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彩詠譚  作者: 風羽洸海
追加番外
129/129

まなざしの先に

※主従が会話しているだけの話。即位から半年後ぐらい、まだまだ駆け出し大王様。


「それですと……ですが……では、お召し物はそのように……はい、畏まりました」

 召使が王の近侍を相手に、段取りを打ち合わせている。いつもの光景だが、シェイダールはいつになくつくづくとそれを眺めていた。話を終えたリッダーシュが視線に気付き、怪訝そうに問う。

「何か問題が?」

 それに対し、シェイダールは曖昧な表情で答えた。

「いや……やっぱりおまえみたいな、人当たりの良さってのが必要なのかと思ってな」

「――?」

 漠然とした言葉の真意を推し量るように、リッダーシュが首を傾げる。そんな仕草をもシェイダールはじっと観察し、それから説明を続けた。

「人の言葉に耳を傾けろ、と母さんのことづけにもあったが、やはり王としてあれこれの物事を決めるには、まずとにかく話を聞かなきゃならない。今何がどうなっていて、誰が何を必要としているのか。何に困り、何が不足しているのか。そういうあれこれを正しく把握しないと、適切な判断が下せないだろう。なのに、どうも俺には皆、話しにくいらしい。陳情や報告を受けた後で、別の奴から……長官とか、あるいはおまえとか、なんなら王妃たちから、実はこれこれこうで、みたいな付け足しが伝えられたりするんだ」

 憂鬱げにため息をつき、眉間を揉んでぼやく。

「もちろん、王と直接話すとなったら誰でも忖度するし、何でもあけすけにはいかないってのは分かるんだが」

 そこまで言った途端、リッダーシュがふきだした。シェイダールは眉を上げて友人を見やる。リッダーシュは笑いを堪えながら、主君の視線に答えた。

「ふ、ふふっ……いや、初対面でアルハーシュ様にあれほど遠慮なく、まったく物怖じせず踏み込んだ話をしたおぬしが、忖度するのも分かる、だとか」

 どの口が、とばかり揶揄されて、シェイダールが赤くなる。リッダーシュは遠慮なく声を立てて笑った。

「あれはっ……! おい待て、全然平気だったわけじゃないぞ!? 緊張していたからこそ、余計に抑えがきかなくて……あの頃の俺なりに遠慮というか、敬意を」

 むきになっての抗弁が、ふと途切れる。シェイダールは目を伏せ、ゆっくりと記憶を辿り直すようにつぶやいた。

「ああ、そうだ。アルハーシュ様は敬意を抱かせる威厳がありながら、なぜかとても……話しやすい御方だったな」

「確かに」リッダーシュも懐かしそうに頷く。「相対すると、見えない力に促されるように言葉が引き出されたものだ。この御方ならば受け止めて下さるという安心感があった」

「俺にはとても真似できないな」

 ああ、と嘆息してシェイダールは天を仰いだ。リッダーシュが軽やかに笑う。

「あと十年は必要だろうな」

「年齢だけの話じゃない。あの方の鷹揚さとか、おまえのおおらかさとか。そういうのが、俺には備わってない。何しろ短気で癇癪持ちだから」

 自分で言って憮然とする。自覚はあってもなかなか直せないのが短所というものだ。

「以前よりは穏やかになったと思うが。それに、短気も悪いばかりではなかろう。会議や報告で藪の周りをつついてばかりいるような、無駄な時間が省かれているのは良いことだ。そもそもおぬしは、怒りはしてもそれで不条理な仕打ちをする暴君ではないのだし」

「それでも王を怒らせたくはないだろう。リヒトやハディシュたちは遠慮なく何でも伝えてくれるが、俺が直接現場の様子を確かめたいって時に、勝手に忖度されちゃ困る。俺の機嫌を損ねないことを最優先にさせてしまうようじゃ、あるがままの事実や必要な求めを聞き出せやしない」

 シェイダールは悔しそうに言って、おおらかな友人の顔を正面から見つめた。

「どうすれば、おまえみたいな『話しやすい雰囲気』を出せるんだ?」

「……」

 リッダーシュは答えに詰まり、瞬きする。自分としてはただ自然に振る舞っているだけで、特に態度を取り繕ってはいないからだ。

「難しいな。そうなるように意識しているわけではないから……というか、おぬしが私を真似ようというのが、そもそも無理な話ではないか」

 にこにこ朗らか温厚なシェイダールだとか、想像しがたい。むしろあまりに彼が上機嫌だと、また何か――常人には予想もつかないとにかく何か――を始めるのではと周りは身構える。本人も自覚はあるらしく、渋面で唸った。

「それはわかってる。俺がいくら笑顔を取り繕ったところで、おまえみたいにはならない。ただ、何かこう……コツみたいなものはないのか?」

 負けず嫌いを発揮して食い下がる主君に、リッダーシュも真面目にふむと思案した。その間もシェイダールは真剣な目で待っている。ああ、とリッダーシュはひとつ気付いて口を開いた。

「強いて言うなら、おぬしのそれは相手を緊張させているかも知れぬな」

「それ?」

「そのまなざしだ。あまりに真剣に答えを求められて、言葉が出てこなくなる者もいるだろう」

 思いがけない指摘をされ、シェイダールは当惑し、目をしばたたいた。

「いやでも、話を聞く時は相手を見つめるものだろう。現におまえだって、俺が話してる間はじっと見てるじゃないか」

 言い返す声音はやや不機嫌そうだ。リッダーシュは「それもだな」と合点してうなずいた。

「それ()?」

「うむ。頻繁にではないが、おぬしはややもすると話の途中で別件を持ち出して『それならあれはどうなるんだ』とやることがある。今の『おまえだって』は確かに関連がある指摘だが、そもそも今、話しているのはおぬしのことだ。私ではない。まず、なぜおぬしが見つめるのが良くないのか、その理由をしかと聞くべき場面だった。違うか?」

