溺れる者、信心を掴む
「祈れば、良いのか」
僕は問う。
ご本尊の前に座るのは初めてだ。
形だけ入信し、家族の誰も祈っていなかった昔。
押し入れの奥にしまわれていた仏壇とご本尊セット。
それを出したのは恐らく僕が初めてだろう。
ただ、相当長い間しまわれていたので埃だらけであり、軽く掃除をしなければならなかった。
本体のご本尊に汚れやカビ、シミがなかったのが唯一の救いだ。
「これで良いのかな?」
スマホで画像検索し、それっぽく仕立て上げていき、現在に至る。
カーン、カーン、カーン。
鐘を鳴らし、数珠を手の指の間に通す。
祈る内容は決まっている。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
どうか、僕の願いを叶えてくれ。
いや、叶わなくても良い。
この体の内から湧き上がるどす黒い感情から僕を解放してくれ。
それだけが僕の望みなんだ。
「南無妙法蓮華経、なむ……」
思い返す度に泣きたくなる。
どうして僕がこんな目に遭わないといけないのか。
死にたい。
けど、死にたくない。
怒りと悲しみと絶望が僕の心を激しくかき乱す。
声が震え、何度も何度もつっかえる。
それでも僕は拝むことを止めなかった。