第22話 妥協という文字が存在しない悪質極まりない奴
茶髪坊主の男が無数の蜂を纏わせた右手をルミネに向けて伸ばしているところだった。
そして、
「だ……ず……で、カイ兄じゃん――!!」
絶叫を上げるルミネ。カイ、兄ちゃんか。そういえば、昔は私もそう言われていたな。懐かしいものだ。
ローマンも気絶しているだけで無事のようだ。奴のサドスティックさに助けられた。一撃で殺すタイプだったら手遅れだったかもしれん。
しかし、なぜだろうな。この度の私のこの憤りは若干方向性が違っている。そんな気がする。そして強烈でどうにも抑えがきかん。
まあ、いいさ。こいつらは私を心底怒らせた。ならば、やることは一つだ。
アイテムボックスから【雷切】を取り出し、奴の右手に纏う子飼いの無数の蜂どもをその右手ともに、切り刻む。
散々耳にした耳障りの悪い悲鳴を上げる茶髪坊主の男を一瞥し、ルミネを抱えると近くの木の根元まで運び、
「少し寝ていなさい」
そう語りかけるとルミネは安堵の表情で気を失った。
「な、なんだ、お前っ!?」
ぐちゃぐちゃに潰れた右手首を抑えつつも、鬱陶しく喚く茶髪坊主の男に、
「たっぷり相手はしてやる。だから、もう少し待ってろ」
強くそう指示を出しローマンの傍まで歩き、抱き上げるとルミネの傍まで歩いていく。
「くそっ! 蜂どもそいつを殺せぇ!」
周囲に漂う蜂どもを私にけしかけようとする。
しかし――。
「な、なぜ、僕の指示を聞かないっ!?」
蜂たちは動かず空に漂うだけ。術的な契約で縛っているんだろうが、所詮対価で動くのだろう? どんな対価も最も強烈な生存本能には勝てやせぬよ。
私はグルリと見渡し、
「かまわん。見逃してやる。好きな場所に行くがいい」
蜂どもにとっての免罪符を与える。途端、蜘蛛の子を散らすように去っていく無数の蜂ども。
「は? ま、待て蜂ども、戻ってこいッ!」
騒々しく唾を飛ばして蜂どもに叫ぶ茶髪坊主の男に、小さなため息をはきつつ、気絶したローマンをルミネの隣に寝かせる。
「くそ虫どもがぁぁぁっ!」
怒号を上げつつ無事な左手で胸元から小さな小瓶のようなものを取り出すと、
「おい、大皇蜂! 起きろぉ!!」
口でその蓋を開けて大声を張り上げる。
小瓶の中から紅の煙が立ち込めると、白髪の老人の顔をした巨大蜂が姿を現す。
『なんじゃ? 騒々しい!』
人面蜂は億劫そうに脇に眠るルミネとローマンを眺め、次いで私に視線を固定すると、
『まさか、そんないかにも弱そうな下等種の餓鬼に負けて、儂を呼び出したのかのぉ?』
小馬鹿にするように鼻で笑う人面蜂に、
「う、五月蠅い! そいつ、よくわからない力を使うんだっ!」
茶坊主はすごい剣幕で反論を捲し立てる。
『こやつがいかに弱くても、報酬はしっかりもらうが、よいな?』
「わかってるよ。そいつを殺せば、そこの二人の支配権は僕に移る。そうなれば、あとは自由だ。そこに寝ている女はお前の好きにしていい」
人面蜂はルミネに視線を固定し、醜悪に老人の顔を欲望一色に歪めると、
『そういえば、最近、女子の肉は食うとらんかったのぉ。特性の溶解液で肉団子にすれば、かなりの馳走じゃしなぁ。いいじゃろう。特別に受けてやるわい』
得々と宣言する。
この茶坊主の奥の手と思しき人面蜂、さっきから大層な物言いをしているが、ちっとも強いようには思えない。というか、さっきの一目散に逃げた蜂どもとどこが違うんだ? 本能で相手の力量を推察できただけ、さっき逃げた蜂どもの方が戦力としてよっぽどましだった。
