8万8099年 到達階層899階


 早朝、ファフとともに迷宮探索をするべく建物を出ると、


「ギギッ!」


 地上では討伐図鑑に捕獲した数千のバッタマンが、隊列を組んで武術の構えを取りながら、右拳を突き出していた。

 そのバッタマンたちの前で両腕を組んでいた獅子面の獣人ネメアが私に気付くと、


『止めェ! 一同、気をつけっ!』


 大号令を上げる。

 一斉に姿勢を正すバッタマンたち。

 そういや、今朝はバッタマンたちの鍛錬の日だったな。

 毎日、ネメアに一定のローテーションで捕獲した魔物たちに武術を教えさせている。武術の鍛錬がない日は、魔物たちには無理のない範囲で迷宮に籠っての修行や図鑑内の己の世界での鍛錬を指示している。故に私の配下の魔物たちはメキメキと実力を上げて、それなりの強度になっていると自負している。


「ごくろう。励め!」 


 いつものように端的に指示を出すと、


『ギガッ!(ハッ!)』


 数千のバッタマンたちは左の掌に右拳をあてて、一礼してくる。

 このように、討伐図鑑に捕獲した魔物には人並みの知性があり、私との意思疎通すら可能なのだ。この性質により、この者たちの鍛錬の効率は大幅に向上した。

 

『僕もマスターについていくっ!』


 突如私の頭の上に乗る小狼が小さな右手の肉球を掲げてそう宣言する。

 そして、足元にはポヨポヨした青色の粘液の塊たちが私にすり寄ってきていた。

 この子狼が【フェンリル】で、今もぷよぷよと私の足に纏わりつくスライムたちが、【ヒーリングスライム】だ。

 【フェンリル】は、800階層のフロアボスだったが、この子狼の外見だ。とてもじゃないが剣を振るう気にはなれなかった。そこで、対策を考えた末、餌付け作戦を実行した。

 この点、ジャングルのゾーンで肉や果実や野菜のようなものも獲得し、レパートリーはかなり増えた。さらに、調理の書物のお陰で様々な調味料も開発して料理の質はかなり上がった。

そして、この開発した特性のタレをたっぷりかかったステーキを提供したら、あっさり篭絡して降伏宣言をしてしまう。

 ファフのような人化も起こらなかったことから推測するに、きっとファフの人化は例外中の例外だったんだと思う。条件はさっぱりわからんわけであるが。

 以来妙に懐かれてしまい自ら討伐図鑑の眷属になりたいというので、許可して今に至るってわけだ。

 対して【ヒーリングスライム】は、このなりで第750階層のフロアボスだ。より正確にいえば、こいつらが内部に入った巨大山椒魚がボスだったわけだが。

 この巨大山椒魚は途轍もない修復力があり、殊の外鬱陶しかったが、討伐した途端、その内部からこのスライムたちが多数出てきた。以来、スライムたちはずっと私についてきて、私も知らぬ間に討伐図鑑の住人となっていたのだ。


「構わんぞ。最近遊んでやれんかったしな。すまんがお前たちはお留守番だ」


 フェンリルことフェンの頭を一撫でして、今もすり寄ってくる【ヒーリングスライム】をナデナデする。

 ポヨンポヨンと気持ちよさそうに、震える【ヒーリングスライム】。ニンマリと笑いながら、撫でていると、


「ずるいのです! ファフもナデナデされたいのですッ!」


 隣の甘えん坊ドラゴンが悔しがる。

 ファフ、お前なぁ……事あるごとにナデナデはしているだろう。フェンと【ヒーリングスライム】が増えてから、特に甘えん坊具合が増してしまったな。


「わかった。わかった」


 大きなため息を吐くと、ファフの小さな頭を左手でスライムたちを右手で十分撫でたのち、迷宮に入っていく。


            ◇◆◇◆◇◆


 900階層への階段を下っていく。

 石造りの階段には幾多もの赤色の門が設置されている。その中をくぐり下へ降りていくと、周囲を木々で覆われた空間に出る。地面は真っ白な砂利が敷き詰められ、木造の建物が荘厳にも聳え立っていた。これは異界の本にでてきた『ジンジャ』という施設だろうか。

