噂の事件、その④ ジョニー(冒険者)の証言の場合
鼻歌を無意識に口ずさみながら執務机で書類仕事をこなすこの国の王を前に、私はローブの男に関する報告書を持ち直立不動でその仕事が終わるのを待っていた。
王直属の諜報部隊インフォルマーツの隊長である私を前に、まさか王が鼻歌を口ずさむとは……何かよほどいい事があったのか?
否、王のプライベートをどうこう思う事自体が不敬にあたる。そう思った私は、スッパリ王の今の姿ごと忘却の彼方に飛ばす。
「すまないな。待たせた」
機嫌が良さそうな声音に、無心で今のは見なかったことにしよう。そう考えていた己の心臓が跳ねる。
「いえ、問題ございません」
変な汗が背中に流れるのを感じながら、なんとか己を冷静に見せたかったのだが……いつも通りとはいかず、つい丁寧な言葉遣いになってしまうのは仕方が無い事だった。そんな私の様子を気にした素振りもなく、機嫌の良い陛下はソファーに座るよう促すと取り出した報告書を読み始めた。
今回持ち帰った報告書は前回の報告の折、陛下が気にしていたジョニーが声を荒げた会話の内容だ。彼はあの日の事を詳細に覚えていた。
突然声をかけて来たローブの男は、ボルフと名乗ったそうだ。昔は冒険者をしていたと言うボルフは、ジョニー達に酒を奢り楽しく会話をしていた。
共に酒を飲み始めてしばらく経った頃、ボルフは「珍しい情報がある」そう言って話を切り出した。それに興味を示した冒険者達は、ボルフに「どんな話だ?」と詰め寄る。
するとボルフは内緒話でもするかのように「この国の貴族、しかも公爵家に次ぐ地位を持つ辺境伯が、この世界に悪とされた魔女を匿う行為をしている」と語った。
突然そんな事を言いだすボルフを怪訝に思ったジョニーは、情報の出所を探るべくヘウルフと視線のみで会話しボルフに情報の出所を問いただす事に。
「それは、どこで知った情報だ?」とヘウルフがボルフに問う。
問われたボルフは「ある貴族の集まりで聞いた情報だ」と言う。それに対し「へ~。あんた凄いんだな! 貴族の集まりにいけるとは」と興味深々のように見せかけ更に問う。
そんなジョニーの問いかけに、気を良くしたらしいボルフは聞いてもいない事を話しだしたと言う。
「ハウェル、イーディオム、ブニータスか……。厄介だな」
溜息と共に吐き出された言葉は、陛下の本心だったのだろう。陛下の口から洩れ出た名は「ハウェル伯爵」「イーディオム子爵」「ブニータス侯爵」どれもこれも、野心が強く強欲な家だ。
特にブニータス侯爵は、ヴィルフィーナ公爵家を嫌い。その娘が陛下の婚約者である事を許せないでいるようだった。更には、自分の娘を未だに陛下へ嫁がせようとしていると聞く。娘を嫁がせ、いずれはその娘の子を使い国を我がものにでもしようと思っているのかもしれない。
「確かに厄介ではありますが、今の所まだ大人しい方かと……別口で、走らせておきますか?」
エリオット殿の声に、思考を切り捨て陛下の判断を待つ。
「そうしてくれ、ひとまずは周辺の調査を頼む。屋敷の出入りは特に重点を置いてくれ」
「三家とも張りますか?」
「あぁ、それがいいだろう」
頷かれた陛下が、指示を出す。それに頷き短く「ハッ」と了承の声を返した。私達の返事に満足したのか、陛下は再び報告書に視線を落とされる。
その貴族の集まりとやらで、例の噂話も聞いたと言う。ボルフの話は、徐々に貴族の話から冒険者の話になり……。終いには、冒険者ギルドのギルド長の事にまで及んだ。
今代の冒険者ギルド長と言えば、ドラゴンスレイヤーで名高いベルゼ・シルフィードだ。辞めていなければだが、な。彼に憧れ、冒険者になった者は多く、ジョニーもまたその一人だった。それ故、ベルゼを貶める発言をしたボルフにジョニーは切れたのだ。
ベルゼが行ったドラゴンの討伐方法は未だ秘匿されている。討伐の際、王家には彼からドラゴンの血、魔石、鱗が献上されたらしいが詳しくは分からない。
「ベルゼが不正を??」
ベルゼ自身を知る陛下が、怪訝に思うのも無理はない。ベルゼと付き合いのある者ならば、皆同じ反応をするだろう。
あの男を一言で表すなら、極とつけて過言が無い程の愛妻家だ。「リディさえ居れば、俺はそれでいい。他は何も要らない」が奴の口癖でもある。
「会計上の不正をしていると言っていたらしいのですが、まずありえません。奴は、冒険者でいる限り、嫁との時間が取れないと言って冒険者を辞めようとしたんですよ?」
私の言葉に、苦笑いを浮かべながら陛下もエリオット殿も「あぁ……」と言葉を濁した。
「……確かに、彼は何度も言っていましたね。幾ら金があっても、嫁と居られないなら要らないと……」
「そうだったな。ドラゴンの討伐も嫁のために狩っただけで、別に報償なども必要ないとかなんとか……」
「えぇ、言っておりましたね……」
過去に会ったベルゼとのやり取りを思いだしたらしい二人が、再び呆れを滲ませて笑う。彼の人となりを知るからこそ、その表情なのだと私は思った。
その後、暫しの歓談を経て部下より報告が有った例の件について報告する。
「それから、ジョニーの聴取をしていた部下からの報告です。ヴィルフィーナ公爵家、ヴィジリット辺境伯家、両家の密偵が動いているようです」
両家の名を出した途端、その場の空気が凍りつく。今の今まで笑っていたはずの二人の顔が引き攣った。
「はぁ~。何故、あの二人がニア嬢の親族なのだ……」
心の底から嫌そうに吐きだした陛下に「仕方ありませんよ。あきらめましょう?」と何かを諭すエリオット殿。二人にいったい何があったのか……私がそれを知るのは少し後の事だった――。
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