精魔大樹林㉑ 怒りと煽りの場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
地揺れと共に大きな穴が広場に空き、そこから汚れたローブ姿の魔女リリアが飛び出した。彼女に続いて飛び出してくるはずのホルフェスの姿がない。
上空を見上げ「リリア殿!」と呼べば、彼女はすぐさま高度を落とし降りて来る。
「グレン、無事じゃったのじゃな。水晶はどうした?」
初めて魔女リリアに名を呼ばれ、僅かにきょどる。エリオットが肘で突きハッとした私は、ニア方へと顔を向けた。
「ぇ……ど、どうして?」
「に、ニア、ご、誤解だ! 私は、リリア殿とそう言う仲ではない。私が心から愛しているのはニアだけだ。頼むから誤解しないでくれ!!」
とても小さな声だった。
魔女リリアを見つめたままのニアの瞳から大粒の雫が流れ落ちる。
私が不審な態度をとってしまったせいでニアに誤解されたと、焦った私は必死に言い募った。
「ニア、頼むから誤解だけはやめてくれ。せっかくニアに会えたのに、今誤解され冷たくされたら私は……私はもう――」
縋るように彼女の細い肩を掴み、言葉を吐き出す。何も答えてくれないニアは、眼を大きく見開き魔女リリアを見たまま涙を流し続けていた。
再び口を開いた所で、魔女リリアが「この娘が、水晶の中に入っておったのか?」と遮るように聞く。
「えぇ、そうです」
エリオットの答えに頷き「そうか」と答えた魔女リリアは、未だ見つめるニアへ顔を向けると思案顔になる。
そして、彼女はニヒっと笑うと思わぬことを口にした。
「そなた光の魔法が使えるであろう? 我に協力して欲しいのじゃ」
「なっ、なんですって?」
「それは本当ですか?」
センスとエリオットが驚いてニアを振り返る。一斉に視線を集めたニアは目尻を拭い、意を決したような表情を見せると魔女リリアへと近づいた。
徐に魔女リリアの両手を握ったニアは「リリアさん」と彼女を呼んだ。
「なんじゃ?」
「……わた、私がわかりませんか?」
「ん? ……この娘は、一体何を言うておるのじゃ?」
魔女リリアは首を捻り、私に助けを求めるように問いかけた。が、私にもニアが何を伝えたいのかわからない。
ゆるゆると首を振り、不明だと伝えれば魔女リリアは肩を竦めニアへと向き直る。
「はっきりと言うが良い。そなたは我に何を聞いておるのじゃ?」
「えっと、そうだ! リリアさんの得意な魔法、オクルスクイストを使って私を見て!」
これまで聞いたことの無いような砕けた話し方をするニアに、私は驚き何度も目を瞬かせた。ニアを見ていた真紅の瞳が、一度伏せられ薄黄色に変わる。数秒間見つめた魔女リリアは、ハッと息を呑んだ。
「……まさかっ!! そなたは――」
感極まった様子でニアへ魔女リリアが手を差し出した途端、耳を塞ぎたくなるほどの炸裂音が轟いた。
「ニア!」
「ぐ、グレン様」
思わず両腕でニアを抱きしめ、その身を庇う。
細い身体は私の腕にすっぽりと収まり、左右逆になった掌でニアの耳を塞いだ。すると彼女は、私の耳を自身の掌で抑えてくれた。
彼女の行動が予想外だった私は、ニアの顔を見る。潤んだ瞳のままニッコリ微笑んだ彼女は『お・か・え・し・で・す』と頬を赤らめ、ぽってりとした薄桃色の唇を動かした。
あぁ、ニアが可愛い!
耳鳴りが止み漸く腕を降ろした私は、魔女リリアの視線を追いかける。土埃の中心部を睨みつける魔女リリアは、唇を歪め嫌そうな顔をすると徐に言葉を吐いた。
「しつこい男は嫌われると知らぬのか、ホルフェス……いや、エリゴールと呼ぶべきかの」
「……吾輩が、そう易々と……貴様を逃がすと思うのか?」
「ふん、漸く本性を出したか」
「本性も何も、吾輩は元よりこの話し方だが? 魔女こそ、そのばばぁ臭い話し方をどうにかしたらどうなのだ?」
「……ば、ば、ばばあじゃと?! このどくされ魔人風情がっ!!」
それまで余裕綽々で話していた魔女リリアの魔力が、ばばあと言う単語を聞いた途端跳ね上がる。完全に失言――地雷を踏んだホルフェスの言葉に、私とエリオット、センスが数歩後ずさった。
魔女リリアの周囲に鋭く尖った氷の塊が大量に生み出され、瞬く間に飛んでいく。ホルフェスのいるであろう方向けて。
威力を上げるためか、早く飛ばすためか、氷が纏った風圧のせいで舞っていた土埃が消え去り、小柄なベルゼビュートを小脇に抱えたホルフェスの姿が見えた。
ぐったりとしたベルゼビュートは、失神中なのかピクリとも動かない。それよりも気になるのは、ホルフェスの姿だ。
月の光に照らされた彼は、真っ白な頭に二本の角を持ち、紫色の肌をして、耳元まで裂けた口に弧を描いていた。
「人では……ない、だと」
「これはこれは、国王陛下。お初にお目にかかります。吾輩は――っと、と。自己紹介ぐらいさせるべきではないかね?」
「うるさいのじゃ! 余裕綽々なその姿がイラつくのじゃ!」
己の眼が信じられない私は、つい言葉を零した。そんな私へ魔女リリアの怒り――攻撃を避けつつホルフェスは余裕を見せる。
それがさらに魔女リリアの怒りをかっているのだが、奴はそれに気づかない。いや、気づいていて知らぬふりを通りしているのだろう。
「死に晒せぇえええええ、エリゴール!!」
「くふふふふ。甘いぞ、魔女。ほれ、攻撃が単調になってるぞ。ふむ、つまらん。もっと楽しませよ」
「ぐぬぬぬぬ!! ドクサレガァ!」
怒りのまま魔女リリアが魔法を放ち、ホルフェスが避ける。合間、合間で煽る会話が、不穏過ぎる。
正直に言うならば、見ているだけで恐ろしい。頼むから、この二人を誰か、どうにかしてくれ。




