第38話 無事滅びる唯一の術
スキンヘッドの男をたきつけつつも進んでいくと、森を抜けて廃墟地帯へ出る。そしてそこには無数のアンデッドの躯が転がっていた。このアンデッドども、この周辺にいるものとは少々毛色が違うようだ。
その見知った二人が険悪な様子で顔がドロドロの魔物と対峙していた。奴らの背後には肉の壁が立ちはだかっている。あれはきっとあの星頭どもが造ったものだろうな。
「ここだっ! ここに連れてくるよう指示を受けたんだっ!」
スキンヘッドの男は既に状況が見えていないのか、魔物の脇を突っ切り、震える廃墟を指先してあらん限りの声で叫ぶ。
敵前にもかかわらず、デイモスとルーカスは私の前で跪く。二人の表情を一目見れば、今どんな状況なのかにも粗方の予想がつく。おそらくは――。
『申し訳ございません! 私のミスでライラ様が攫われてしまいましたっ!』
デイモスが震え声で報告してくる。
「いえ、全ては私の不徳と過信が招いた結果。その咎は私にありますっ!」
ルーカスも意気消沈した表情で口にする。
やはり、ライラが攫われたか……最悪の予想が的中したってわけだ。
『我らの前で武装を解くなど――♩』
『【笑止千万♬』
歌うように口遊みつつ星顔のアンデッドがルーカスに、四角顔のアンデッドがデイモスに迫ろうとするが、魔力を十分染み込ませた【村雨】により、その首から下を全て細胞レベルで粉みじんにし、その背後に聳え立っている肉の壁も念入りに切り刻む。
背後の肉の壁はサラサラの塵と化して、冷たい空気に溶け込んでしまう。
『へ?』
『は?』
おそらく認識もできなかっただろう。しばし、四角顔の男と星顔の女はポカンと半口を開けて茫然と私を眺めていたが、
『な、なぜ修復しないッ!?』
先ほどまでの歌うような声とは一転、四角顔の男が裏返った疑問の言葉を捲し立てる。
あの迷宮では直ぐ修復してしまう魔物など日常茶飯事だ。無意識に魔力を込めて攻撃する癖がついている。いわば技にすら昇華していないただの斬撃。これで大抵の魔物は修復能力を失い、昇天してしまう。
四角顔の頬に【村雨】を突き立てて串刺しにして地面に縫い付けると、
「この状況で騒々しいのを私は好まぬ。あとできっちり処理するから、少し待っていろ」
有無を言わさぬ口調で端的にそう告げる。
私のたったこれしきの一連の行為で星頭と四角頭のアンデッドは口を噤み、僅かにカタカタと震え出してしまう。
お話にすらならぬ雑魚などとりあえず放置。今は直ぐにでも行動に移すべきときだ。
「ルーカス、デイモス、事情は後でゆっくり聞く。そうして這いつくばっていても何も解決はせん。失態と感じたのならばこれから取り返せ」
二人に厳命を下すと、
「ハッ!」
『ハッ!』
恭しくも深く頭を下げる。
そうは言ったものの、この二人の必死の様子を見れば責める事などできない。もとより、懸命に責務を果たそうとしたものを邪険に扱う気はさらさらないのだ。失敗は誰にでもある。それで成長できればいいわけだしな。
しかし、今の二人にそれを口にしても納得はすまいし、何より今は緊急事態。部下のアフターケアーは後の課題だ。
「お前たち二人は周辺に保護すべき少年少女がいれば残さず連れて広場間で戻ってアスタたちと合流しろ」
「仰せのままに!」
「御意!」
ルーカスが瞬時に姿を消し、デイモスも悔しそうに奥歯を噛み締めつつも建物の中へ入ると一人の少年を担いで広場の方角へ向かって駆けていく。
さて、ライラが攫われた以上、もう僅かの時間も無駄にはできぬ。そして、自重も必要あるまい。どこのどいつか知らんが、私から大切な幼馴染を奪おうとしたのだ。それ相応の覚悟くらいできているんだろうさ。