気が抜けるほど、実につまらん連中だ。
「お前たち二匹に、最後の慈悲をやろう。大人しく全ての背後関係を話した上で自害しろ。もしくは、そこの地面に大人しく座れ。私がスッパと苦痛なく殺してやる」
茶坊主と人面蜂にとって最善の方法を提案してやる。
今の私がここまで譲歩するのはある意味奇跡ともいえる。もちろん、この者たちに価値を見出したからでは断じてない。逆だ。一々、相対することすら億劫になるほどどうでもいい存在だとわかったから。要はめんどくさくなったのである。
『なるほど、この下等種の餓鬼は、身の程を知らぬと見える』
眉根を寄せて人面蜂は私を威嚇してくる。
「そっくり、そのままその台詞、お前に返そう」
というか、その程度の力でよくもまあ、そこまで慢心できるものだな。ある意味感心する。
『口の減らん下等種の餓鬼だっ!』
吐き捨てるように叫ぶ人面蜂に、
「どうも、人語が通じておらんようだな。もう一度告げてやる。背後関係を話したうえで、自害するか、そこの地面に座れ。特別に苦痛がないよう介錯してやる」
再度、奴らにとって救済の言葉を命じてやる。
『このぉ、痴れ者がぁッ!』
人面蜂は激昂すると、私の周りをブンブン飛び回り始める。
『どうだ!?』
「どうだと言われてもな……」
この人面蜂、一体何がしたいんだ?
『くかかっ! 貴様には我が姿の残像すら捕らえられまい!』
私の周囲を動き回りながら、勝ち誇ったように宣う人面蜂。
「なんだ、速さを競いたかったのか」
私は地面を蹴って奴の背後を取ると、ブンブンと喧しい羽を『雷切』で切断する。
『は?』
頓狂な声を上げて地面に落下する人面蜂。
「ば、ば、馬鹿なッ! 大皇蜂の羽を切っただとっ!」
騒々しく喚く茶坊主を無視し、私は羽を失って地面に転がる人面蜂の顔を踏みつけると『雷切』の剣先を向ける。
「で? お次はどうするんだ?」
『なぜ……だ?』
震え声で呟く人面蜂に、
「あん?」
聞き返すと、
『どうやって儂の羽を切った?』
至極当然の事実を尋ねてくる。
「背後から近づいてちょん切った」
『法螺を拭くなっ! 鈍重な人ごときが、至高の速さを持つ儂を捕えきれるはずがなかろうっ!』
「お前が速い? それ、本気で言っているのか?」
その程度の速さなら、Bランクハンターなら楽々、捕らえることが可能だろう。
『どこまでも、この儂を愚弄するつもりかっ! 下等種ごときが、儂の至上の速さに――』
鬱陶しくなった私は奴の口に【雷切】を突き刺して地面に縫い付けて、その言葉を遮る。
絶叫を上げてのた打ち回る人面蜂に、
「井の中の蛙大海を知らずとは、まさにお前のような奴の事をいうんだろうさ」
そう今私の率直な感想を口にする。
そして、人面蜂から茶坊主に視線を向けるとビクンと硬直化し、
「貴様は……誰だ?」
真っ青な顔で後退りしながら、疑問の言葉を絞り出す。
私は口角を上げて、今も後退しようとする茶坊主の背後に移動しその右肩を掴み、
「まさか、逃げられると思っているのか? 答えはNOだ。お前たちは私の最後の慈悲を拒否したのだから」
その耳元で囁いてやる。
「ひぃッ!」
小さな悲鳴を上げて飛びのく茶坊主に、
「喜べ、特別にお前らの流儀に従ってやる」
口角を吊り上げて、そう宣言した。
その人面蜂の言動からも、溶解液とやらで肉団子にして食ったのは一度か二度ではあるまい。さらに、その茶坊主はローマンを殺し、ルミネをその人面蜂の餌にしようとした。手慣れようからいって、今まで似たようなことを散々してきたんだろうさ。中々の外道の所業だ。
