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第60話 運命の分かれ道 その5 ソムニ・バレル

「ほー、すると、今回の件で関わっていたのはバベルの副学院長クラブ・アンシュタイン派のものたちだと?」


 カイ・ハイネマンが人差し指でテーブルをたたきつつも、そうイネア様に疑問を投げかける。


「はい。少なくとも私の部下たちは無関係です」

「学院長派は知らなかったから責任がない。そう言いたいのか?」


 カイ・ハイネマンのテーブルを叩く音が止まり、そう静かに尋ねた。

 部屋にいるバベルからの同席者らしき人達が生唾を飲む音が鼓膜を震わせる。


「いえ、私だけはこの件につき察知しており、貴方を利用しようとしました」


 カイ・ハイネマンはしばし無言でイネアを凝視していたが、背後で控える鼻の長い怪物をちらりと見ると、大きくため息を吐き、


「まあいい、裏で私の部下もからんでいたようだし、学生に対する安全性の担保もあった。何より、私に害はなかった。だから、今回だけはお前たちの行為を不問としよう。だが、これっきりだ。私は利用されるのがとにかく、嫌いなものでね」


 一つの結論を口にする。


「重々承知しております」


 イネアの返答を契機にバベルの同席者たちから、悪夢から目覚めたようにため息が漏れる。

 それは、たった一人の少年のしかもこの世で一番の無能者の言葉にすぎない。なのに、イネア学院長を初めとするバベルの同席者たちは心の底からその決定に安堵しているのがソムニも理解できた。


「なら、我らはクラブとかいう愚者には制裁を済ませた。この件でのバベルの残りの処理はお前たちでやるんだな」

「はい。それはお約束いたします」


 イネア学院長がテーブルの下で両拳を握り占めてガッツポーズをしているのを認識し、バベルという世界でも有数な巨大組織の頂点に君臨する女性はカイ・ハイネマン一人を心底恐れていることを実感する。


「次はアメリア王国の件か。ローゼ、悪いが――」


 カイ・ハイネマンはローゼマリー王女殿下ちらりと眺めると、この男には珍しく口籠もる。


「構いません。配下殺しは王族にとって最大の禁忌。それを犯そうとしたものに同情はできない。たとえそれが血を分けた実の弟だったとしても」


 ローゼマリー王女殿は眉の辺りに決意の色を浮かべてそう噛みしめるように宣言する。

 カイ・ハイネマンは頷くと、ソムニを次いでそばかす少年に視線を移す。あのそばかす少年は見習い騎士テトル。テトルはアメリア王国では下級貴族出身ではあるが、代々王家につかえる騎士の家系。ゆえに、ギルバートに幼い頃からの仕えていることもあり、王家はバベルに在学しているテトルに、そのバベルでの世話を指示した。もっとも、バベルで在籍している学院が最低最悪のオウボロ学園であることもあり、タムリを初めとする他の守護騎士からは無能と蔑まされて毎日ひどいいびりにあっていたようだったけど。


「もう知っていると思うが、アメリア王国第一王子ギルバート・ロト・アメリアは今回の騒動の首謀者だ。少なくない人が死んだ以上、責任は是が非でもとってもらわねばならぬ。アル、王国はそれで構わないな?」

「構わない。陛下からは了承をいただいている」


 アルノルト騎士長は苦渋の表情で顎を引く。

 カイ・ハイネマンはテトルとソムニをマジマジとみると、


「君らはギルバートが憎いか?」


 単刀直入にそう尋ねてきた。

 憎い? 殺されかけたんだぞ! そんなの決まっている! しかも、あいつはライラやエッグのような無関係なものさえも巻き添えに処分しようとした。単にソムニが弱い。ただそれだけの理由のために。


「憎い……です」


 声から出たのは自分でもぞっとするような怨嗟の声。


「僕ももう信じられない」


 テトルもテーブルに視線を固定しながら、全身を小刻みに震わせてそう声を絞り出す。

 きっとテトルもギルバートに切り捨てられたのだと思う。幼馴染の配下すらも処分しようとしたのか。全くもってあのボンクラは救いようがない。

 ローゼマリー王女の顔が悲痛に歪み、アルノルト騎士長が苦悶の表情を浮かべるのを認識する。でもだめだ。どうやってもあっさりすべてを裏切ったあの男だけは、ソムニは許すことはできない。


「では、質問だ。お前たちはギルバートが死ぬことを許容するか?」

「え?」


 喉から出たのは疑問の声。咄嗟にカイ・ハイネマンの顔を確認すると、神妙な顔でソムニとテトルと凝視していた。


「いいか。私は喧嘩を売ってきた奴には容赦はしない。例え、いかに未熟でとるに足らなくても、私の大切なものを傷つけようとするのならきっちり潰す。ギルバートは私の大切なものを壊そうとした。故に、奴の行先は既に決まっている。そう、このままならな」

「このままなら?」

「ああ、この度私たちの諍いにお前たち二人を巻き込んでしまった。これは私の失態だ。だから、お前たち二人に私を止める権利をやる。お前たちは、私がギルバートを殺すことを許容するか?」


 その質問が洒落や冗談ではないことは、彼のその様相から何となくわかった。そしてローゼマリー王女殿下とアルノルト騎士長の様子からも、この男は間違いなくそれを実行する。そう確信もでてきていた。


「あいつを殺すことを許容するか……」


 殺したいほど憎んでいる。それは偽りのないソムニの本心。あんな非道な王子などこの世からいなくなった方がよほどアメリア王国のため。それも間違いない事実。仮に殺してもよいといっても罪悪感などきっとこれぽっちも覚えないだろう。それほど、吐き気がするほどギルバートを嫌悪していた。

