精魔大樹林㉕ 最終決戦③の場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
鏡がキラ、キラ、キラと三度瞬く。
『よろしいですか? ユースリア・ベルゼビュートを確保した後、黒い魔法陣が施された法具が壊せた場合、ニ度。見つけたけれど壊せない場合、三度。鏡で知らせて下さい』
センスとエリオットに告げたニアの言葉が脳裏を過る。
「グレン! 今じゃ、奴が再生している内にレアニマシオンを使え!」
不意に名を強く呼ばれ、構えた魔剣レアニマシオンへ目を向ける。
これまでこの剣を使おうとした祖先たちが、幾度となく失敗した魔剣を私が解放できるのか。もし、失敗してしまったらと不安を抱いた。
大きく息を吐き出す。やたらと喉が渇き、嚥下するように唾液を飲み込めばゴクリと喉が鳴った。
「グレン様、大丈夫です。レアニマシオンは答えてくれます」
「ニア……」
吐き出す息が白い。剣を持つ手に、ニアの手が重なる。「グレン様」と再び名を呼ばれ、冷えたはずの指先から、ニアの熱が伝わるように全身に血が通う。
落ち着け、大丈夫だ。私は出来る。ここには、守るべきニアが、エリオットが、センスやインフォルマーツの者たちが居る。協力してくれる心強い魔女リリアもいる。
――大丈夫だ。出来る。失敗した時のことは考えるな。と己に言い聞かせ魔剣レアニマシオンを解放する呪文を唱える。
「コーギトー、エルゴ、セクゥエレ、イデア、テ、スピーシィーズ、ベラ(我の意思に従い、真の姿を現せ)」
唱え終えると同時に、魔剣レアニマシオンに取り付けられた石がキラリと瞬く。
……これで解放したことになる……のか? まさか、失敗か?
どうしたらいい? 失敗したとすれば、ニアと魔女リリアが作ってくれた好機を逃すことになる……。
得も言われぬ不安が、全身を硬直させた。ドキドキとした己の鼓動が、思考を奪う。
と、その時だった――
――ヨぅ、ご主人。漸くオレ様ヲ呼び出したナ!
この場にそぐわぬ明るい声が、私の頭に響いた。
「はっ?」
「グレン様? どうされたのですか?」
「い、いや、声が――」
――オレ様の声ハ、ご主人にしか聞こえないゼ。つっても、こうして話すのはマティウス以来だガな。マァ、ひとまず自己紹介だゼ、オレ様の名ハ、レアニマシオン。マティウスにハ、レオンと呼ばれていタ。よろしくナ!
自己紹介を終えたレオンを私は呆然と見る。
魔剣とは、しゃべる剣だったのか。意思をもつ剣と言うべきだな。まさか、剣と意思疎通が叶うとは、驚きだ。
――オレ様ハ、特別ナ剣だからナ! それデ、ご主人。オレ様ハ、何をしたらいイ?
どうやら声に出さずとも私の意思が読めるらしいレオンに驚きを感じながら、私は未だ動く気配を見せないホルフェスを討ちたいと告げる。
――臭ェと思ったら、魔人がいるじゃないカ。良いゼ、ご主人。オレ様が力貸してやル。あいつノ額にある心石を狙え。オレ様で貫けばあいつハ、もうこの界にとどまっていられなイ。
さぁ、行こうゼと、レオンに促され、串刺し状態のホルフェスの元へ走る。額にレオンを突き刺しさえしてしまえばいい。ただそれだけを考え、抜き身のレオンをホルフェスの額に突き出した。
あと数ミリでホルフェスの額に刺さると言うところで、ホルフェスの暗く淀んだ銀色の瞳が私をねめつける。ニィと上がる口角が見えた瞬間、私はレオンごとホルフェスの腕に吹き飛ばされた。
息が詰まり、胃の腑から何かがせり上がると同時に、背を何かに強打する。
「ガ、ハッ」
「きゃっ!」
「うあぁぁぁ!」
『大丈夫カ? ご主人!』と心配するレオンの声に、大丈夫だと告げ、ふら付く身体を必死に持ち上げ立ち上がる。
ニアと魔女リリアは、どこだ? 無事なのか?
