第57話 運命の分かれ道 その2 ソムニ・バレル
その後、ライラやエッグたちから事情を聴取する。
エッグの記憶はあの少女たちに襲われたところまで、ライラの記憶はスキンヘッドの男に敗北したところまで。気が付くと、このバベルの治療室のベッドの上で横になっていたのだという。
それから、複数の組織がこの治療室を訪れてライラ達から詳しい事情を尋ねる。その一つはバベル、もう一つはアメリア王国の調査部だった。
もっとも、彼らは事情を大まかに把握しているようで、ほとんど確認にすぎなかったようだが。
「結局、僕はお山の大将だったようだ」
肩を竦めて自嘲気味に口いうと、
「あーあ、俺、知ってしましたよ」
エッグがさも当然に、ソムニにとって衝撃的な事実を口にする。
「知っていた?」
「ええ、それってかなり有名かも。いや、ソムニさんが弱いって言っているわけじゃないんです。ただ、ギルバート殿下の守護騎士になるほどの実力やあの神聖武道会でベスト4に入るというのはちょっとね……」
エッグは人差し指で頬を描きながら、言いにくそうに返答した。
「そうか。みんな知っていたのか……」
まったく滑稽な話だ。自分の実力だと思っていたのは、すべて父のお膳立てのおかげ。しかも、それに気づいていなかったのは戦闘の素人とソムニだけ。これほど格好の道化はそうもいないだろう。
「でも、俺も似たようなもんっすよ。俺が王国騎士学院に受かったのも、親の圧力で平民相手の出来レースに勝った結果にすぎませんしね。まっ、俺の場合は親があとで簡単に暴露してしまいましたけど」
嫌悪感を隠そうともせずに、エッグはそう言葉を絞りだす。
「そうか……」
そういえば、エッグは騎士学院入学当初に知り合ったばかりのとき、剣ばかり振っていた愚直な剣一筋の少年というイメージだった。それが、いつの間にか、禄に剣の修行もしない女好きの少年という印象に置き換わってしまう。エッグはエッグで色々あったのかもしれない。
「で? ソムニさんはどうするんです?」
どうやら、エッグにも粗方の事情は伝わっているようだ。あの糞王子の守護騎士を事実上罷免された以上、このバベルへ入学する意義はない。
しかし、このまま故郷に逃げ帰るのだけは己のプライドにかけてできそうもない。何より、もう父の加護下で生きるのだけは絶対に嫌だ。だから――。
「僕はこのバベルに残るよ。今年、落ちたとしてもこの都市で働いて来年また受けるさ」
強くなり方はまだわからない。でも、このまま流されてはいけない。そう思えるから。
「……」
しばし、エッグは無言でソムニを見ていたが、
「ソムニ、あんたも吹っ切ったんだな」
そう、エッグとは思えぬ口調と声色でぼそりと呟くと今まで見たこともないほど厳粛な顔で口を閉ざしてしまう。
そのエッグらしかならぬ様子に戸惑っていると、扉が開かれ老紳士が部屋に入ってくる。
老紳士はかぶっていた帽子を右手でとると、胸に当てて軽く一礼する。
「ソムニ・バレル君、我が主が君との面会を求めている。来てもらいたい」
老紳士の言葉は穏やかだったが、なぜか拒否はできぬ強い力を感じ、
「は、はい」
頷いてしまっていた。
隣にいるエッグが神妙な顔で何か口にしようとしたが、
「大丈夫ですよ。我が主はアメリア王国の愚王子などという虫けらなどではありません。もっとずっと尊き御方です。ソムニ君の安全はお約束しますよ」
熱をもったセリフと右の掌により老紳士はその言葉を遮る。
仮にもアメリア王国の王族を虫けらと称するか。流石にそんなセリフはアメリア王国のものには吐けない。その言動からも、ギルバートとは反目していると考えていい。なら、まだ信用できるかもしれない。それに、この老紳士の誘いは断れない。そんな気がする。
「わかりました。でも、僕だけです」
まだ何か言いたそうなエッグを右手で制し、その目を見据えて宣言する。
「ええ、もちろんですとも」
老紳士は両眼を細めると、ついてくるように顎をしゃくり、歩き始めた。
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