精魔大樹林⑭ ニア奪還作戦③の場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
右に左にとアンフィスバエナの攻撃を避けながら、護衛の騎士たちが十人がかりで攻撃をしかけている。順調そうに見えた討伐は思うように進んでいないのか、指揮を執るバーリスの顔色が悪い。
アンフィスバエナが、攻撃を止め後ろへ頭を引く。
「体当たりじゃ」
攻撃を見切った魔女リリアが間髪入れず叫び、対峙していたバーリスをはじめとした正面の騎士たちが左右へと急ぎ飛び避ける。
瞬間、身体ごと二つの頭を一気に前へ突き出したアンフィスバエナは、攻撃の失敗を物ともせずチロチロと舌を動かし、三日月形に目を細めると尾を払った。
不意の攻撃に対応できなかった三人の騎士が、攻撃にまきこまれ弾き飛ばされる。ドガッ、と三度大きな音が鳴り、騎士ごと壁がひっしゃげた。
ずるりと落ちた騎士たちは、うめき声をあげる間もなく気を失ったかのように動かなくなった。
ただでさえ少ない人数での討伐だった。なのに、三人も減っては他の騎士たちが無駄死にしてしまう。少しでも生存確率をあげるためには、私たちも出るべきだ。
「ギル、私たちも出るぞ」
「陛下、なりません!」
「グレン様、お止めください!」
ギルの肩を掴み、穴から抜けだそうとする私の両腕をギルとエリオットが掴み止める。
彼らとて、わかっているはずだ。このままでは、いずれ私たちも――
「いずれ死ぬだけだろう?」
「……っ」
「私はニアを救いたい。そのためにここに来た。王である私がこんなことを言うと、お前たちや三老は嫌うだろうが……、ニアのためならこの命を懸けても惜しくはないのだ」
「グ、レン、様」
引き留める腕の力が弱まった隙に、私はドーム内へと駆けだした。
「バーリス! 無事か?」
「なっ、陛下! 何故、出ていらしたのですか!」
「フッ、そんなもの決まっているだろう? 私も一度は伝説の魔獣に挑みたかっただけだ」
ここは、王らしくニヤリと不遜げに笑う。アンフィスバエナと対峙してなお王らしくあろうとする私の態度にバーリスが声をあげ笑った。
「ふっははははははは、流石、陛下ですな! 我らも負けてはおられません!」
「その意気だ。魔獣を倒し、セプ・モルタリアを潰すぞ!」
「はっ!」
会話を終え、戴冠式の時からずっと肌身離さず持っていた国宝の――初代様が使っていたと言われる剣を構える。
こうして何かに対峙するのは本当に久しぶりだ。王位についてからは一度もない気がする。三老の一人アーサー・タイナントから教わった剣術が、どこまで通じるのかはわからない。だが、私は私の信念を通させてもらう。
勢いよく駆けだした私は、両手で持った剣を上段から振り下ろしアンフィスバエナの胴を斬りつけた。初撃はまぁまぁ、などと自分で自分をほめながらうねる巨体を避け、再び斬りつけ、また避けるを繰り返す。
「ハァ、ハァ、硬いですね。ハァ、ハァ」
「全くだ。鱗が剣を通さないな」
「傷すらつけられていない……無力です。これでも一応、師範代クラスのはずなんですけど……」
「ハハハ、それなりに自信はあったんだが……な」
エリオットと軽口を叩き合いながら、再び斬り込む。
無言で対峙し続けいつの間にか息が上がり、運動不足であることが嫌でもわかる。正面に剣を構えながら息を整え、再び斬り込もうとしたその時だった。
「マズイのじゃ! そなたら耳を塞げ!」
緊急を要する魔女リリアの声音が上がる。
ハッと彼女を仰ぎ見てしまった私は、動きが遅れてしまった。
アンフェスバエナの左の顔が鋭利な牙が並ぶ口を大きく開き、音にならない音を出す。
「な、なんだ。この音はっ……ぐあぁ」
「頭がっ」
「ギャっ!」
「うがぁぁぁぁぁぁ」
耳鳴りによく似た高周波音に突如襲われ、頭が割れるほど痛む。両手で耳を抑えてなお続く音の嵐に溜まらず片膝をついた。
両手で頭を激しく揺さぶられた間隔が続き、意識が朦朧としてくる。
幾度となく意識が飛びそうになる中、ゆったりとした魔女リリアの「仕方ないのう」と言う気の抜けた声が響いた。
魔女リリアの内包する魔力が一気に膨れ上がり外に排出されたかと思えば、眼前に迫っていたはずのアンフィスバエナの巨体が吹き飛んだ。それと同時に、耳鳴りを起こしていた音が止む。
軽く頭を振り、身体を起こした私は急ぎ吹き飛んだアンフェスバエを探した。
壁に激突する形で突っ込んだらしいアンフェスバエナは、左の口からプスプスと黒い煙をあげ、ぐったりとその巨体を横たえている。
「さぁ、早う、眼を回してるうちにとどめを刺すのじゃ! 奴の弱点は、背の模様じゃ!」
ノロノロと起き上がってきた騎士たちを急かすように魔女リリアの指示が飛ぶ。その声にいち早く動いたバーリスが、アンフェスバエナの巨体に乗り、背の模様目指して剣を突き立てる。
弱点をずぶりと突かれてしまったアンフェスバエナは、数回痙攣をおこすと動かなくなった。
「……お、おわったのですか?」
「……あ、あぁ」
膝をつきながら、問うてくるエリオットに呆然としつつ頷く。ふわりとローブを揺らし、地上に降り立つ魔女リリアが「よくやったのじゃ!」と騎士たちを称賛する。
ハッとしたように顔を見合わせた彼らは「「「「「うおおおおおおおおお」」」」」」と勝鬨を上げた。
伝説の魔獣アンフィスバエナを相手に全員が満身創痍の状態ながらに生き残れた。ただそれだけのことだが、安堵から彼らの顔には笑顔が浮かんでいた。