 建物の正面の扉が軋み音を上げて開くと、その中から九本の尾を持った美しい若い女が姿を現す。

 艶やかで足首近くまで伸びる銀色の髪に、たわわに実った双丘と縊れた腰、その頭にチョコンと二つの獣の耳がのっている。十中八九、ネメアと同様の獣人系の魔物だろう。   

あの赤と白の衣服も異界の本に出てきた『巫女服』ってやつだろうか。


「よくぞここまできんした。名もなき(殿方)よ」


 透き通るような美声で、両腕を広げると芝居がかった台詞を吐く。

 ともかく――。


「論外だな。降伏しろ」


 相対せばわかる。こいつは弱い。私は罪もない弱い女をいたぶる趣味などない。ファフやフェンのように降伏してもらえればそれでいい。


「何の冗談でありんす?」


 銀髪の獣人の女は、形の良い眉をピクッと動かし、頬をヒク突かせながら、尋ねてくる。


「お前はあまりに弱すぎる。お前では私には絶対に勝てんよ。そして、私はお前と戦う気もない。故に、お前が降伏するしか道はない。わかったな?」


 うむうむ、なんという完璧な理論構成だ。これなら、素直に納得してくれることだろう。


「くふっ、くふふふっ……」


 銀髪の獣人は俯き気味に、小さな口から薄気味の悪い笑い声を漏らす。


「そうか。そうか。そんなにほっとしたか。なら、私も暇ではない。とっとと降伏宣言をしてもらおう」


 まあ、まったく忙しくもないわけだが。


「ふふふふふ……」


 さらに大きくなる笑い声。


「ぬ?」


 そのあまりに狂気を含有した笑い声に、流石に背筋に冷たいものが走り、思わず眉を顰める。


『マスター、あのお姉ちゃん、怖い』


頭の上に乗っていたフェンが私の背後に退避しながら、そう叫ぶ。


「ファフも怖いのです」


 私の背後に隠れてチョコンと顔だけ出して、銀髪の獣人の女を眺め観るファフ。

わかる。わかるぞ。お前らの気持ちは痛いほどわかる。銀髪の絶世の美女が悪鬼の形相で笑っていれば、それは恐怖の一つも覚えよう。


「妾が弱いか、試してみるでありんすッ!!」


 文字通り、怒髪冠を衝くのごとく銀色の髪を乱しながら、私に向けて疾走してくると、その鋭い爪を振るってきたのだった。



 銀髪の女の透き通るほど真っ白な肌には玉のような汗が浮かび、肩で息をしている。

 当初は火柱を出したり、氷の棘や風の刃を顕現させて放ってきたりしていたが、同化能力を有する私に効果などあるはずもない。遂にあの鋭い爪での攻撃に終始することとなる。


「もういい加減諦めろよ」

「余計なお世話でありんすっ!」


 私の脳天に向けて振り降ろすその右手の爪を避けると、銀髪の女は躓いて顔面から地面に激突しそうとなる。咄嗟に、その細い腰を右腕で支えると抱き寄せる。

 

「ほら、言わんこっちゃない」


 目と鼻の先で私の顔を凝視する銀髪の女の顔が急速に紅潮していき、口がアワアワと揺れ動く。

 女を地面に立たせると、


「今日はこれで終いだ。また、明日遊んでやる」


 そう頭頂部をポンポンと掌で叩くと、踵を返す。

 どうせ、時間は無限にあるのだ。お遊戯にくらい付き合ってやるさ。


 

 それから、この40年近く、この900階層に通ってはこの銀髪の女の遊びに付き合っている。

 この900階層より先はこの女を屈服させなければ、進めない。だが、力づくでそれをする気など毛頭ない。この女の精神年齢が相当低いことに気付いてから益々、その決意は固くなった。

 それに私には時間が無限にあるのだ。焦る必要はない。要は根比べなのである。


「では今日はこれで終いだ」


 汗だくとなった銀髪の女に、本日のお遊戯の終了宣言をして、地上へ戻ろうとすると、


「ねぇ」

「ん?」


 呼び止められて肩越しに振り返る。


「次はいつ来るんでありんす?」


 両手を絡ませ上目遣いで尋ねてくる銀髪の獣人の少女に、


「あー、明日は来る予定だぞ」

「そう!」


 嬉しそうにほほ笑むと、


「じゃあ、また明日でありんす!」


 両手をブンブンふる。私的にはいい加減降伏して欲しいんだがね。


 生憎、次の日は討伐図鑑の竜どもが、『(ドラゴン)の誇りを守る会』とかいう旗を振って、『ギリメカラ派の者どもは直ちに我らに謝罪せよ!』と主張し始めてしまい、その対応に追われたのだ。

