精魔大樹林⑮ ニア奪還作戦④の場合 グレン/ユースリア
アンフィスバエナとの死闘にもにた戦いを終え、少しの休憩を挟んだ私たちは奥へと続く通路へと踏み込んだ。
これまでの通路とは違い、ほんのりと温かさを感じる。通路もどこか綺麗に整えられていることから、もしかするとユースリア・ベルゼビュートの部屋が近いのではないかと考えた。
ニアの安否が気にかかる私は、歩く速度が自然と上がる。
「……リリア様、先ほどのアンフィスバエナとの戦いなのですが」
おずおずと切り出したエリオットは、魔女リリアの方を仰ぎ見る。すると彼女は彼の様子から、何を言いたいのか理解したのか口の端を上げる。
「まぁ、そうだの。そなたらがアンフィスバエナをしっかりと惹きつけてくれたから出来た事じゃ。我の魔法は発動までに時間がかかるでの」
笑みを浮かべた魔女リリアは、わざとらしくパチリと片目を閉じた。
と、そこへ先頭を歩くバーリスが足を止め「陛下、奥から話声が聞こえます」と唇に人差し指を立て、小声で伝えた。
微かに聞こえる声は、男のものだ。男は興奮しているのか、独りで何事かを呟き誰かに賛同を求めている。だが、男の声に返事をする者はいない。
「あぁ、本当に…………ない。ふっ、はは……は。馬鹿な……態々ここ…………とは、ね」
「君の大好きな……。…………ために今、……魔獣と…………? いやきっと、無残に……、情けない…………晒して……だよ。ふふっ」
男の声が聞こえると言っても途切れ、途切れで上手く聞き取れない。
もし、そこにニアがいるのであれば、今すぐにでも救いたい。その一心で前のめり気味に進もうとする私を無言で掴み、バーリスとエリオットが止める。
何故だ!? と怒りに任せ二人を睨みつけた私に、彼らはまだダメだと言わんばかりに首を振った。
そして、戦場や潜入中などに良く指文字でバーリスが『罠、可能性有、先、部下突入』と表す。
バーリスは、ここが敵地で罠が張られている可能性を危惧しているらしく、私の命を守るため先に部下たちを突入させ安全の確認を優先すると言う。
彼の判断に頷いた三人の騎士が、出来るだけ忍び音を出さないように気を付けながら明かりが漏れる部屋へ近づく。
しっかりとした対応を見せつけられた私は、王でありながらニアを思う余り自分が浅慮になっていたと反省する。
先行し部屋の中を覗き込んだ騎士の一人が、こちらを振り返り指文字で『……突入、五秒後』と知らせた。頷いたバーリスが、指を五本立て一本ずつ折り曲げ減らしていく。
室内からは、男の怒声に似た声が聞こえた。一瞬、私たちが居る事がばれたのではないかと焦りを覚える。
指が全て折り曲げられた所で、二人の騎士が室内へ走り込む。残った一人は、入口を塞ぎ逃亡を防ぐ役割なのだろう。
「…………なんだ、離せ!」
「大人しくしろ!」
大きな声で怒鳴る男の声にかぶさり、突入した騎士たちの声が響いた――。
*******
この国の王が、閉じ込めた彼女――生贄に釣られて私の元へとやってきた。国王自ら出張って来るかは賭けだった。もし来なければ、ホルフェスに国王を暗殺させるつもりだったけれど、国王自らこの地に赴いてくれたので必要もなくなった。
僕は、ある意味で最後の賭けに勝ったのだ。
初代国王が持っていたとされる法剣レアニマシオンは、王位継承者に代々受け継がれている魔法剣である。剣自体単体でも十分に強いとされているが、僕が欲しいのは飾られたファーデンクォーツ――復活の石の方だ。
僕の目的のためには、ファーデンクォーツもまた必要不可欠。だが、石を手に入れる方法が中々思い浮かばず、計画を何度も練り直す羽目になった。
でも、その機会を国王自ら作ってくれた。
地下施設に奴らが入りさえすれば、アンフィスバエナが僕のために奴らを蹂躙してくれる。
彼らが僕の住処を探し出した時には焦ったが、問題は既に解決済みと見ていいだろう。後はホルフェスが戻るのを待つだけだ。
彼が戻ったらアンフィスバエナを眠りの魔法で大人しくさせて、落ちているものを拾う。そして、生贄予定のパーシリィ・アンスィーラや下僕たちを利用して逃げおおせればいい。
少し時間はかかるだろうけど僕の本体を復活させる魔法陣は、時期を見てまた新たに作ればいいだけ……。
「あぁ、本当に楽しくて仕方がない。ふっ、ははははは。馬鹿な国王が態々ここまで出向いて来るとは、ね」
楽しくてついつい笑い声をあげてしまった。
そんな僕を部屋の奥にある牢から、悍ましい者でも見るような瞳でパーシリィ・アンスィーラが見ていた。
「君の大好きな、国王陛下はね。君じゃない女の子のために今、伝説の魔獣と戦ってる……? いやきっと、無残に腹を引き裂かれ、情けない死に顔を晒している頃だよ。ふふっ」
「ヴうんざあグア、ヴオアボイ!!」
嬉しさから高揚を隠せず、パーシリィ・アンスィーラに語り掛ける。この喜びを誰かと分かち合いたかった、いや、違う。ただ、僕の計画がうまく行っていることを誰でもいいから聞いて欲しかっただけだ。
それなのに、パーシリィ・アンスィーラは顔面を蒼白に染めながらも反抗的な瞳で言葉にならない言葉を叫ぶ。
高揚した気分から一転、反抗された僕は腹立たしさを覚えた。
どうやって懲らしめてやろうか逡巡し、指をパチンと鳴らす。それと同時に、何もなかったはずの空間に炎の玉が出現する。
「生意気な女には、それにふさわしい罰が必要だよね。ふふふっ、醜いただれた顔で死ぬその時まで、僕に逆らったことを後悔するがいい」
炎の玉を前にして恐怖に怯えるパーシリィ・アンスィーラは、ジリジリと後ずさる。
逃げ場などないのに、愚かな女だ。まぁ、いい。これで馬鹿なこの女も死ぬまで反省するだろう。
炎を投げつけようとした刹那――
金属音を響かせ、片手には抜き身の剣を持った二人の騎士が部屋に侵入してきた。
「…………なんだ、離せ!」
「大人しくしろ!」
僕は何が起こったのか、理解できず固まってしまった。僕に剣を突き付けた騎士とは別の騎士が、いつの間にか僕を縛り上げていた。
暴れ逃げようとした僕に、騎士が怒声を張り上げた――。
案外ちょろいユースリア・ベルゼビュート様……。