第59話 運命の分かれ道 その4 ソムニ・バレル
カイ・ハイネマンのギフトは、『この世で一番の無能』。つまり、この世で一番才能のない人物といっても過言ではない。なのに、異形たちが跪いているのは、同席する誰に対してでもなくカイ・ハイネマンだった。
カイ・ハイネマンは跪く異形たちをぐるっと眺め見ると背後の片眼鏡の女を振り返り、
「今回の件でこのメンツが集合する必要はあったのか?」
どこか呆れたように尋ねる。
「この件には特殊な他勢力もかかわっているようであるし、当然ではないかと」
「そうか。わかった。お前たちもご苦労さん」
カイ・ハイネマンの労いの声に再度、首を垂れる異形たち。そのあまりに異様な雰囲気の中、カイ・ハイネマンはともに部屋に入ってきたフードを頭から被った数人の男女に向き直ると、
「見たところ、そばかす少年がまだ来ていないようだ。到着するまでもう少しばかりここで寛いでいてくれ」
口角を上げてそんな言葉を投げかけると、
「は、はい」
白色のローブの女性がフードをとると、どこか引きつった笑顔で顎を引き、他の同席していた者たちも次々にそれに倣う。その人物たちを認識して、
「イネア様ッ! アルノルト騎士長っ!」
思わず、頓狂な声を張り上げていた。当たり前だ。あの二人はアメリア王国の騎士でこのバベルを受験したものならだれでも知っている。
あのサラサラで艶やかな白色ローブの女性は、バベルの統括学院長イネア・レンレン・ローレライ。そして、あの大剣を担いだ青髪に無精髭を生やした男はアメリア王国最強の騎士、アルノルト騎士長。
「では、とりあえず茶でも飲んでいてくれ」
カイ・ハイネマンは部屋の中心にある木製の長テーブルに皆を促すと、自分もその席の一つに座る。
菓子と飲み物のようなものを出されたが、極度の緊張のためか味など微塵もわからなかった。ただ、カップを皿に置く音が、カチャカチャとシュールに部屋に響いていた。
この鉄火場のような状況の中、再び扉が開かれると――。
「遅れました。連れてきましたわ」
桃色髪の女性と2メルはある筋骨隆々野性的な風貌の男が、鼻根部にそばかすのある大人しそうな少年を連れて部屋に入ってくる。
(ローゼマリー王女殿下も⁉)
あの桃色の髪に美しい顔だち、見間違えるわけがない。あれはローゼマリー王女殿下だ。
もう頭がパンクしそうな中――。
「連れてきたのですっ!」
「連れてきたよ!」
『つれてきたんだぁ!』
続いて白と黒を基調とした衣服を着た金髪の童女と銀髪の獣人族の童女の二人の少女が部屋に駆け込んでくると、カイ・ハイネマンに抱き着き、そのお腹に顔を埋める。金髪の童女の頭の上にちょこんとお座りしていた黒色の子犬もカイ・ハイネマンの胸に飛びつくとその顔をペロペロとなめ始めた。
「ご苦労さん。ほら、焼き菓子があるからお前たちも座って食べなさい。フェン、お前は約束のハンバーグだぞ」
カイ・ハイネマンは二人と一匹の頭を優しくなでると、隣の席に座るよう指示する。
「わーい、お菓子なのです!」
「お菓子! お菓子!」
『ハンバーグぅ!』
二人と一匹は席に座ると即座に食べようとするが、
「行儀よくだ」
カイ・ハイネマンに注意を促されて、
「はーい、なのです!」
「はーい」
『はーい、はーい、はーい!』
二人の童女はナイフとフォークを使って食べ始め、黒色の子犬は尻尾をぶんぶん振って肉にかぶりつく。
「さて、さっそく話し合いを始めよう」
カイ・ハイネマンに促されて全員が席につく。こうしてソムニにとって初めての世界レベルでの話し合いは開始された。