第3話 世界魔導院への旅路
「はあ? 【世界魔導院】への入学? 私がか?」
素っ頓狂な声を上げる私に、
「はい! ロイヤルガードは原則騎士。騎士が未成年の場合には、王国指定の教育機関への所属義務があります」
ローゼはしてやったりという顔で大きく頷く。この様子では知っていてあえて黙っていたな。
「どうせ私は仮のロイヤルガードだ。教育機関などどうでもいいだろう」
この歳になって学生ごっこなど御免被る。今更感が半端じゃないしな。第一、私は未成年ではなく、れっきとした紳士だ。
「問題ありません。既に手続きは終えてあります。さあ、直ぐに参りましょう!」
私の右手を取ると、歩き出す。
「だから――人の話をちゃんと聞くように!」
一切私の抗議の声に耳を貸さずに、外に止めてあった馬車へと乗り込む。
馬車にはファフ、ミュウに、アンナ、ザック、アスタが既に乗っていた。準備は万端のようだ。まったく……。
まあいいさ。ローゼはバベルの学生であり、バベルでの生活を強いられる身。そしてこのバベルは各国王族の権威が届きにくく、賊が襲うには絶好の場所。特にギルバート派の奴らの短慮さは呆れが入るレベルだしな。いつどこで襲われるかわかったもんじゃない。
もしローゼが死ねば、十中八九イーストエンドは強欲貴族どもに接収される。あの地の成立には私が深く関わっている。クズどもに渡すなど論外だ。当面はローゼの傍を離れないのが吉だろうさ。
それに、久々の馬車に揺られての旅も悪くない。最近、意に反した領地経営なるものに根を詰めすぎていたのも事実だ。丁度良い休暇だと思うとするか。フェニックスではなく、こいつらが馬車での旅をしようとするのもそんなところだろうしな。
◇◆◇◆◇◆
二週間ほど馬車に揺られたところ、遠方に雲を突き抜けて聳え立つ塔が視界に入る。あれが、バベルの塔。世界的教育機関――バベルの中枢だ。世界中の魔導士や剣士があの塔に入るのを渇望し、この地を訪れる。
むろん、私はあんなくだらん塔に入りたいとは夢にも思わない。剣士の本質は闘争の中にこそある。ある意味、我欲を捨ててどれほど剣を振れるかが肝心なのだ。権威や名誉など、ある意味では強さと最も対局に位置するもの。ない方がよほどいい。まあ、無能の私など塔の方から願い下げだろうがね。
馬車はバベルの都市内へと入ると、
「人一杯だねぇ」
「一杯なのです!」
ファフとミュウが馬車から身を乗り出して、両眼を輝かせながらキョロキョロと周囲を確認する。
この道行く人の数は流石の私も予想していなかった。相当な数だし、しかも、その半分近くが若者だ。ファフ達が興奮するのも当然かもしれない。
「では宿をとったら、ごはんにしましょう! バベルの美味しい店をご案内しますよ」
ローゼが両手を腰にあてて、片目を瞑ってファフとミュウに片目を瞑ると、
「わーい! ごはん! ごはん!」
「わーいなのです! ごはんなのです!」
「美味しいのっ!」
「美味しいのですっ!」
馬車の中ではしゃぎまくるファフとミュウに皆、苦笑しながらも馬車を降りる用意を開始したのだった。
ローゼの案内で到着した宿泊施設は、この都市の南西。立ち並ぶ店は中心部の絢爛豪華なものと比較して、かなり庶民的なものとなっている。多分、この南西地区はいわゆる王侯貴族や豪商以外の一般の学生が済む区画なんだと思う。
ローゼのこの地区を知り尽くしている様子からいって、普段からこの地区に寝泊まりをしているんだろう。
ローゼは仮にも王族だ。本来のバベルからあてがわれている場所はこの地区ではあるまい。きっと、彼女自身が望んで、ここを自身のバベルでの拠点しているのだ。相変わらず、権威主義の塊のような国家の王族とは思えぬ発想だ。
まあ、建物だけがいくら豪華でも、お上品な輩しかいない場所など息が詰まる。私としてもここの地区の方が、遥かに居心地がいい。
ローゼとともに、宿へと入っていく。
ローゼが受付で手続きをしている間、私は宿の入り口付近にある木製の柱に背中を預けて周囲の様子を伺っていた。
「あー、カイ・ハイネマン!」
女の叫び声に眼球だけを向けると、ブロンドの髪をボブカットにした少女が私を指差していた。
こいつは――ライラの従妹、ルミネだったか。私と同様、クズギフトホルダーであり、相当肩身の狭い思いをしていた。
ライラは【この世で一番の無能】という最悪のギフトでも、私への態度を変えなかった少女だ。当然ルミネにも態度を変えず、とても可愛がっていた。
「おう、久しぶりだな」
右手を軽く上げてニカッと笑みを浮かべると、ルミネは呆気にとられたようにしばし私を凝視していたが、
「何その作り笑い。メッチャ、気色悪いんですけどっ!」
ドン引きしたような顔で一歩後退して、人聞きの悪い事を言いやがる。こいつの表情、きっとガチだ。
確かに最近、野獣ザックからさえも、私が笑みを浮かべる姿が悪魔か魔王が微笑んでいるようにしか見えないから、止めた方がいいという冗談を頻繁にされる。もしかして、あれって本心だったのだろうか。いやいや、そんなはずはないさ。ルミネやザックの感性がおかしいだけだ。そうに違いない。
「そうかい。それで、お前はなぜここにいる?」
ともあれ、私の都合の悪い話題は早急に変えることにした。
「そんなのあんたに関係ないでしょ!」
そっぽを向いて両腕を組む。こいつも変わっていないな。ルミネはライラを信頼している。といより、ライラ以外のすべての人間を信用していないといったらいいか。一人でこの都市を訪れるはずがないのだ。こいつがこの都市にいるということは、きっとライラもいるんだろう。
ライラか懐かしいな。一度会いに行ってもいいかもしれん。丁度そんなことを考えていると、
「カイ・ハイネマン! 金輪際、お姉様に関わるなッ!」
そんな故郷で何度も耳にした捨て台詞を吐いて宿の二階の階段へと駆けあがっていく。
ふむ、どうやら、ローゼも手続きが終わったようだし、私も行くとしよう。
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