すぐにでも駆けだしたい衝動にかられ二人を探す私に、レオンが『二人なら大丈夫ダ。気を失ってるけド、けがはしていなイ』と教えてくれる。
――マずいゾ。奴がっ……。
レオンの鬼気迫る声を聴き、私は必死に頭を持ちあがる。
ぼやけた視界の中、ホルフェスが緑の血を流しながらゆっくりとした動作で光の槍を引き抜いていく。引き抜く度に血が噴き出し、ホルフェスの顔が苦痛に歪む。
それでも奴は手を止めることなく、全てを引き抜いた。
「残念であったな。吾輩に挑みし愚か者ども……。吾輩の真の姿を見て絶望するが良い!」
高笑いと共にホルフェスの姿が消え、数舜後センスたちが広場へと弾き飛ばされた。ユースリア・ベルゼビュートの元にいた全ての者たちが勢いよく音を立て地に落ちる。慌てて駆け寄り、肩を揺らしながら名を呼んだ。
「センス! エリオット!」
「……ぶ、無事です」
「なんの、これしき……」
二人がよろよろと身を起こす。
そこへ意識を取り戻したらしい魔女リリアが「くぅ~。油断したのじゃ」と、言いながら立ち上がり、残るはニアだけだ。
「ニア、ニア……」
「うっ……」
身体を抱き上げ名を呼ぶと苦し気なうめき声をあげ、銀の睫毛が僅かに震えた。ゆっくりと持ち上げられた瞼から、彼女の金に輝く瞳が見えたかと思えば数回瞬きを繰り返す。
「ニア、どこか痛い所は無いか? 大丈夫か?」
光を取り戻した瞳に、心配そうに覗き込む私の顔が映り込む。
「……っ!? だ、だだあだだいじょ、ぶです」
ハッと息を呑み大きく目を見開いたニアは、慌てた様にじたばたを動き立ち上がる。
言葉が支離滅裂なのだが、本当に大丈夫だろうか? まさか、どこか打ち付けたりしたのではないか? ニアの身体に傷をつけるとは……ホルフェス、許すまじ!!
「……だ、大丈夫ですからご心配には及びません」
ジッと見つめていた私に、ニアはパタパタと手を振る。
「……あー。良い雰囲気の所悪いのじゃが、エリゴールはどこへ行った?」
「ふははははは、心配せずとも吾輩ならばここに居るわ!」
気まずそうに聞く魔女リリアに答えるものはおらず。
上空から轟いたホルフェスの声に、全員が同時に空を見上げた。
月に雲がかかり薄暗い闇夜の中、ほんのりと赤いオーラを纏うホルフェス。奴の手にはだたりと垂れさがる形でユースリア・ベルゼビュートが握られていた。
「そやつをどうするつもりじゃ!」と問う魔女リリアに、ホルフェスは「ふ、決まっているだろう?」と答える。
――やばいゼ、ご主人! 奴を止めよう!
レオンの声に脳が反応するよりも早く、身体が動く。
私の動きをいち早く見とがめた魔女リリアが、飛び上がった私の身体を魔法で浮かす。
狙うは、ユースリア・ベルゼビュートを持つホルフェスの手だ。
狙いを定めレオンを振り抜くも奴の張った結界に阻まれ届かない。
「グレン様!」
「ミア、加勢するのじゃ!」
「はい!」
魔女リリアとニアは同時に「ホーリーレイン」と詠唱し魔法を放った。
オーロラに似た発光する七色の帯が、ホルフェスへと纏わり付く。
二人が放った魔法に手を翳したやつは、ただ握りるように指を折ると魔法を粉砕した。
あざ笑うかのように「残念だったな」と、一言を発したホルフェスは、何のためらいもなく空いている右手でユースリア・ベルゼビュートの心臓を貫いた――。
長いです。ごめんなさい。