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彩詠譚  作者: 風羽洸海
久遠の振り子
118/125

【余話】時の果てで

『久遠の振り子』着手よりずっと前に書いたものです。そのため、ワシュアール滅亡の理由が現状本編とは異なります。

長い長い時の果てに、魂の安らうところで再会できたなら――という死後IF。




 黄昏のような、穏やかで変わらぬ光に満ちた世界で、あるじは彼を待っていた。

「随分くたびれたな、おい。……俺とシャニカのせいで、苦労かけたな」

 気遣いと罪悪感で歓びを押し殺している様子のシェイダールに、リッダーシュは笑って首を振った。

「苦労だなどと」

 だがもう言葉が続かず、双眸からほろほろと光る雫がこぼれ落ちる。かたく互いを抱擁し、二人は無言のまま動かなかった。長い時間――そもそも、もう時間というものもあってないようなわけだが――そうしてから、シェイダールがぽつりとつぶやいた。

「俺のしたことは、間違いだったのかな。全部無駄になったか」

「まさか」リッダーシュは言下に否定した。「おぬしのおかげで、どれほど多くが救われたか! 病も労苦も信じられぬほど少なくなって、しかもその恩恵を一部の者だけでなく、もっとも貧しい者までが享受した。おぬしが目指した世界は、確かに実現したのだぞ」

「だがそのせいで安楽が当然になって、最後は何もかも滅んだ」

 声音に苦渋が滲む。かつて憤激と共に一蹴した水利長官の言い分が、実際には正しかったのか。己が間違っていたのか。そのせいで……

 暗い考えにとりつかれた彼の肩を揺すり、リッダーシュが温かい苦笑を浮かべて穏やかに言った。

「シェイダール、我が君、友よ。聡明なおぬしらしくないぞ。結末に至るまで千年を越える歴史をたどり何億もの人間がかかわったというのに、最初の一人にすべての責任を求めるのか? そんな馬鹿げた話はなかろうに」

 軽く揶揄されて、シェイダールは昔と変わらぬ負けん気の強い顔を見せる。やはりこのあるじは、知性を貶されるのが一番癪に障るようだ。思わずリッダーシュは失笑してしまい、乱暴に手を振り払われる。むすっと腕組みしてそっぽを向いた、その仕草も横顔も、泣きたくなるほど懐かしく慕わしくて、リッダーシュはうつむいて笑いを堪えるふりでごまかした。

「前からもしかしてとは思ってたが、おまえちょっと俺に甘すぎるんじゃないのか」

 おや、今頃気付いたのか――と、ふざけたくなったが、リッダーシュは自重した。からかうのも匙加減が重要だ。

「おぬしが己に厳しすぎるのだろう」

「……その台詞、嫌な爺の顔を思い出したぞ」

 あるじが苦々しく唸ったので、リッダーシュは、おっと、と口を覆った。多くを求めすぎだ、と実に的確な一言を遺してくれた祭司長は、忘れようにも忘れられない。

 どう言ってとりなそうかリッダーシュが迷っている間に、シェイダールは鼻を鳴らして憂いを払った。

「ああ、やめだ、やめ。ようやく一切のしがらみがなくなったのに、済んだことばかりうじうじしても仕方ない」

 頭を振り、笑みを広げて招くように手を差し出す。

「来いよ、リッダーシュ。まだ世界は終わってない。未来の話をしよう」

「……御意、我が君」

「なんだ、泣くなよ」

 しょうがない奴だな、とばかり偉そうに言って、シェイダールが肩を抱く。二人はひとつの影になってゆっくりと歩きだした。

 そうしてリッダーシュの魂は納得する。ここは黄昏の国ではないのだと。彼と共にある限り、

「夜明けなのだな。いつでも」

「うん?」

 訝しげに聞き返した友に、彼は黙って微笑んだまま答えなかった。




2016.7.9


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