「……」

 あ、と小さく声を漏らしたきり、シェイダールは絶句した。皆が自分に率直に話してくれない、などと言っておきながら、己が相手の話を遮っていた自覚がなかったのだ。

「私であれば、おぬしが『おまえだって』と言い出したのは、私とおぬしで何が違うのか理由を知りたいのだろう、と理解し説明することができる。だがこれが一般の民であればどうだ? 余計なことを言って機嫌を損ねてしまった、王はこんな話は聞きたくないのだ、と縮こまって口を閉ざすだろう。おぬしは聡明なればこそ、別件との関連に気付き、まとめて論じて解決しようとするのだろうが、皆がその考えの早さについてゆけるわけではない」

「ああ……言われてみればそうだな。あれはどうなんだとか、それならあの件もこうなるぞ、とか俺が話を広げても、おまえや長官たちは意図を正しく汲んで議論をまとめてくれるもんだから、それが当たり前になってた」

 シェイダールは呻き、顔をこすってぶつぶつぼやいた。

「確かに、うん。自分がやられたらムカつく。今は俺の話をしてるんだ、おまえの番じゃない、ちゃんと最後まで聞け、って」

「さすがは我が君、拙き言葉を容れてくださり恐悦至極に存じまする」

 リッダーシュはからかうでもなく穏やかに言って一礼する。シェイダールは「やめろよ」と苦笑いしてから、改まって問い直した。

「わかった、じゃあ聞かせてくれ。俺はどうすればいい? あ、こういうのがいけないのか」

 いつものようにじっと強いまなざしを相手に当ててから、おっと、と目を逸らす。いやでもよそ見をするのも……と彼が視線のやり場に困っていると、リッダーシュが小さく笑った。

「私にはいつも通りに。むしろ、おぬしがそうして一心に見つめてくれるのは、正直に申して気分が良い」

 ふふん、とばかり偉そうに胸を反らせる。シェイダールは胡乱げな目つきになった。

「おまえ……おおらかな態度でごまかされてるが、結構いい性格してるよな」

「お褒めにあずかり光栄の至り」

 そういうところだぞ、という顔をしたシェイダールに、リッダーシュも肩を竦めて話を軌道修正した。

「まなざしの話に戻ろう。おぬしは私も見つめるではないかと言うが、そもそも王が臣を見つめるのと、臣が王を見つめるのでは話が違う。対等あるいは元より聞き手が目下の間柄であれば、聞き手が話し手を見つめることで『伺います』と従属を示し、話し手を促すことになろう。だが王に見つめられては、臣は顔を伏せて畏れ入るしかない」

「そうか? ……いや、そうだな、畏れ入らない連中のほうが少数派なんだ」

「そうとも。おぬしは王の自覚がいまだに若干足りぬな。ましておぬしのように強いまなざしであればなお、舌も滑らかには動くまい」

「睨みつけているつもりはないんだが。まぁでも確かに、アルハーシュ様は俺の話を聞く時も、なんというか……うん、圧力をかけてくることは滅多になかった」

「私は子供の頃からお世話になったせいか、いつも目を細めて話を聞いて下さった覚えしかない」

 リッダーシュは笑い、今は亡き偉大な王の魂を求めるように、天を仰ぐ。シェイダールは静かに思案し、ふっとひとつ息をついた。

「……わかった。あの方を真似られるとは思えないが、今後は少し意識してみよう。俺はつい……正確な状況だとか、具体的な事情だとか、そういうのを求めて前のめりになっているんだと思う。相手が自然に話すのを待つんじゃなく、寄越せ、と視線や態度で迫っている……かもしれない」

「ああ、少し手心を加えるつもりで接すると良いだろう。おぬし自身は意識せずとも、おぬしのまなざしは強い。強すぎる」

 言いながらリッダーシュは、あらためて友の瞳を見つめた。宇宙の深淵を思わせる、えもいわれぬ紫。ワシュアール一帯において紫の瞳を持つ者は、稀有とまではゆかずとも数少ない。多様な人間が訪れる王宮で育ったリッダーシュも、これまでに見たのは数人ほどだ。そのいずれもやや神秘的な印象を受けたが、シェイダールは別格と言うしかない。それは単に瞳の色ばかりでなく、そこに宿る意志の光のゆえだろう。むろん珍しい色が他人に与える影響も無視できまいが、それを言ったところで、持って生まれたものは変えられない。

 だからリッダーシュは、独特な瞳の色には触れず、ただそこに宿る力にのみに言及した。

「おぬしの活力、問題に取り組み解決しようとする熱意、未来を拓く意志……それらすべてが、強いまなざしに載せられているのだ。生半なまなかな者では耐え切れまい。すべてを恐れず受け止め、全力で応えようとする者が相手ならば、気遣いは無用だろうがな」

「たとえばおまえとか、か?」

 シェイダールは眉を上げて友を見る。ちょっとした皮肉のつもりだったのだが、返ってきたのは至って真摯なまなざしと誠実な言葉だった。

「私がおぬしに見つめられても心地良くいられるのは、臣として王たるおぬしを敬うと同時に、友として信頼しているからだ。おぬしの瞳に込められた意志の強さを好ましく思い、そのまなざしの先を共に目指すのだと決めているから、恐れず受け止められる」

「ちょっと待て、聞かせてくれとは言ったが、そういう話は」

 さすがに恥ずかしい、とシェイダールが赤くなって顔を覆う。いつものようにリッダーシュが笑い、幸福な黄金が柔らかくきらめいた。




2026.9.21


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