精魔大樹林⑬ ニア奪還作戦②の場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
護衛の騎士たちを先頭に、長い階段を降り終えた私たちは先へと続く通路を進む。
等間隔に並べられた松明の炎を頼りに進んでいると、所々に何かを置いていたらしい部屋があり、かなりの広さを使って作られた地下施設であることがわかった。
「これは……行き止まり?」
「他に通路はなかったぞ?」
不可解と言わんばかりの騎士たちの話し声に、前へと進み出る。
「どうした?」
「それが……通路がここで終わっているのです」
「どういたしましょうか?」
騎士たちが言うように私の視線の先には壁があった。他に道らしいものは無かったかと問いかけてみたが、皆が否定するように首を振る。
この壁に何かあるのだろうか、とペタペタ触ってみるが至って普通の壁だ。魔術的な要素で塞がれているとしたら、魔女リリアが気付くはずだが彼女は何も言わない。となると、通路に面した部屋のどれかが入り口の可能性もある。
私が、一度戻るべきか悩んでいると、魔女リリが「こうすればよいのじゃ」と言い放ちそのまま壁を殴りつけた。
ドゴンッ!
細腕で殴ったとは思えない音を立てた彼女の拳が、壁をへこませ、亀裂を入れる。まさか魔女でありながら、その腕力も怪物並みとは……恐ろしい。
「足りなんだか」
「何を――」
――しているんだ。と問う前に、魔女リリアは再び拳を壁に叩きつける。回数を重ねるごとに、パラパラと壁が崩れ始め、ついには人一人が通れるほどの穴をあけた。
「これで通れるのじゃ」
「ま、魔女様は凄いんですね……」
「俺には無理だわ」
「力技ですよ……魔女なのに」
我先に穴へ入っていった魔女リリアに続いて、軽口をたたき騎士たちが、最後に私とエリオットが入る。
パチンと指を鳴らした魔女リリアの指から、光源代わりの光の玉が発生する。閉ざされた視界に光が戻り、ほっと安堵の息を吐く。
抜けた先は、城の大ホールほどの広さを誇るドーム型の空間だった。余りの広さに、私もエリオットも無言でホールを見回していた。
「な、なんだアレは!!」
騎士たちがある一点に視線を止めたまま、驚愕の声をあげる。その声に驚きながら一体何が、と騎士たちの向ける先へ顔を向ければ、そこには自分の目を疑いたくなるような魔獣がとぐろを巻き鎮座していた。
「双頭のヘビ……だと? 何故、こんな場所に!」
王城の図書館に所蔵されている、魔獣大図鑑でしか見た事のない魔獣がそこに居る。子供心にいつか見てみたいと思っていた本物が、近くに居ると思うだけで感動と興奮から目が離せなくなった。
「なんと!? 珍しいのう。こんなところにアンフィスバエナがおるとは」
「アン、フィスバエナ……今はもう絶滅したと聞いていたが、生きている個体がいたのか……」
アンフィスバエナに釘付けになっていた私の横で、魔女リリアが珍しい物をみたと楽し気な声をあげた。
アンフィスバエは、閉じていた瞼を開き、ゆっくりと二つ頭を擡げる。
銀色の瞳に縦割れの細長い赤い瞳孔、黒い鱗に大あわれた身体の一部――二股に別れた胴体部分に紫の模様が入った姿は図鑑通りだ。
「「シャアアアアア」」と威嚇する声で鳴いたアンフィスバエナは、その巨体に似合わぬ速度でこちらへ移動を始め。
「来るぞ! ギル、お前は陛下たちを守れ!」
「はい! 陛下、エリオット様、リリア様こちらへおさがり下さい」
「我の事は放っておけ、気にする必要はないのじゃ」
小隊長であるバーリスの宣言に、騎士たちが散開し臨戦体勢をとる。
名指しされたギルは素早く私たちの腕を握り、魔女リリアを呼んだが彼女はヒラヒラと手を振り必要ないと言うと空中へと浮かび上がった。
ギルにより穴へと連れ出された私は、迫りくるアンフィスバエナから視線を逸らせないでいた。と、その視線を塞ぐようにギルが立ちふさがる。
「ここは、命に代えても守り抜きます。どうぞご安心を!」
「あ、あぁ……」
その心意気は確かに騎士として間違ってはいない。だが、正直に言おう。私は初めて見た本物のアンフィスバエナの動きが見たい。できれば、その塞いでいる身体を退かして欲しい。
身体を捻り、ギルの顔の横からドームでの戦いを覗き見る。
バーリスを中心に騎士たちは、アンフィスバエナを囲んむ。バーリスがアンフィスバエナの攻撃を巨大な盾で防ぎ、その他の騎士が得物を手に隙を見ては巨体を斬りつけ、離れる。
一方のアンフィスバエナは、双頭でバーリスに頭突きしながら周囲の騎士を振り払うように尾をうねらせている。
「ほれ、そこの騎士。毒霧が来るのじゃ。右に避けよ。後ろのお前、気をつけるのじゃ、そやつの鱗は、猛毒そのものじゃぞ!」
上空に浮かぶ魔女リリアの声がドーム内に響く。
バーリスが右後方へ移動した途端、アンフィスバエナの右の首が裂けた口を開き、ゴ、ゴオオオオオオっと炎が燃えるような音を出し紫色の霧を吐き出した。
あたり一帯を埋め尽くすかに思われた毒霧が、突如吹きこんだ風に攫われ上空へと巻き上がる。
一体何が起こったのか、と上空を見上げればそこには泰然自若とした魔女リリアが佇んでいた。