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覆面姫と溺愛陛下  作者: ao
本編
6/67

噂の事件、その① マーサ(ウェイトレス)の証言の場合

 執務室の扉が開き、入室して来た西門警備隊の隊長ジョス・ユースレクは切れの良い敬礼をすると口を開いた。


「朝方西門にて、リューセイ・ヴィガ・ヴィジリット辺境伯と奥方様が通過されました。行き先は、ヴィルフィーナ公爵邸との事です!」


 堅苦しい言葉遣いで、報告し終えたジョスはその場で敬礼を止め両手を後ろに組むと私の顔を見た。


「そうか、分かった。ご苦労」

「はっ! 失礼いたします」


 報告が終わり、ジョスはこれまた綺麗な敬礼を決めると退出した。扉が閉まるのに合わせ盛大な溜息を吐きだす。


「あぁ、厄介だ……」


 辺境伯がこの時期に王都に来たと言う事は、まず間違いなく愛しい婚約者殿の噂の事を知ったからだろう。……と言う事は、ヴィルフィーナ公爵家も出て来るな。どう手を打つべきか、ひとまず此方に非が無い事を証明しつつ全てを語る方向で行くしかないか……。


 執務机に肘を突き項垂れたまま視線だけを、奥の扉へ向ける。今日は居ない部屋の主の事を思う。彼女を手放す気は更々ないが、孫を溺愛する孫バカと娘を溺愛する親バカが出て来るとなれば話がややこしくなる。命があればいいと言うが相手方は死ぬよりも辛い思いをするだろう。


 実際に、あの時の茶会でニア嬢に対し口のきき方を間違えた、例の三人娘――グロイス男爵家、ヌクリス子爵家、ヒガリータ伯爵家はあの茶会から七日も経たぬ内に公爵家と辺境伯家により不正を公にされた。それどころか、国に納めるべき税金を着服していたとして当時の国王により摘発され、家名と領地、その他私財を没収され、今はその日の暮らしすらまともに出来ない状況だ。

 あの時のヴィルフィーナ公爵、ヴィジリット辺境伯夫妻の悪魔にも近い笑顔を思いだすだけで、未だ背筋が凍る。あの三人が揃うと碌な事にはならない

 

「グレン様?」


 宰相への用事を頼んでいたエリオットが戻り、扉を開くと同時に私の名を呼ぶ。私の表情から何かを読みとったらしい彼は、すぐさま机へ歩み寄ると困惑顔を見せた。


「どうかなさったのですか?」

「あぁ……ヴィジリット辺境伯夫妻とヴィルフィーナ公爵が動くようだ」


 ありのままを伝える私の声は自分が思っていたよりも平坦だった。そんな私の目の前で、あちゃ~と言う表情を隠しもせず見せたエリオットは「こんな時に……あの三人が出て来るとは……」そう言葉を零し、こめかみを押さえた。


「噂に関して問い合わせがあるはずだ。調査内容云々も全て纏めておいてくれ……どっちかが必ず顔を出すか小言を言いに来るはずだ」

「わかりました。それと、今夜インフォルマーツ隊長のセンスが報告にあがるそうです」

「わかった」


 調べに出していた諜報部からの報告か……とりあえず判る範囲で纏めて、センスが何かを掴んでいればいいが、報告する内容によってはかなりの嫌みを言われるだろう。

 覚悟はしているものの、面と向かってあの三人に会うとなると気が重い。自覚がないまま大きな溜息を吐きだし、執務机に置かれた未決済書類を手に取った。



*******



 西日が差し込んでいたはずの執務室内が、薄暗くなり柔らかなランタンの明かりが灯された。その室内には私とエリオットそして、インフォルマーツのセンスが座っていた。


 中肉中背で周囲に溶け込めば何処に居るか分かり難いような主立ちをしたセンスは、光沢ある藍の生地の上下セットを着用していた、品の良いジャケットとズボン。強すぎる藍の色合いを落ちつかせるように見える黒のシャツと黒にグレーの刺し色を入れたタイ。


 市井に出る時とは、まるで違うその恰好に暫し驚き、彼をマジマジと見てしまった。


「陛下に置かれましては、ご機嫌うるわ……しくはなさそうですね」

「あぁ……そうだな」


 無言でセンスを見ていた私へ、いつも通りの挨拶をしかけたセンスが、途中で言葉を区切り眉尻を僅かにあげ迷いながら告げる。それに苦い笑顔を湛え、言葉尻を濁しつつ答えた。


「もしかして、今日王都へ入った。あの方の事ですか?」

「そうだ。厄介なのが二人……いや、奥方もだから三人揃ってしまった。早々に決着をつけねば……「「こちらがやられる(でしょうね)(と言う事ですね)」」」


 息を合わせた訳ではないが、言葉尻をその場にいた私、エリオット、センスが息を合わせ各々の言葉で声に出した。「考える事は皆同じだったか……」そう言い置き、言葉を続ける。


「……それで、例の噂の出所は?」


 気を引き締め直すように、手を組み直したセンスが私の方を見ると懐から二枚の紙を取り出した。無言で差し出された紙を受け取り広げて記された文字を読む。


 始めて噂話を聞いた者は、王都西区にある市民の利用が多い。酒屋マスタドール従業員マーサ(ウェイトレス)。


 その日マーサが、給仕の仕事をしている時、深緑色の地布に銀糸と鮮やかな緑の糸を使い袖や首回りなどに植物の刺繍が施されたローブを着ている男を見かけている。

 注文を取りに行った際と給仕の際に男の顔は見えず、不審に思って見ていたマーサはその男を別の意味で観察していた。


 一時間ほど一人で飲んでいたローブ男が、常連の冒険者(エリク、ジョニー、ヘウルス、ニアータ)達に近付き何事か話した後、気前よく酒を奢り、それに気を良くした冒険者達は、ローブ男と仲良く飲み食いしながら話しをしてた。

 そこまではマーサも確認してた。けれど、時間帯的に客が多くなり給仕の仕事が忙しくなった所でローブの男を気にする暇が無くなった。


 そして、突然冒険者の中の一人斥候担当のジョニーがローブ男に怒り「てめぇ、ふざけんな」と大声で叫んだ。それに驚いたマーサは、冒険者とローブの男が居るであろう席へ視線を向ける。がしかし、ローブの男は金を置いて既に去った後だった。

 その後、ジョニーが怒った理由をニアータに聞いたマーサは、こう言うことも言っていたと付け加えの話として例の噂を聞いた。と報告書には記載されていた。


 二枚目の紙には、その男が着ていたと思わしきローブの刺繍が記されていた。その刺繍は、枝から下に垂れさがる花に細く長い縦に筋の入った葉が幾本も書かれている。


 この刺繍に覚えは無い。基本この国の貴族ならばその身に纏うローブやコートには必ず、自身の家名の由来となった植物が刺繍されるはず。それが無いとすれば、民もしくは他国の者と言う事か? このまま考えても埒があかないな! まずは一つずつ潰すしかあるまい。


 それまでの思案を切り捨て、センスに視線を向ける。


「センス。この男の足取りはわかるか?」

「申し訳ありません。店を出たローブの男が、路地へ入った所までは目撃者が居ました。ですが、その後は……」

「……いないか」

「はい。忽然と消えたかのように足取りが消えております。現在全力で探しておりますが、無駄足になるやもしれません


 言い終えたセンスの唇が、その悔しさを表わすかのように歪んだ。

足を運んで頂きありがとうございます。

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