胸に秘めて
深い紫の瞳は吸い込まれるように美しくて、見つめられると時折、誰と相対しているのかわからなくなる。
私は意気地なくも目を伏せ、双六の盤を睨んで次の一手に集中しようとした。
いつの間に、彼女と二人でいるとこんなに気詰まりに感じるようになったのだろう。
断じて最初からではない、それは間違いない。なにしろむつきも取れない頃から知っているのだ(これを言うといつも姫は真っ赤になって怒るのだが)。愛くるしい幼子にすっかり骨抜きにされた自覚はあるが、あくまでも、あるじにして友たる我が君の大切な娘御は、両手で包んで慈しみ守るべき雛鳥であった。
わたしにリッダーシュをください――などと幼い口が言った時も、それから毎日のように他愛無い愛情を口にされた時も、いつも私の思いは同じだった。
なんといじらしい少女だろう、と。
守り助け、もう寂しくありませんよと慰めて、姫を笑顔にすることが嬉しかった。それだけだったのに。いつ頃のことか、彼女の中に今は亡きあの方の面影を見てしまい、落ち着かなくなった。
我が君ならば否定するだろう。受け継いだのは『知恵』だけだ、魂などありはしない、と言って。私自身、あの方から受け継いだ標を探る時、そこに何かを感じるかと問われたならば……わからない、としか答えようがない。いつも少し、もの悲しく懐かしい気持ちになるのは、そこにあの方の魂があるからなのか、私の記憶と思い込みのせいなのか。わからない。恐らく、わかるべきでもないのだろう。
「いつまで考えているの? 日が暮れてしまうわよ」
柔らかく優しい声に含まれるからかいの気配。ああ、……胸が痛い。
ため息をついて駒を動かす。駄目だ、負けた。
「申し訳ございません、姫。歯応えのない相手でつまらないでしょう」
いたたまれなくて、そそくさと駒を片付ける。姫も手を伸ばして、
「いいの。あなたと遊びたいんだもの」
駒ではなく、私の手を取った。軽く指先を包むように握られて、くらりと眩暈をおぼえる。迂闊なことを口走りそうで歯を食いしばった。
「リッダーシュ。大好きよ」
幼い頃から幾度となく繰り返し浴びせられた言葉。今はもう無邪気に投げかけられるのでなく、甘やかな薔薇色と共にそっと差し出される想い。
――あなたのそれは、誰の想いですか。
訊いてはならない問いが喉元までせり上がって息を詰まらせる。無理やりそれを飲み下し、私は息をついた。
「かたじけなく存じます」
うつむいたままかろうじてそう答えた私に、シャニカ様はご不満そうであらせられた。……私も己が不甲斐のうございます。
姫は黙って駒を片付け、最後のひとつを妙にかたく握り締められた。そして一言。
「お父様みたいに癇癪を起こしたらいいのかしら?」
堪え切れずに失笑し、ちらりと目を上げる。悪戯っ子のような菫色の瞳が、楽しげに細められた。容赦して頂けたのだろう。
私は姫と共にすこし笑って、それから失礼を詫びた。いつの間にかしたたかさを身に着けられた心優しい姫は、ただ嬉しそうに仰せられた。
「謝らないで。笑っていてね、リッダーシュ」
ああ、シャニカ様。
かほどの慈愛を向けられる度、私が誰を想って胸を痛めているのか――どうか、ご存じでありませんように。
2015.12