こやつらは私の知り合いに外道行為をしようとした。なのに、一度くれてやった私の慈悲を自ら拒絶したのだ。
よく考えたら、ここまで徹底的に正面切って喧嘩を売られたのは久しぶりかもな。身の程知らずもここまでいくとある意味清々しい。こいつをたきつけた馬鹿も含めて、私も一切の妥協なく徹底的にやってやることにしよう。丁度良く、妥協という文字が存在しない悪質極まりない奴に私は心当たりがあるし。
「何を……するつもりだ?」
恐る恐る尋ねてくる茶髪坊主の男。
その問いには答えず、討伐図鑑の最終章のページを開き、
「出ろ、ベルゼバブ」
その名を告げる。私の声に突如現れる頭に王冠を被った二足歩行の巨大な蠅。蠅は真っ赤なマントを羽織り、首には涎掛けをし、口にはおしゃぶりをしている。
『至高の御方ちゃま、およびでちゅか?』
片膝を突き、右手に手を当てて一礼してくる。
こいつはベルゼバブ。950階層のフロアボスであり、ありとあらゆる意味で存在自体が反則の様な奴だ。こいつが事実上900階層の最後のフロアのボスとして出現したとき、あのイージーダンジョンを創った奴はマジでいい趣味しているとある種の感心をしたくらいだ。
ともかく、こいつを超える悪質な存在を私は知らない。そして、本人はそれに無自覚なのが実に質が悪い。現に、ギリメカラたち他の討伐図鑑の愉快な仲間たちもこいつには決して近づかない。関わらない。本人も人前に出るのを嫌うからずっと図鑑の中の世界である意味、良き虫生を満喫しているし。
まあ、意外にも綺麗好きのアスタとは旧知の仲らしく、頻繁に会ってはいるようだがね。
「生きていれば基本何をしても構わんから、そこの馬鹿ども二匹から知っている情報を全て聞き出せ。そのあと、そいつらをたきつけた奴に届けてやれ。もちろん、お前の流儀に従い、考えられる上で最低でかつ、クソのような方法でだ」
『御意でちゅぅ♫』
キッシャキッシャとおしゃぶりをした口から音を出して大きく頷く。きっとあれって嬉しがっているんだろうな。
「……」
茶坊主の男が真っ青に血の気の引いた顔でパクパクと口を動かし、ベルゼバブを一目見てからフリーズしていた人面蜂が獣のような金切り声を上げる。
「じゃあな、せいぜい良い悪夢をみることだ」
まっ、ベルゼバブの悪質性を鑑みれば、お前らがお前らでいられるとは到底思えんわけだがね。ま、こいつらの運命などそれこそ心底どうでもいい。
劈くような絶叫の中、ベルゼバブの周囲から黒色の霧が生じ、茶髪坊主と人面蜂を運び去っていく。
さて、この二人をこのままにはできまい。本部の職員どもにも事情を説明する必要がある。一度、広場に戻るとするか。このままローマンとルミネは失格になるだろうが、もはやそんな次元の問題ではない。ローマンとルミネが襲われたのは偶然のはずがない。早急に背後関係を調べねばならぬ。なーに、徹底的にやってやるさ。今は丁度、そんな気分だからな。
二人を担ぐと私は試験の始まりの広場へ向けて走りだした。
お読みいただきありがとうございます!
本物語が、この度、『超難関ダンジョンで10万年修行した結果、世界最強に ~最弱無能の下剋上~』の名前で書籍化することになりました。オリジナルストーリーは6万字ほどあり、もちろんカイの無双シーンも多いです。さらに、電子書籍の特典と書店特典もありますので、続報にご期待ください。
Amazonで既に予約受付中ですので、お手に取っていただければ嬉しいです。




