精魔大樹林⑫ ニア奪還作戦①の場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
魔道具弄りに飽きたらしい魔女リリアが戻り、状況の共有を済ませた私たちは日が暮れる前の決着を目指し動き出した。
作戦を立てる上で、魔女リリアには随分と世話をかけてしまった。
彼女にしたらちょっと魔法を発動して空を飛んで、魔法陣を確認しつつ人数などを把握する。と、言った程度だったのだろうが、そもそも魔法を使えない私からすればそれだけで相当優位に作戦を立てる事が出来た。
相手の人数は、非戦闘員だと思われる五十名――魔女リリアの慧眼でステータスと言う者が見えるらしい。
ステータスとはなんぞや? と聞いてみたが、走りを聞いただけでも全く理解できないと思えるものだったことから、説明は省略してもらった。
それから、洞窟の側には檻に捕らえられた魔獣が十五頭ほどいるそうだ。どれも冒険者ギルドのA~Bランク相当の強さらしい。
マッスルエイプやレッサークーガーなどなど、魔物の名前をこれでもかと魔女リリアは語った。彼女からすれば大したことのない魔物だそうだが、騎士十五人がかりで倒せるかどうかと言われた時には、正直呆然とするしかなかった。
そして、ついでとばかりに洞窟内には、七人の人の反応がある事が報告された。
「それでは、確認するぞ? センス、オルトーウスの部隊は、非戦闘員を捕縛し確保すること。数名はこちらの護衛に回してもらうが、人選は任せる。確保が終わり次第、ヴィルフィーナ公爵家、ヴィリジット辺境伯家の騎士団と共に、魔獣の討伐を――」
「畏まりました」
「了解しました」
やる気に満ちた面構えで頷いた二人に、私は頼もしさを覚えた。
「義父上とヴィリジット辺境伯は、自分の所の騎士団と共に魔獣の討伐を」
「任されよ」
「……仕方ないから、今回だけは譲ってやる」
不承不承としながらも頷いてくれた義父上に初めて感謝する。
「最後に、リリア殿と私、それからエリオットは、残った騎士を連れて洞窟内へ。優先事項は、ユースリア・ベルゼビュートとホルフェスの捕縛」
「了解なのじゃ! 逃がさぬよう結界を張るから安心するがよい」
「はい」
「では、皆の健闘を祈る!」
「「「「「「おう!」」」」」」
まず始めに動いたのは、魔女リリアだ。
魔女リリアは、魔法を使い上空へと登った。そして、二枚の結界をはった。
一枚目の結界は、洞窟内へ音が漏れないようにするためのもの。二枚目は、逃亡防止の結界だとか。ただ単に、出入りが出来なくなり魔道具だけが使えなくなるらしい。
魔女リリアが地上に戻るのと入れ替わるように、センスとオルトーウスの部隊が散り散りに所定の位置へ向かう。
素早く、統制の取れた動きで四方を囲み、指文字で合図を交わし、瞬く間に広場へと踏み込んだ。
「「「「うおぉぉぉぉ! いけぇぇぇ」」」」
「全員を捕えろ! 捕えたらすぐに手足と口枷を忘れるな!」
「抵抗が激しい者は、武器を持って制圧しろ」
オルトーウスの部隊が、囲っていた非戦闘員を羽交い絞めにするとインフォルマーツの者たちが、素早く手足と口を縄で縛りあげ、一ヵ所に集めている。
「ここは大丈夫そうじゃな。さて、我らも動くとするか」
「えぇ、義父上」
槍を片手に腰を上げたヴィリジット辺境伯の顔つきが好々爺から戦鬼へと変化する。その横で、同じくレイピアを片手に腰をあげたヴィルフィーナ公爵もまた、情けない娘馬鹿――私にはそう見える――から、食えない剣士の顔となった。
この二人はそれぞれの得意武器において右に出るものなし――義父上に至っては、自画自賛だったが――と言われたほどの使い手だ。
騎士団を連れ、我先にと駆けていく二人を見送り、私もゆっくりと洞窟へ向け歩身を進めた。
「エリオット、お前は残ってもいいのだぞ?」
「何を仰いますか、グレン様と共に歩むと決めたのですからご一緒します」
「……エリオット」
「グレン様」
幼い頃から共にいる腹心を気づかい声をかけたが、彼は私と共に行くことを選択してくれた。その思いが心に響き、感動を覚えた。見つめ合い頷き合った私たちの横から、魔女リリアの呆れた声が上がる。
「そなたら、なんぞ臭いセリフの応酬をしておるが、アレか? えーっと、確か~、そう、そうじゃ! びーえーると言うやつか?」
「こんな時に聞く事ではない気がするのだが、どうにも今訂正しなければないと私の直感が告げている。なので教えて欲しいのだが、びーえーるとは何だ?」
「男が男とイチャコラするものじゃと弟子が言うとったわ。まぁ、わかりやすく言うなら、男同士の性愛じゃな!」
「なっ!! 違う。私誓ってニア一筋だ。誰が男なんぞに惚れるか」
「ちょっと、そこの魔女殿! へ、変な誤解は止めて下さい!」
驚き即座に否定する私とエリオットの様子に、ニシシと笑った魔女リリアは「まぁ、そういう事にしておくとするかの」と楽しそうに返すと、空気を一変させ真面目な表情に改めた。
彼女の視線を追って、いつの間にか到着していた洞窟に目を向ける。
開けた場所にぽっかりとそこだけ隆起した入口は、どうみても天然のものではない。更には入口から地下へと続く階段があり、洞窟と言うよりは地下室の入口と言った状態だった。
私の横に立つ騎士たちが緊張した様子で「我らが先陣を切ります」と告げ、洞窟内へ一歩を踏み込んだ。
騎士たちの後について、点々と置かれた松明の明かりを頼りに階段を降りる。どこからか風が吹いているようで、血なまぐさい匂いと纏わり付くような生ぬるい風が私たちを迎えた。
不安を煽るような陰湿さに、不安が顔を覗かせる。頭を振り必死にそれを取り払う。
私が今考える事はただ一つ、ニアを取り戻すことだけだ。どんなことをしても、例え私の命に代えても必ず助ける。どうか、無事でいてくれ!
「そう緊張せずともよい。我がおるのじゃ、そう易々と死ぬことも負けることもないわ!」
当然のように胸を張った彼女は、私たちの不安を感じ取ったのか気負うことなくカラカラっと笑った。