 何でもギリメカラ派の幹部の一人が、討伐図鑑の(ドラゴン)のことを蜥蜴扱いしたらしい。心底どうでもいい話だ。だが、竜どもは本気(ガチ)であり、一触即発の状況となってしまっていた。

 結局、私とファフが間に入り、口を滑らせたギリメカラの幹部の一人に謝罪させてようやく二日後、手打ちとなる。

 ちなみに、ファフは竜たちにとってボスであると同時にマスコット的存在でもある。ファフがいれば、竜たちは終始ご機嫌だ。今日一日ファフには竜たちを宥めるよう指示を出しておいた。ファフも竜たちと一緒ならばご主人様不在の禁断症状は出ないだろうし、適切な役割分担だと思われる。

 というわけで今日は私一人で九尾の元へきているわけだが……。

 

「で? 今日は戦うのか、戦わないのか?」


 今も頬を膨らませてそっぽを向いている銀髪の女、九尾(きゅうび)に尋ねるが、


「……」


 つーんと無言でそれに答えるのみ。

 まったく、子供だな。これでは、ファフやフェンと大差ない。だが、この調子では今日は無理だろう。

 立ち上がって地上へと戻ろうとすると、


「い、行っちゃうの?」


 不安そうに尋ねてくる九尾に、深いため息を吐いて、


「なあ、そんなに一人で寂しいなら、私と来ないか? 多分、退屈はせんと思うぞ」


 そんな提案をしてみる。


「そ、そなたと一緒に?」

「そうだ」

 

 九尾はモジモジと両手を絡ませていたが、


「じょ、条件がありんす」

「ん? なんだ?」

「最初あったときのように、ぎゅっとして欲しいでありんす」

「その程度のことでいいのか?」

「……」


 頬を紅に染めて無言で九尾はコクンと顎を引く。

 まったく、そんなもので済むなら早く言ってくれよ。ま、別に時間は腐るほどあるし、大して困らんわけだが。

 私は触れれば壊れそうな九尾の身体をそっと抱き締める。

 さらに全身を紅潮していく九尾。


「だ、旦那(だんな)様と呼んでいいでありんすか?」


 震える声でそんなどうでもいいことを尋ねてきたので、


「ああ、好きに呼べばいいさ」


 当然に肯定してやると、九尾は私の胸に顏を押しつけてきた。

 まったくもって、よくわからん女だ。ともかく、これで先に進めるな。

 今も私にしがみ付く九尾の軽い身体を抱きかかえると、地上へと帰還したのだった。

 これで修行編の本編は終了です。明日からは元の世界への帰還とそのお話となります。ファフなどの他の眷属の視点のご要望がありましたので、閑話として付け足していくつもりです。

 

【読者の皆様へのお願い】

 少しでも「面白い」、「先が読みたい」と感じましたら、ブックマークと評価をお願いしますっ! それをガソリンにして、作者のへっぽこ作家魂を燃やします! (^^)/ 


★ここまでで公開可能な情報


③ヒーリングスライム(群)

・存在強度:C

※図鑑捕獲前:G-

・種族:ヒーリングスライム

・属性:修復

・守護階層:750階層

・説明:存在強度自体は大したことがないが、そのヒーリングの能力は全眷属一。カイが大好き!


④フェンリル

・存在強度:S-

※図鑑捕獲前:A-

・種族:破壊神

・属性:破滅

・守護階層:800階層

・説明:本来、破壊の化身であり存在強度としてはトップクラス。ただ、むらっけが多く、性格的な観点から800階層を任されている。実際、その愛らしい容姿から戦闘意欲がわかず、カイにより餌付けされて討伐図鑑の住人となる。


⑤九尾

・存在強度:A+

※図鑑捕獲前:A

・種族:妖神

・属性:火、水、風、土、雷、氷、光、闇、妖

・守護階層:900階層

・説明:(あやかし)たちの神であり、カイに篭絡されてから旦那(だんな)様と呼び慕う。外見の大人びた容姿の割に、中身は幼い。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何万年も経ってんのに なのです とか 精神年齢そのままなのほんまキツすぎ ババァだろ? はぁ
[気になる点] 話の導入としては面白かったけど 仲間になるのがドラゴン、フェンリル、スライム、九尾の狐とある意味王道つまりはテンプレの、よくあるありふれた物語になってしまいがっかり
[良い点] 花魁言葉とは、、と思っていたら 「次はいつ来るんでありんす?」でもう情景がそのまんま浮かんだ [気になる点] 現世に戻っての無双っぷりが想像つかない分、楽しみです 本来は神々がパーティー…
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