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覆面姫と溺愛陛下  作者: ao
本編
7/67

噂の事件、その② ローブに記された刺繍。グレンの場合

 風もないのに揺らめいたランタンの明かりが照らす王城の執務室内で、私とエリオット、そしてインフォルマーツの隊長センスが難しい顔で顔を突き合わせていた。

 センスの持ってきた報告書その内容は、深緑のローブ男が噂の出所だ。だが、足取りが一切判らない状況である。


「も、もしかして……()()でしょうか?」


 静まり返る部屋の中に、エリオットの声が響く。その声に、私はハッとし冗談であって欲しいと願う。

 この国における魔女とは、嫉妬に狂った男女が等しく悪魔と契約し強大な力を手にした者の事だ。嫉妬と一概に伝えてはいるが、それは金品に対する欲だったり、愛や心と言った心情欲だったりと様々である。

 悪魔と呼ばれる存在は、基本我らとは別の世界にあるとされている。そこは暗く淀んだ世界で、人の欲望、渇望が強大になると扉が開かれ、その者の欲に惹かれた悪魔が現れるらしい。現れた悪魔は、願いと引き換えに命を啜ると古より伝わる書物には記されていた。


「ま、魔女だと?!」

「えぇ、ありえないとは思います。ですが、状況を考えると魔女としか思えません」


 驚愕を隠しもせず、センスがエリオットへ問いただす。その勢いは激しく、拳一つ分程しか顔が離れていない。そんな状態にも関わらず、エリオットは自分の考えを淡々と話した。それに耳を傾けながら、魔女が何故ニア嬢を! と思わずには居られなかった。


「痕跡を残さずその場から去る事は、魔女ならば容易いのではないでしょうか? それに……この刺繍模様を、私は見たことがあります」

「どこでだ?」


 私の質問に一瞬眉根を寄せた瞼を降ろしたエリオットが、意を決したように瞳をあげ執務室の奥の扉へ視線を向け「あの部屋です」と言った。

 その視線の先にあるのは、いつもニア嬢が書物を呼んでいる部屋だけ――。


 急速に高まる鼓動、額に感じる嫌な汗、止まる思考。


 ………………まさか、うそ、だろう? ニア嬢が? そんなはずはない! 彼女はいつだって……ありえない彼女は、そんな事はしない。


 愛しい彼女が魔女の手先であるなどと信じられようはずもない。そんな私の気持ちを汲んだかのようにエリオットが再び口を開いた。


「見た事あるにはあるのですが、その本は陛下がお選びになりヴィルフィーナ公爵令嬢にお渡しになった本ですから、あの方が今回の件に関わっている事はないでしょう」

「そ、そうか……ならば、ニア嬢は問題ないだろう」

「そうですな」


 関わりが無いと言うエリオットの意見に、私、センスの順で頷き肯定を示した。それにより、漸く私の不安は拭われる。

 

「その本の内容については、後日ニア嬢に私から確認をしておこう」

「そうですね。少しでも何か情報があれば、お知らせください」

「宜しくお願いします」


 彼女に内容を聞く事を二人に提案し、二人も同意したことで今日は解散する。退出するセンスを見送りエリオットに紅茶を頼み、それを一口飲んだところでエリオットと二人先ほどの報告書を見直した。

 

 書かれた報告書で気になる件と言えば、やはり冒険者のジョニーが声を荒げた理由だ。後は、やはり緑のローブ男とどんな内容を話したかだろう。冒険者ギルドに問い合わせするか……だが、我らが動いている事がバレルのは真の犯人を逃がすことに繋がりかねない。


「エリオット、明後日の午後に時間を空けてくれ」

「まさか、冒険者ギルドへ行かれるのですか?」


 時間を空けておいて欲しいと頼んだだけで、何故そこまで私の考えを正確に読めるのか? 不思議で仕方が無いエリオットの声に「そうだ」と答えた。


「判りました。時間の方調整させて頂きます」

「頼む」


 渋々と言った感じで、了承を返したエリオットに苦笑いを浮かべながら頼み執務室を後にする。




 翌日朝、ヴィルフィーナ公爵邸へ迎えに向かわせた馬車が戻ったとの知らせを受け執務室へと向かった。部屋に向かう階段で、私の色を纏った愛しい人を見つける。


 いたずら心からその場で彼女に声をかけることはせず、ゆっくりと登るその姿を堪能しつつ静かに後ろをついて行く。

 階段を登り切り、執務室への扉に辿り着いた彼女が大きく深呼吸をする仕草を眺め、いつ声をかけようかと思案する。そんな私の前で、自分の服装に乱れが無いか確認した彼女は、姿勢を正し淑女然とした佇まいを見せると扉をノックする。


「おはよう。ニア嬢」


 私の挨拶に、ビクっと肩を揺らした彼女が瞬く間に此方を振りかえる。そして、ゆっくりとカテーシーを披露する。ニア嬢のそれは、誰よりも美しい。まるで一輪の美しい花が、今まさに咲くようだ。


「おはようございます。陛下」

「あぁ。今日も美しいね」


 鈴が鳴るような声音の愛しい人の声を聞き、知らずの内にくどいてしまうのも仕方が無い事だ。そんな甘い二人だけの空間に、無粋に割込む声が扉の先からあがる。


「お二人共、入られないのですか?」


 声の主にジト目を向けつつ、彼女の腕を取り己の腕に絡め彼女専用の部屋へ移動した。室内に入り、ソファーに腰を落ち着ける。音もなく差し出される紅茶を一口含み、口を潤した。

 

「ニア嬢。突然だが、これを見て欲しい」


 そう彼女に伝えて、エリオットに目配せを送る。視線を受けたエリオットは、答えるように頷くと懐から一枚の紙を取り彼女へ差し出した。その紙を美しく整えられた指が器用に動き開く。


「この模様は……ディスポサムでしょうか?」

「ディスポサム?」


 聞き覚えのない言葉をオウム返しで呟いた。絵から視線を上げた彼女がテーブルに髪を置き「少し失礼いたします」そう言って、室内奥に備え付けられた本棚へ向かう。

 背を向け何かを探していたらしい彼女が、本棚から戻る。その手には、一冊の本が握られていた。


「この本に、その植物について記載されています。 正式名称は、ディスポサム。別名をプサムと言い、花言葉は、()()()()()()()()だとされています。ユリ科の花には珍しく、鬱蒼とした湿原に多い花ですわ」


 その花についてのページを開き、私に見やすいように広げるとニア嬢は分かりやすく説明を入れてくれた。開かれたページには、絵は勿論のこと、花言葉や生息地域、開花時期などについて詳しく記されている。


「追憶、もしくは嫉妬か」


 説明の中で教えて貰った花言葉に引っかかりを覚えた私は、無自覚にその言葉を呟く。エリオットもまた同じように引っかかりを覚えたのか、珍しく思案するような表情をしていた。


「えぇ。この絵に記された説明の通り明るい緑に銀で縁どる刺繍は、()()()()()()()()()()を表わすものですわ。ですので、この刺繍はあまり人目に見せないようにご注意された方がよろしいでしょう」


 言い含めるかのようにそう言うと、彼女は丁寧に紙を折りたたみテーブルに置いた。


足を運んで頂きありがとうございます。

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