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覆面姫と溺愛陛下  作者: ao
閑話
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父の涙

 嫌な予感がする。

 この数日内に、来てほしくないものが来る――。


 鬱々とした雰囲気を醸し出す私の前で、婚約者(仮)がニコニコと微笑む。これまで私の前では一応の遠慮があった。

 それが、今は無いに等しい。


「ゲホ、ゲホ。距離が近いのではないか?」


 目の前に座る婚約者(仮)と娘の距離が、いつも以上に近い。前までは十五センチほど開いていた距離が、今では五センチほどになっている。


 私が、事後処理に追われている内に、この二人に何があった!?


「義父上に報告したいことがある」

「聞きたくない! 私は今猛烈に頭が痛い! 今日は帰ってくれ!!」

「……あなた……」

「……お父様……」


 妻と娘に白い眼で見られようとも私は、婚約者(仮)の話を聞きたくないのだ。

 あぁ、本当に頭痛が、いや腹が痛い。直ぐに医者を呼んでくれ……。

 キリキリと痛む腹部を抑え、前かがみになる私に婚約者(仮)が一枚の書類を差し出す。

 見たくない。見たくな――


「――何故、三老が婚姻の許しをだしているのだ!」

「聖女より寿ぎを受けたからだ」

「なっ! なんだとっ」


 あり得ない。ニアは毎日城へ行くだけで神殿には言っていないはずだ。それなのに、どうやって聖女の寿ぎを受けたと言うのだ。あぁ、そうか読めたぞ……聖女に扮した侍女を使って寿ぎを受けたと言っているのだな? そんなもの認められるはずがない。断固拒否だ!


 すー、はぁーと大きく息を吸い込み、吐き出す。

 落ち着くためには深呼吸が一番いい。


「その寿ぎは、認められない」

「ど、どうしてですか? お父様!」

「何故だ!」


 悲し気な顔をする愛娘には可哀想なことだが、騙されていると伝えてやる方が良い。


「ニア、よく聞きなさい。お前に寿ぎを施してくれた聖女様は、本物でない可能性があるんだ」

「……あなた……」

「ついに妄想まで始めたか、義父上」


 娘と妻、は盛大な溜息を吐き出すと残念な眼で私を見た。婚約者(仮)においては、哀れんだ視線を向けている。


 こいつのせいで、私がこんな目にあっていると言うのに!! くそ、死んでしまえー!!


「はぁ、仕方ありません。お師匠様に来ていただきましょう」と困り顔で言ったニアが、サラサラと紙にペンを滑らせた。

 ペンを置き、紙を四つ折りにしたかと思えば両手に乗せ、息を吹きかける。すると紙が鳥の形に変わり、窓から羽ばたいた。


「ニア……あれは一体?」


 驚き、娘に問いかけた私にニアは振り返ると「伝達魔法ですよ。お父様」と眩しい笑顔を向けた。


 はっ? 娘が魔法を使えるだと……?? 私は知らないぞ、と言うかニアはただ、魔導書を読むのが好きだけの娘だったはずだ。何がどうなっている??

 神殿に行くまでは確かに魔法を使っていなかったはずだ。それなのに、一体いつから?


 自分の眼で見た事が信じられない私は、ただただ娘の笑顔を見つめた。


 娘が魔法を使て五分も経たぬ内に魔女様が突然、私たちの前へ姿を見せた。


「久しいのう」

「お師匠様! お呼び出ししてすみません」

「いや、よいよい。して、我に何用じゃ?」


 眉尻を下げて謝るニアにヒラヒラと手を振った魔女様が、優しい微笑みをニアに向け問いかけた。

「実は――」と切り出したニアが、これまでのやり取りを説明する。


「なるほどな。えーっと、ニアの父よ。我が連れて来た聖女は本物じゃ」


 嫌だ、聞きたくない。これを聞いてしまったら、娘がこの男にっ!! いやだ、いやだ。聞きたくない、ニアが嫁に行くなんていやだぁ!!


 駄々っ子の様に耳を塞ぐ私に魔女様は、哀れむ瞳を向け「ニアが可愛くて仕方ないのはわかるがの。娘の幸せを親ならば願ってやるのじゃ。な?」と言い放った。


 魔女様の言葉に嘘はないだろう。だが、私は認めたくない。私が認めてしまえばニアは、すぐにでもあのクソに嫁いでしまう。そうなれば、私がニアと居られる時間は限りなくゼロだ。嫌だ。あぁ、イヤダ。いかないでくれ、ニア!! 私の可愛い娘でいてくれ。


 事実が受け入れられない私は、耳をふさいだまま部屋を飛び出した。

「お父様!」と可愛い娘に呼びかけられ一瞬足が止まりそうになってしまうが。扉を抜け自分の部屋へと駆け抜ける。


「うぅ、ニア……っ」


 ベットヘ突っ伏し、ニアが生まれた瞬間から今日までの姿が走馬灯のように頭を占拠すると声を出して嘆いた。


 ポン、ポンと子供をあやすかのように私の背を叩く、暖かな手のぬくもりに瞼をゆっくりと上げる。

 重く熱を持った瞼はきっと泣きすぎて腫れているのだろう。いつの間にか眠っていたらしい。


「……お父様。わたくしのことを何よりも大切にしてくださって、ありがとうございます」


 娘が大切でないはずがないだろう。ニアがお腹に居ると分かった時、私は何をしてもお前を愛して守ると誓ったんだ。


「わたくしが、覆面を被り始めた時もお父様だけはわたくしの行動を咎めることなく、とても可愛いと褒めて下さいましたね」


 当然だ! ニアは何をしていても何を着ていても、何を被っていても可愛いに決まっている!


 ニアの思い出話を聞きながら、私は心の中で言葉を返す。

 ニアが生まれた時、ニアは予定日よりも二か月も早く生まれてしまった。私の片手にすっぽりと収まるほど小さなニアが、ニコニコと笑った姿は今でも鮮明に覚えている。

 初めて寝返りを打った日、とーとと私を呼んだ日、立って歩いた日。

 すべてが私にとっての宝物だ。

 

「お父様……大好きです」

「……ニア」

「これからもずっとその気持ちは変わりません。お父様とお母様、お爺様やお婆様たち皆が大好きです」

「なら……ずっと――」

「それでも……わたくしは、グレン様の元へ嫁ぎたいです。グレン様をこの世の誰よりもお慕いしていますから。それに、わたくし目標があるのですわ。お父様とお母様のように仲睦まじい夫婦になりたいのです」

「くっ」

「だからお父様、どうかお願いします。グレン様とわたくしの結婚を許してくださいませ」


 静かな声だった。けれど、ニアの瞳には硬い決意があった。

 こうなったニアは止められない。彼女の頑固さは私譲りだ。慕い合う二人を引き離す権利が私にはない……認めない訳にはいかないだろう。


「……幸せに、誰よりも幸せになりなさい」

「はい。お父様!」


 柔らかな銀の髪を撫でる。私の頬を一粒の涙が頬を流れ落ちた。

次でラストです(多分。

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