だけど――。


(できないよな……)


 ソムニが武道会で不正を働いた父を恨むことができないように、あんなどうしょうもない男にも家族がいる。ローゼマリー王女殿下のこの世の終わりのような顔を見ればそれは一目瞭然だ。仲が悪いと有名な王女殿下でもそうなんだ。国王陛下を始めとする王族たちも悲痛に顔を歪ませるのだろう。それはソムニには許容できそうもない。

 それに――いや、今それは考えまい。


「「僕はギルバート(殿下)の死を望みません」」


 ソムニの決意の言葉は、テトルのそれと丁度重なった。

 カイ・ハイネマンはソムニたちをしばし、無言で凝視していてたが、


「了解した。奴は殺すまい。だが、ただで済ます気もない。私からの試練は受けてもらうとしよう。それでいいな?」

「も、もちろんです!」


 王女殿下は涙ぐみながら、何度もソムニとテトルに、「ありがとう」と繰り返していた。

 それの姿がとても胸が締め付けられてしまう。同時に、ソムニに一つの大きな意思が芽生えているのがわかる。


「だが、坊ちゃん王子に制裁を加えないっていうと、誰が責任とるんだ? さすがに、大ごとになっている以上、無処罰ってわけにいかねぇだろ?」


 筋骨隆々野性的な風貌の男が素朴な疑問を口にすると、


「もちろん、考えている。あのタムリとかいう馬鹿騎士だ。あれに全ての責任を押し付けて、処断する。まあ、処刑されて死ぬのも、ベルゼに遊ばれて死ぬのもそう変わらないだろうさ。どちらも同じ死だ」


 カイ・ハイネマンはぞっとするような笑みを浮かべつつも、そう断言する。


「相変わらず、師父はおっかねぇなぁ」


 しみじみとした野性的な風貌な男の言葉に、真っ青に血の気を引いているイネア学院長を始めとするバベルの人たち。対して、アルノルト騎士長は肩を竦めて苦笑するだけだった。


「私たちのいざこざに、お前たち二人を巻き込んでしまった。すまない。何か望むことはないか? 可能な限り便宜を図ろう」


 望むことか。それは今のソムニにとって選択の余地すらないもの。それは強くなること!

力がなければ、何もつかめない、守れない、それがよくわかったから。


「僕を強くしてください」


 魂からの懇願の台詞を吐く。この人に教えを乞う。それが一番の強さへの近道。今ならなぜソムニの友人がカイ・ハイネマンの試合を見て変わったのか、理解できる。この人は強い。しかも、きっとこの世の何者よりも圧倒的に。それはこの怪物たちを従えていることからも明らかだ。


「強くしてくださいか……」


 カイ・ハイネマンはしばし目を細めてソムニを凝視していると、


「ぼ、僕もお願いします」


 テトルもカイ・ハイネマンに頭を下げる。

 異形たちからざわめきが起きる。まさか、ソムニ達がそんな要求するとは思いもしなかったのだと思う。


『強くしてくださいって、我らにか?』

『いや、話の流れからいって御方様にだろう』

『ダメだ! ダメに決まっておるッ! 御方様に直々に教えを乞うなど、そんな羨ましい――いや、お忙しい御方様に負担をかけるなど言語道断だ! 我が請負ましょうぞっ!』


 鼻の長い怪物の叫びに、


『おいコラ、ギリメカラ、何勝手に先走ってやがるっ⁉』


 角を生やした三白眼の男が額に青筋を張らせて叫ぶと、異形たちは我先にとソムニとテトルの師を願いでる。


「いや、確かにこの度の責は私にある。私としては構うまい。でもいいのか? 私はお前の父と敵対するものだぞ?」

「父とは既に道を違えました。もう同じ道は歩みません」


 そうきっぱり宣言する。


「お前もか?」


 大きく頷くテトルを目にし、カイ・ハイネマンは髪を乱暴に掻きむしっていたが、


「いいだろう。私がお前たちを鍛えてやる」


 ソムニ達の最も望む答えを口にした。


「「あ、ありがとうございますっ!」」」


 ソムニとテトルが同時に頭を下げる。


「ただし、剣術だけだ。私は剣士。それ以外を教えられん。そうだな……」


カイ・ハイネマンはそう口にすると、しばし顎に手を当てて試案していたが、


「デイモス、お前がこの二人に魔術を教えろ」


 黒色骸骨にそう指示を出す。


『私で……よろしいのですか?』


 黒骸骨は他の異形たちをチラリと眺め見ると、恐る恐る尋ねる。


「不満か?」

『めっそうもございません! ただ、私ごときにそのような大役――』

「だから、先日の件はライラを救出したことでチャラだ。いい加減忘れろ」

『そういうわけには』


カイ・ハイネマンは大きなため息を吐くと、


「すまないと思うなら、お前がその二人に教えろ! 人の子供に教えるわけだし、元人間のお前の方がより適切のはずだ」


 有無言わさぬ口調で厳命する。


「はッ! 必ずや!」


 跪いて首を垂れる。

 今まで面白そうに成り行きを眺めていた2メルはある筋骨隆々野性的な風貌の男が席を立ちあがると、喜色の溢れた顔でソムニ達の席までくると、


「よろしくな、弟弟子ども!」


 背中を乱暴に叩いたのだった。

 これはソムニとテトルが、世界の命運を左右する舞台に上がった瞬間でもあったのだ。






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