「お前ら、出てこい!」
私は討伐図鑑をパラパラとめくり、招集をかけていく。今回は急を要する。中途半端の強さのものはいらぬ。討伐図鑑の最精鋭であたらせるとしよう。
次々に図鑑から生じる数百にも及ぶ各派閥を代表する武闘派幹部の地位にある魔物ども。
「ひいいいぃぃ!」
騒々しく金切り声を上げるスキンヘッドの男に、
「あーそうだ。案内ご苦労。褒美だ。安楽な死をくれてやる」
そう自分でもぞっとする声で告げると、左拳打で首を頭部を爆砕してその耳障りな口を塞ぐ。
大方、この者はバベルに雇われてルミネやローマンら子供たちを寄ってたかって殺そうとしていた輩だ。おそらくこのクソのような試験システムなら小遣い稼ぎで他の受験生の子供たちも多数殺しているんだろう。そんな最悪の愚物をそもそも生かしておくつもりは微塵もない。
『ひぅ!』
『ぎひっ!』
見下ろしたただけで星顔の女と四角顔の男は小さな悲鳴を上げる。
愚かなものたちだ。この程度の力と覚悟しかないなら、大人しく世界の片隅で震えていればよいものを。
「……」
私は大きく息を吐き出すと討伐図鑑から出現した魔物どもを一望すると、魔物どもは大地で、枯れ木の上で、建物の上で、空中に浮遊しながら一斉に平伏する。
『我らが偉大なる御方よ、なにとぞお命じくだされ』
七つ頭の黄金の竜――ラドーンが皆を代表して伺いを立ててくる。
私は【村雨】を四角顔の頬から乱暴に引き抜くと、肩に担ぎ肺に空気を入れて、
「私の幼馴染が賊に攫われた! 金髪の娘を保護しろ! これが最優先事項だ! あとはこれを仕組んだ鼠どもの駆除! つまり、鼠狩りだッ!! 一匹足りともこの世に残すな! 細胞一すら残さずミンチにしてやれ!」
あらん限りの声で厳命する。
討伐図鑑の最高幹部の魔物どもは歓喜の声を上げて、四方に散っていく。
私は目と鼻のようなものから水分を垂れ流しつつもカタカタと震える星顔と四角顔の髪を左手で掴んで持ち上げると、
「いいか。祈れ。お前たちが攫った少女に少しでも危害が加えられないこと。それこそが、お前たちが無事滅びる唯一の術だ」
その耳元で囁く。
『うあぁ……』
『ぐひ……』
悲鳴のような絶望の声を上げる星と四角頭の頭部の魔物を尻目に、
「ベルゼぇ!」
叫ぶと私の影から湧き出てくる王冠をした二足歩行の巨大蠅。ベルゼバブはどうも私の影がお気に入りのようでそこに空間を形成してこの世界で行動を起こすのだ。
「そこの星と四角頭のアンデッドから、ライラ・へルナーを攫ったクズのいる場所を聞き出せ! できる限り正確にそして早くだ!」
『御意でちゅ』
ベルゼは平服しつつも、悲鳴を上げる暇も与えず蠅どもにより星頭と四角頭のアンデッドを連れ去り、その姿を私の影に溶け込ませる。
餅は餅屋に。尋問はベルゼが最も適任だ。こいつなら要望通りに直ぐにも私の望む情報を報告してくるだろう。
そもそも、ここら一帯を更地にすれば一番手っ取り早いのだが、ライラが囚われている以上、それは不可能だ。
この広い空間でむやみに動くよりもベルゼの情報により位置を特定するのが手っ取り早い。敵の正確な位置さえわかれば、私の足なら遅滞なく辿り着けるしな。今は討伐図鑑の魔物どもにより、奴らを包囲しつつ行動範囲を狭めながら、位置を特定するのが最重要。
「ライラ、無事でいてくれ」
久方ぶりに覚えた胃の腑の焼けるような焦躁に、下唇を噛み締めつつも私はそう声を絞り出したのだった。
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