結婚式、その後で――
レースや刺繍、パールやダイヤモンドをふんだんに使った純白のドレスに身を包んだニアが、赤い絨毯を一歩一歩踏みしめ私の元へと歩んでくる。
「美しい……」
ぽりつと零された言葉が耳に届く。
義父母から結婚の許しを貰い、準備が済むまでに更に半年。
ニアを妻にするため必死に執務をこなしながら、役の人事を入れ替え、バックアップ体制を整えた。
これから王妃として立つニアには、先んず王妃教育の他にもいろいろと相談できる人間が必要だった。
私としては三老が相談役に就くのが妥当だと考えていたのだが、リリア殿の猛反対に合い、彼女が相談役に付くことになった。
まさか、三老を物理的な方法で説得するとは思いもよらなかったが。
そうやって迎えた結婚式な訳だが、素顔を晒したニアが頬を染めて見上げて来るだけで私は天にも昇る気持ちだ。
神殿より遣わされた司祭――サルジアット卿が、聖句を読み上げ私たちを祝福する。朗々とつづられる声に耳を傾けながら、横に立つニアを覗き見る。
結婚式で覆面をつけたいと言い出したニアを説得するのに骨が折れたな。恥ずかしいからと言う理由は可愛かったが……。
熱を出し、参加できなかった茶会で起こった珍事件から私たちは始まった。
謝罪のため訪れた先で、覆面を付けたニアを見つけ興味を引かれた。
彼女の思い描く、人々がなんの憂いもなく暮らしていける国を作りたいと父上に直談判した日、父上は条件を出した。
『グレン。王として即位するまで、彼女とは会うな』
この条件のおかげで私は、死に物狂いで勉強に、剣術に、国政に立ち向かえたのだと思う。父上の思惑通りと言うのが少し腹立たしいが、そのおかげでこうして彼女の隣に立っている。
「ニア、永遠に君を愛すと誓おう」
「グレン様、わたくしも共にあり続ける事を誓います」
銀の睫毛がきらりと光り、金色の瞳を隠す。
柔らかな頬にそっと手を添え、唇を重ねた――。
**結婚式から六年後**
「ちーちうえー」
執務室横の扉が開き、三歳になったばかりの愛らしいミリティアが私の元へと走り寄る。その後ろから、覆面を付けた――結婚後、余りにもニアが美し過ぎて注目を集めていたから、私の方からつけてくれと懇願した――ニアが大きく膨らんだお腹を支えながら慌ててミリティアを抱きしめた。
「ティア、ダメですよ。お父様は今、お仕事中です。お母様と一緒にいましょう?」
「やーなーのー。てぃー、とーさまとおかしたべゆのー」
「もう、我儘言ってはいけません」
「むー、やーなーのー!」
「ニア、走るな。お腹の子に障るだろう! エリオット」
「直ぐにお茶をご用意しましょう」
ぐずりそうな娘を前に、慌てて駆け寄り抱きあげた。ニアに良く似た娘は、三歳を迎えたばかりだ。ジジババ共が来るたびに甘やかすせいか、ニアは良く振り回されている。
そんな可愛い娘は、ニアの髪と私の瞳の色を受け継いでいた。
「ほら、ティア。向こうでお父様とお茶をしよう」
「もう、グレン様まで甘やかさないで下さい!」
「まぁ、そう怒るな。体に障るぞ?」
ティアを抱きしめニアの腰を支えて、隣の部屋へと移動する。
二人目を懐妊中――臨月のニアは、いつお産が来てもおかしくないため執務を隣の部屋で行っていた。
「ティア、ほれ。ばーばが抱っこしてやるのじゃ」
「ばーばぁー!」
「リリア殿、来ていたのか」
「つい先ほどの」
両手を上げたミリティアを抱きあげながら魔女リリアが、パチンとウィンクを返す。ニアを支えソファーへ座った私たちは、エリオットが運んだ紅茶を飲む。
リリア殿は孫が可愛いのかデレた顔で、ミリティアにケーキを食べさせる。
まったりとした時間が流れ、満腹になったらしいミリティアがうとうとと船を漕ぐ。
「ふふっ」
「どうした?」
「あれを……」
覆面を少しずらしたニアの指さす先では、リリア殿とミリティアが幸せそうな笑みを浮かべて眠っていた。
私は、二人を起こさないよう唇に指を立てる。
気を利かせたエリオットが、二人にブランケットを掛けていた。
「こちらへ」
ニアを連れ、バルコニーへ出る。
覆面に付けられた紫の留め具を外して、スルスルと覆面を首元に降ろす。
「ニア」
「ぐ、ぐれんさま?」
この先を予想してたじろぐニアに、ニヤリと笑い夕焼け色に輝く髪に口づけを落とす。
耳元で「愛してる」と囁けば、彼女はピタリと固まった――。
――おわり――
これまで拙い文章をお読みいただきありがとうございました。
これにて完結とさせて頂きます。